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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
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先師の教え

 小野忠明は十年ほど前、十兵衛が隠密として西国に出向いていた時に亡くなった。


 父の宗矩とは対立していたようだったが、忠明は十兵衛に剣を指導した恩師でもある。


 ーーいいか七郎(十兵衛の幼名)さん。刀を用いようと槍を用いようと、一刀にて敵をしとめるが故に、我が流派は一刀流というのだ。


 幼い十兵衛に忠明はそう言った。それこそが一刀流の概念であり、十兵衛の信念にもなった。


 右目を失った十兵衛は距離感が合わず、剣技には秀でなかった。だが初太刀ならば、一瞬の勝負であるならば勝機を拾えるかもしれぬ。


 一刀流の秘伝、その心構えは十兵衛の血肉となり、魂に宿っている。


「むう……」


 十兵衛は床几から立ち上がった。身の内から沸き上がる熱きものは、死の覚悟か、生きる勇気か。


 十兵衛は一度、夕闇の空を見上げると、屋台の側に生えた柳の木に向かい、瞑想した。


 左目を見開くや柳の幹へ、素早く身を寄せている。技をしかける機を狙う一人稽古とでも称すべきか、十兵衛は夕闇の中で何度も幹へ背中を寄せる。


 肩や背を利用しての体当たりは、無刀取りから学んだものだ。身を擦り合わすような接近戦の中に、無刀取りの真髄はあるのだ。


 ーー七郎よ、勝機は一瞬にも満たぬ刹那の間にこそあると心得よ。


 父の教えも十兵衛の心と命に、その統合たる魂によみがえる。


 奇しくも父の宗矩、恩師の忠明は同じ事を説いていた。


 一瞬で敵を倒す。


 それこそ武の深奥であり、また宗矩と忠明が戦場という実戦を経て到った真実でもある。


 技を繰り出す一瞬の中に己の全てを放りこみ、そうして生き延びてきた充実に、十兵衛は活かされている……


「おーい、若旦那ー」


「ダメだ、ありゃ」


 源と政は一人稽古を始めた十兵衛に呆れ、酒を飲み始めた。夜も近いので、源のうどん屋も店じまいなのだ。


「ーー死体が消えちまうとはな」


「大奥じゃ大騒ぎだろう」


 源と政はーー二人は戦友でもあるーー酒を飲みつつ語り合う。


 行方知れずだった奥女中は、江戸城敷地内の井戸から骸として発見された。


 が、その骸は、ほんの少し目を離した隙に消えてしまったという事だ。


「世の中には化物がいるんだよ、ひょっとしたらそいつの仕業かもしれねえ」


 政は十兵衛と共に魔性と遭遇している。その記憶を思い返すだけで、政は生きた心地もしなかった。


「あの……」


 か細い女の声に源と政が振り返れば、そこには女が一人立っていた。


「うどんを一杯…… いただけませんか」

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