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「どうしてそんなに俯くの?イブはとても白くて綺麗な肌をしているね。あ、いい匂いがする。君の顔を見せてほしいなぁ」
(もう!いやいやこのひとほんとうにいやぁー!)
顔を隠すように腕で覆う。
バチコーン!と音がした。
「いっでぇっ」
顔をあげるとディラン王子がうずくまっている。
扉のところにアンドレ王子が怒りの形相で立っていた。靴が片方ない。
ディラン王子の側にころりと茶色の革靴が落ちる。
「お前は反省しに来たのではなかったのか?」
「な、なんにもしてないよぉ!話し掛けただけだよぉ兄さん」
ディラン王子が慌てて言い訳をする。確かに昨日のように突然押し倒したり卑猥なことを言ったりしていた訳ではない。
「ご令嬢が嫌がっているのが、どうしてわからないんだ!あっち行ってろ!」
ディランが狼狽えながらも兄の足許にすがりつく。
「ご、ごめんなさい兄さん。反省するから許して!」
「私じゃなくて彼女に謝れ!」
「申し訳ありません。二度としませんから許してください!」
ディラン王子が手をついて謝る。昨夜と同じく不服そうな顔をしているが今日はちゃんと謝ってくれた。こくこくと頷いてエヴァは了承を伝える。早くどっかに行ってほしいが意外に素直だ、と感心もした。学習能力はなさそうであるが。
「もう鍋磨きでもして反省しろ!あっちへ行け!」
「は、はい兄さん!鍋磨き頑張ります!」
ディラン王子が慌てて作業部屋を出て行った。
「本当に申し訳ありません。私の弟なのですが、美しい女性に弱いようで。しっかりと罰を与えておきますので今日のところはご容赦いただけませんか?」
アンドレ王子が部屋の入口から少しだけ入って、エヴァに向かって跪いた。こんな使用人の姿でも昨夜と同じようにきちんと謝罪してくれる。
(ああ、アンドレ王子!なんて素敵なのかしら。怒鳴るお声まで素敵で、わたし倒れてしまいそうだわ)
ふと、それよりもアンドレ王子はこの姿のエヴァをご令嬢と呼んだ。美しい女性、だなんて嬉しい!けど顔が見えていたのだろうかと不安になる。
恐る恐る見上げるとアンドレ王子が真っ赤になって、手で口許を抑えている。
昨夜会った〝エヴァ〟だと気付かれた?アンドレ王子の素敵さに浮かれてお色気でも洩れていたのだろうか?
「デデお兄ちゃんが来てくれてよかったー」
「イブおねぇちゃんとても怖がっていたのよ?おねぇちゃん大丈夫?」
「いつもぽわんてしてるのに、デデお兄ちゃんもあんなに怒ることあるのねーびっくりしたけど、かっこよかったー」
事の顛末に驚いて固まっていた子供たちがふと息を吹き返したように次々に喋りだす。急にきゃっきゃと弾ける元気さが可愛らしくてエヴァはほっと微笑みを取り戻す。
「あのお兄ちゃんは、きっとあれね、イケメンだからゆるされるって思ってるのね」
ああ、そうかもしれない。エヴァもそれは思った。子供は率直だ。
その通りディラン王子には女性というのは自分を見ると群がってくるもの、構われると喜ぶものだという認識しかなかった。拒絶されることなどこれまでなかったディランには、女性が自分を嫌がるという発想が存在しない。
不服そうにしていたのは謝りたくないという傲慢さからではなく単純に状況をのみ込むことができなかったのである。今も輝くプラチナブロンドの頭から疑問符を飛ばしながら孤児院の厨房で鍋磨きを一生懸命していた。
あの女性は何を嫌がっていたのか?大好きな、いつも穏やかな兄が何故鬼のような形相をしていたのか。
昨夜怒られたばかりだから女性には配慮したつもりなのに、今日の兄は昨夜とは比べ物にならないくらいに怒っていた。
ディランはよくばかなことをしては兄に叱られていたがきちんと言葉で注意される前に靴が飛んで来たのは初めてのことだった。
「そうなのかな?そうか、いつもは女性の方から来るから、あいつから口説くことはない……嫌がられるとか思いもよらなかったのかもしれないな」
得心がいったように、アンドレ王子も呟く。子供に向かってではあるが独り言のようだ。何だか嬉しそうなのは、どうしてだろうかとエヴァは首を傾げた。
遠慮がちにアンドレはエヴァに距離を置いたまま訊ねる。
「先程は震えていたようですが大丈夫ですか?気分悪くはないですか?」
こくこくと頷く。アンドレ王子はほっとした様子を見せた。頷くのは王子に対して失礼だろうか?声を出して話してみたいが、どうしよう?
「デデお兄ちゃんもイブおねぇちゃんが好きなのよね?お顔が赤いわね。ふふっ」
「イブおねぇちゃん優しくて綺麗だもんね」
「デデお兄ちゃんいつもおねぇちゃんに見惚れているもんねぇ」
(ぇえ!!)
本当だとしたら、嬉しい!わたしの色気にあてられたわけではないのだろうか?バレている訳ではないようだ。
エヴァの顔がぽふん!と林檎色に変わる様子を見て子供たちがにまにまとしている。