表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
18/47

江戸の空



   ***



 十兵衛はまた馴染みの茶屋で団子を頬張っていた。


「相変わらず暇そうだねえ」


「暇ってわけでもないぞ、婆さん」


「はいはい、わかってますよ」


 茶屋の主おまつは、上機嫌で茶を置いていった。十兵衛は熱い茶に息を吹きかけて冷まし、一口すすった。


「うまい…………」


 感無量とは、この事かもしれぬ。

 おまつの茶屋で団子を食べ、食後に一杯のお茶を飲む。

 たったそれだけなのだが、十兵衛の心からは辛苦が消え、明日への活力が満ちていくのだ。


「さすが婆さんの茶屋は江戸一番だな」


「はいはい」


 おまつは振り返らずに言った。照れ臭いのだろう。


「また来たの」


 十兵衛に店員のおりんが声をかけてきた。彼女は少々、呆れ気味だ。おりんから見ると、十兵衛はおまつを口説いているように見受けられるという。


「は、いや。そんなつもりはないぞ」


「あー、そうですか」


 おりんは機嫌悪そうな態度で、空いた皿と茶碗を片づける。

 十兵衛は床几に代金を置いて立ち上がった。


「また来るぞ」


「ねえねえ、あんたさあ」


「ん、なんだ」


「……裃姿も似合ってたよ」


 おりんはそう言って茶屋の奥に引っこんだ。

 十兵衛は一瞬だけ、おりんの照れ臭そうな、そして晴々しい笑顔を見た。


 これで死ねる、と十兵衛の心には訳のわからぬ思いが生じてくる。

 それをもたらしたのは、おりんであったか、それとも十兵衛が成し遂げてきた戦いの充実であったか。


「我が生涯に一片の悔いなしーー」


 十兵衛は青き空を見上げ、その天へと右拳を突き上げた。

 今の十兵衛の心は、江戸の青い空と同じく、清々しいまでに澄んでいた。


 修羅の闘争を経て至った境地は、十兵衛自らが説く捨心の境地であったろうか。


 今この時ばかりは、十兵衛の脳裏からは大奥の女中が一人、行方知れずになった事など消えているーー


「はいはい、早く帰った帰った」


「ちょっと、そこにいたら他のお客さんの邪魔なんだけど」


 おまつとおりんは、そんな十兵衛に呆れ返っているようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ