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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
21/47

出会いは必然


「すまねえ、もう店じまいなんだが……」


 源は女を見つめて息を飲んだ。長い黒髪を束ねもせず背に垂らしている。


 衣服は湿り気を帯びているようで、微妙に肌に貼りついている。言い知れぬ艶があった。


「そうですか……」


 女は青白い顔でつぶやいた。消え入りそうな小さな声であった。政は女から目をそむけた。暗い女は好みではなかった。


「まあ、なんだ。湯は冷めちまったが、それでよければ」


 源が席を勧めると、女は床几に腰を下ろした。政は女から席一人分離れた。十兵衛は未だに柳の木を相手に一人稽古していた。


 席に着いた女は源がうどんを準備するのを、ぼんやりと眺めていた。


 源は器にうどんを一玉放りこんだ。うどんは、店を出す前に茹でてある。


 うどんの上に刻みネギ、更にかまぼこを乗せ(源の好意らしい)、つゆをかけて湯を注ぐ。


 非常に簡潔ながら、うどんの準備が終わった。本来なら残飯として源が食べる分だ。


「これでどうだい。お代はいらねえよ。湯も冷めちまったしな」


「おいおい、豪華じゃねえか。俺と若旦那の分には、かまぼこなかったぞ」


「それは別料金になってんだ」


 源と政が歯に衣着せずに語り合う側で、女は黙々とうどんをすすった。


「美味しい……」


「そ、そうかい。そう言われると男冥利に尽きるな」


 女と源の会話を政は横目で眺めていた。やがて、うどんを食べ終えた女は床几から立ち上がった。


「ありがとう……」


「ま、またのお越しを」


 源は女を見送った。まるで幽霊のような女は、一人稽古している十兵衛を一瞥して歩み去っていった。


「おい、かまぼこくれよ。いけるじゃねえか」


「あ、ああ」


「……ち、全く。俺も嫁さんが欲しいぜ、ちっくしょう」


 政は酒を猪口で飲みながらつぶやいた。この頃、江戸には大勢の男が集まっており、男女の比率は男が六、女が四と言われていた。


 数万人の浪人が江戸に集まっている事を考えると、更に女が少ない状況だろう。


 女は選り取り見取り、男は一人身。

 江戸に吹く初冬の風は、十兵衛や政には様々な意味を含んで肌寒い。


「また来ねえかな……」


 源は女が去っていった方向をじっと見つめていた。


 政は屋台に戻ってきた十兵衛と共に、酒を飲みながらかまぼこに食らいついた。


「今の女は誰だ、俺の後ろを通りすぎながら『変な人……』とつぶやいていったぞ」


「知りやせんよ、こっちが聞きたいくらいでさあ……」


 源は上の空でつぶやいた。まな板の上の鯉であろうか。例えは違うが意味は似ている。





 それから十日ほどして、江戸で盗賊団の事が噂になった。


 商人の家に押し入って金を奪い、それを貧しい者の住む長屋にばらまいたというのだ。


 しかも率いているのは女らしい。噂に尾ひれがついて、美しい女盗賊が悪徳商人をこらしめたなどと巷で騒がれていた。


「女盗賊か」


 十兵衛の姿は、いつもの茶屋の店先にある。床几に腰かけた彼は、団子を食べ終え、食後の茶を堪能していた。


「働きなさいよ、あんた」


 おりんが側に来て小言を言った。彼女の真意は知れぬ。


「いや、俺は働いてるんだがな」


 十兵衛は気まずそうに言った。昨夜は春日局の依頼で、大奥に侵入していた。

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