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 ふぅ、と深呼吸をして孤児院に足を踏み入れる。


 子供たちの楽しそうな声が聞こえる。これは当たりだ!エヴァの心が躍る。中庭に出てみると、彼がいた。




 特に会話を交わすことはないがエヴァを見つけるといつも笑顔でこんにちは、と挨拶をしてくれる。エヴァもスカートをそっと摘まみ膝を折って礼を取った。二十歳にはなるが清純な乙女のエヴァにはこれが精一杯であった。



 エヴァは声もえろい。甘ったるい舌足らずな喋り方に男性はそれだけで興奮するので人前ではむやみやたらと声を出さないようにしている。使用人姿の無口なエヴァに貴族の子息が話し掛けて来ることはない。



 いつもは遠くから視線に気づかれないように見守るだけだったが今日はしっかりと彼の顔を見る。




(やっぱり、アンドレ王子だわ!)



 昨日、アンドレ王子を見たときエヴァにはすぐにわかった。孤児院の彼は地味な服を着てはいたが特に変装しているわけではない。昨晩助けてくれた王子は服は豪奢だが顔はいつもの柔和で優しげな彼そのままだった。



 エヴァは心の中でダンスを躍った。くるくる回ってターンを決めた頃、いつもとちょっと違うことに気付く。




 見慣れない人物がいる。一生懸命子供と遊んでいた。手には掃除道具を持っている。

 地味な服装にほっかむりのような帽子コイフを被っている。そのせいでキラキラした美貌が逆に悪目立ちしていた。あれは……ディラン王子!



 うぉぉぉぉぉ、会いたくないぃぃぃぃ!


 二度と見たくないのになんでー!




「あっイブおねぇちゃん!」


「本当だ!イブおねぇちゃんこんにちは!」


 子供たちが気がついてエヴァの周りに寄ってきた。男の子も挨拶に来るが主に刺繍や縫い物を子供たちに教えているエヴァは特に女の子に人気がある。


「イブおねぇちゃん一昨日は来なかったでしょ?寂しかったのよ?」


「待ってたのよ。続きを教えてー」


 子供たちに手を引かれて手作業をする部屋へと行きながら気持ちは後ろ髪を引かれる。アンドレ王子のことを見ていたいがディラン王子は視界に入れたくもなく、悩ましい。恋の経験値がなさすぎる乙女心は本人にも取り扱いが難しい。





 刺繍をしながら子供たちが無邪気に話し掛けてくる。


「ねぇおねぇちゃん、今日はイケメンのお兄ちゃんが来たのよ!見た?綺麗な髪で、顔がきらきらしているのよ?」


「ええ、ちらっと見たわ。これまで来たことあったかしら?」


 ディラン王子はなぜここに?ちょっと知りたくもある。



「ううん、初めてよ。イケメンのお兄ちゃんはいつも来るデデお兄ちゃんの弟さんなんだって」


 彼がデデと呼ばれているのは知っていた。デデはアンドレの愛称だ……そうだろうと思ってはいてもよくある名前だから、まさか王子だとは……。



 デデという響きが可愛くてエヴァはふふっと笑う。



「昨日ね、とっても悪いことしたんだって。だからこのおうちのお掃除しにきたのよ」


 わたしにおいたをしようとした罰だろうか?だとしたら少し軽い気もするが。


 エヴァはちょっぴりだけムッとした。どうせ兄のサミュエルが何かしら報復するとは思うがあの兄の場合は逆にやり過ぎるので心配でもある。


「あのイケメンお兄ちゃんはデデお兄ちゃんのことが大好きだから、デデお兄ちゃんのご機嫌を取りにきたんだって」


 そういうことかとエヴァは納得した。


 昨日は確かにとても嫌な思いはしたがあれが初めてのことではない。理性の弱い男性はエヴァの色気に勝てないのだ。ディラン王子のことを許せる訳ではないが若い彼では致し方なかったとも思う。



 アンドレ王子のことを好きなのなら、本来それほど悪い子ではないのだろう。

(でも絶対近寄りたくはないけど)




 アンドレ王子は、エヴァを見ても全く理性を崩す気配はなかった。終始紳士で親切。


 エヴァは押し倒されて頬を上気させ震えて泣いている、という大変しどけなく危うい姿だったのに。




 抱き上げてくれた時も身体が見えないように上着を掛けてくれていたし、必要以上に触ったりはしなかった。背中と膝裏をそっと持つだけで抱き上げてくれた、その意外な力強さにときめいた。



 家族以外に抱き上げてもらったのも、エヴァ嬢、と夜会で殿方にちゃんと名を呼んでもらったのも初めてのことだった。



 こんなにもお色気に反応しない男性も初めてであった。



 それを少し残念に思うのも……。











「何を作っているの?」


 作業部屋に男性が入ってきた。



 げげ、ディラン王子だ。


「イケメンお兄ちゃん、刺繍をしているのよ。お兄ちゃんもする?」


 誘うなぁ!エヴァは心の中で叫ぶ。


 帽子シャプロンの影に隠れてはいるが顔を見られないように気を付けて少し俯いた。


「刺繍かぁ、お兄ちゃんはいいや。誘ってくれてありがとうね」


 丁寧に断りながらもディラン王子は部屋へずんずんと入ってくるとエヴァの隣に腰を下ろした。



(ひぇぇぇ、なに?まさか気づかれた?昨夜の女だって…)




「君、名前はなんていうの?」


「イブおねぇちゃんよ!わたしたちに刺繍を教えてくれてるのよ」

 子供が元気に答えてくれる。



「あれ、おねぇちゃんは答えてくれないんだねぇ。残念だなぁ声が聞きたいなぁ」



 そう言いながらエヴァの顔を覗きこんでくる。残念、という言葉とは裏腹にとても愉しそうな声だ。


 逆の方向に顔を反らす。




(やめて、やめてやめてあっち行って……)


 エヴァの願いとは反対に、ディラン王子の顔が近付く。



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