表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柳生の剣士  作者: MIROKU
江戸の守護者
14/47

昼と夜

「ま、まあ、家は弟に任せてある」


「あら、あんた嫡男かい」


「あ、そ、それは」


 十兵衛は口を滑らせたと思った。この茶屋では、彼は七郎で良いのだ。

 冷飯食いの江戸旗本の四男か五男ーー


 そう思われる方が気楽だ。ここにいるのは将軍家剣術指南役の嫡男、柳生十兵衛三厳などでは、決してないのだ。


「違うと思うわ、おばあちゃん。この人は女遊びで散財して家から勘当されたのよ、きっと」


 おりんの言葉に、十兵衛は飲んでいた茶を豪快に吹いた。


「そうかい、女に騙されそうな雰囲気だけどね」


「あ、そっちかもしれない。どっちにしても勘当されて、弟さんが跡取りなのよ」


「はあ、冷飯食いも大変だねえ」


 おまつとおりんの会話を聞きながら、十兵衛は震える手で団子を食べ終えた。


「やれやれだ……」


 そう言って十兵衛は床几に代金を置いて立ち去った。


「まいどー、またのお越しをー」


 おりんの言葉に十兵衛は振り返らず、手を軽く挙げて応えた。


「あらら、いじめちゃったかねえ」


「いい薬になるわよ、きっと」


「おりんもねえ、それじゃ逃げられちゃうよ」


「うん、そうだね。やり過ぎちゃったね。もう来なくなっちゃうかなあ……」


「また来るよ、あの男は。いざとなったら風磨さんのところで聞いてみよう」


 おまつもおりんも十兵衛を話題にしている時は、楽しげであった。

 天下泰平の時代になりつつあっても、世には倦怠も漂っている。


 だからこそか、十兵衛のような男が人の注目を浴びるのは。

 十兵衛は刀一つで屍山血河へと身を投げて、生きて帰ってきた男だ。


 そんな十兵衛がおまつもおりんも気になると見える。





 再び夜となった。

 夜の闇に満ちた静寂の中で、伊三郎は今夜も浪人を襲った。


 ーーたやすい、なんという貧弱さだ。


 伊三郎は素手で浪人を叩き伏せ、その腹を裂いて臓物を食らい始めた。

 自分が人ならざる魔性に転じた事よりも、高い力を身につけた事による歓喜と興奮が、伊三郎から人間性を奪っていた。


 伊三郎は湯気を立てる臓物を貪り心身の餓えを満たしていく。

 そこで、ふと気づく。右手の甲の肌が荒れている。


 ーーなんだ、これは……


 左手でさすると、右手の甲の肌がボロボロとはがれた。

 その下からは新たな肌がーー

 人ならざるものの肌が現れているではないか。


 ーーあ、あああ…………


 伊三郎の興奮は冷めた。自分が人ならざるものに変化していく。

 その事実に気づいた時、伊三郎の心は以前よりも深い暗黒に染まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ