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 アンドレ王子に馬車まで送ってもらい、エヴァは屋敷へと帰ってきた。


 アンドレ王子にきちんとご令嬢として扱ってもらえて、お姫様抱っこまでしてもらえて夢見心地だ。




 それでも自分の家に戻るとだんだんと夜会で言われたあれこれに若干腹も立ってきた。




「マーメイドラインのドレスも赤いハイヒールも今流行のものなのに。殆どのご令嬢が同じような格好だったわ。どうしてわたしだけあのように言われなければいけないの?目立たないようにいちばん無難なデザインを選んだのに散々だったわ」



 ふんわりとしたロングドレスならよいが、膝下を出すドレスではいつものような淑女の、音を立てない床を滑るような歩き方はおかしい。


 どこの令嬢もエヴァと同じで慣れない歩き方でフラフラと歩いていた。エヴァが特別異性を誘っているのではなかった。




 この見た目のせいでこれまで夜会は極力避けてきた。昼間のお茶会でも娼婦に間違われて侮蔑されるか、護衛に追い出されてしまったこともある。


 出来るだけ皆がしている無難な流行りのデザインか、露出を極力控えた貞淑そうなドレスを選ぶのだがどれも駄目らしい。





「エヴァおかえり。仕事中心配で気が気じゃなかったよ。ずいぶんと早かったね。どうだったかい?今日の夜会は。おやトーマスはどうした?」


 エヴァを溺愛する兄が玄関まで迎えにきた。トーマスは従兄弟だ。


「トーマスは置いて来ました。あれだけ離れないようお願いしたのに着いてすぐ意中の人のところへ行ってしまうのですもの。馭者に伝言を頼みましたわ。この通り無事ですけど殿方に襲われかけて途中で帰って参りましたの」


 兄のサミュエルがエヴァを抱き締める。トーマスの意中の人は殿方だ。エヴァには安全なパートナーのはずだった。


「エヴァなんてことだ。可哀想に。やはり私が行くのだったな。その男を八つ裂きにしてやる。トーマスもお仕置きだ。犯人は誰だかわかったのか?」


「ええ、お兄様。ディラン王子ですわ。それでアンドレ王子が助けて下さいました」


「ああ、あの馬鹿王子……」


「八つ裂きはやめて下さいね?お兄様」


 残念そうに兄が頷く。サミュエルは、一見穏やかそうなのが逆に腹黒に見える糸目の青年だ。エヴァにはこの上なく頼りがいのある兄なので実際のところは知らない。




「八つ裂きはやめとくが、まぁ、いい。ふん」


 悪巧みをしている様子のサミュエルに、エヴァは心の中でディラン王子にどうかご無事でとお祈りをした。ディランを許しているわけではなくこの様子だと兄は恐らくやり過ぎる。


「アンドレ王子にちゃんとお礼は言ったかい?彼は、きちんとした人だったろう?」


「ええ、とても。後日改めて謝罪してくださると」




 たかだか貴族の令嬢相手にあんなにきちんと謝罪してくださった。王族だというのにわたしに跪いて。



 アンドレ王子の貸してくれた上着を抱き締めながらエヴァの顔がぽうっと火照る。


「なんだそれ、可愛い……その上着はアンドレ王子のものか?綺麗にして私がお返ししておこうな?」



「え、ええ、あの……そうですね、お兄様に頼んだほうが、いいですね」


 もじもじしながら上着を兄に渡そうとして、名残惜しそうにもう一度抱き締める妹にサミュエルがにやりとする。


「自分で行くかい?エヴァ。王子の執務室に」



 エヴァの桃のような頬がぽふん、と林檎になった。








 見た目に反して、エヴァは今どき珍しいくらいに清純な乙女である。




 子供の頃から男性を惹き付ける容貌の彼女を、家族が心配して大切にしっかりと守ってくれた。



 デビュタントの時に、彼女の姿を見た人々が様々な憶測の噂を流した。どこそこの男爵の養女に迎えられた庶民出だとか、夜な夜な違う男性を部屋に招いている、とか遊び歩いているとか分かりやすい噂だ。男と遊ぶために高級娼館で働いている、なんていうのもあった。噂に夢中で誰も彼女の家名など耳に入ってもないようであった。



 結婚まで乙女を守る令嬢がどれだけいるかはわからないがエヴァについては未だ乙女であることを周囲の人間がちゃんと知っている。自分をわかってくれる家族がいる。エヴァはそれで満足だった。


 パーティーには極力参加しないことにした。でも乙女といってもエヴァもそろそろ嫁き遅れと言われる二十歳になる。



 自分の結婚に関しては両親に任せているがこれまで見合いすらしたことがない。両親に何か思うところがあるのかもと待っているが、結婚出来なくてもいいとも思っていた。



 ただこの自身の容貌ではどこへ行っても迷惑を掛ける。職業夫人というのは難しく独り立ちはできそうもない。両親は出掛けることが難しいエヴァに様々な家庭教師をつけて高等教育を施したのだがそれがいつ人様の役に立つのかエヴァにはわからない。


 すでに隠居気分の両親や登城する兄の代わりに領地経営などはできるだけ関わっているが、それは別にエヴァがいなくても兄が嫁を貰えば事足りる。



 やはり嫁ぐべきなのだろうか。できれば好きな人に嫁ぎたい……。







 翌日、エヴァはグレーのワンピースにきれいに糊付けしてアイロンを当てたエプロンを着け、ゆったりとした外套を羽織った。目尻のほくろを特殊な化粧品で消して、これでもかとたっぷりの白粉(おしろい)をはたいて顔の色味と造作をひた隠す。


 リネンの帽子シャプロン)を被って先代の王妃が建立した聖堂付属の孤児院へと向かった。




 貴族から孤児院への寄付や施しは当たり前のことであるが、エヴァは週に三度の頻度で行っていた。表立って社交が出来ない代わりに自分がやると名乗り出たのだ。


 ブロンドはリネンの帽子シャプロン)に押し込んで一筋たりとも垂らさないし、顎までを布で覆い隠している。


 胸はドレスを着るときとは違ってがっちりと潰すようにコルセットで抑えていた。豊かな胸が目立たないようにデザインされたワンピースは細いウエストをゆったりと覆い隠すのでとても太って見える。



 シスターはエヴァの素性を知っているが、見ている誰もが貴族の家から遣わされた使用人と思っているだろう。そのくらい地味な出で立ちだ。



 エヴァは特に慈善家というわけではないが、子供の相手は楽しいし、エヴァの妖艶さも子供には関係がない。




 容貌のせいで出歩くことの出来ないエヴァには唯一の楽しいお出掛けタイムでもあった。いくら変装しているとはいえこの地味な使用人スタイルでは行ける場所も限られる。




 孤児院に行く以外は屋敷から出ることも殆どないエヴァは料理が好きだった。貴族の令嬢としてはあまり歓迎されない趣味ではあったが家族はエヴァの料理を喜んでくれる。


 孤児院の子供たちにも手作りの焼菓子を差し入れている。家族以外の誰かが、喜んで食べてくれる姿がとても嬉しい。





 エヴァが来るのを喜んでくれる子供たちには申し訳ないがエヴァにはここに通う別の目的もあった。


 たまにではあるが孤児院に来る、子供たちにとても人気のある朗らかな青年にエヴァは密かに憧れていた。


 青年のほんわりと優しい笑顔は癒しのオーラに溢れていた。取り立ててイケメンというほどではないが顔立ちは整っていて綺麗だ。


 中肉中背で背は高くも低くもなく、と特筆する点はないが非難する点もない。少し垂れがちな目尻と垂れ眉、笑うとハートの形になる口許がエヴァの気に入った。



 柔らかい優しい声音もいつまでも聴いていたいと思った。


 エヴァには少し離れた場所から見つめることしか出来なかったが。



 彼の優雅な立ち居振舞いから、見た目は侍従のようだがきっと彼も素性を隠した貴族の子息に違いないだろう。これまでそう思っていた。



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