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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
93/462

第93話

 閉ざされた扉の向こう側から、ドタドタと人が駆け回る音や、鳴り響く銃声が聞こえてくる。

「大丈夫かな」

「彼らも腕利きです。心配は無用かと」

 未練がましく後ろを振り返ったヒカルに、リーシャは少しも動じる様子を見せずに答える。

 確かに、そうだ。ヤマトとノアはヒカルが足元にも及ばないほどに経験豊富な冒険者な上、レレイも二人に並び立てるほどの人物。まだまだ未熟なヒカルは、他人の心配をするよりも先に、自分の心配をするべきだ。

「……そうだね。うん、こっちも気合い入れていかないと」

 深呼吸。

 後ろ髪引かれる心を断ち切って、前方に視線を向ける。照明が一つもつけられていない通路に、更に地下へと続く階段がある。その奥から、これまで感じていたものよりも一段と濃い邪気が立ち昇っているようだ。

「この先に、魔王の心臓があるんだっけ」

「あの男の話が真実なら、そうなります」

 もう正確な時代が分からないほどの古代に、初代勇者と魔王の戦いが繰り広げられた。大陸各地にその爪痕を残しながら、遂に初代勇者は魔王を制したという。しかし、そのあまりに強すぎる力を殺しきれなかった一行は、魔王の身体を五つに分割し、大陸各地に封じることにした。

 ここ聖地ウルハラの地下には、その内の一つ――魔王の心臓が眠っていたと、先程クロはヒカルたちに明かした。

「嘘だったと思う?」

「可能性は否定できません。もっとも、わざわざ虚言を吐く理由も思いつきませんが」

「本当だと思った方がいいってわけね」

 リーシャが魔導術で、小さな光の球を浮かべる。

「そろそろ行きましょう。一刻を争う事態です」

「分かった」

 その仄かな明かりを頼りに、早足で階段を下りる。

 もう長い間、誰も足を踏み入れていない場所らしい。雪のように積み重なったホコリの山が、一歩進むごとにかき混ぜられる。

「念の為、あまり吸わないようにしましょう」

「私は大丈夫。リーシャの方は?」

 顔全体を覆い隠す兜が、医療用マスクのように外気を遮断している。それがなくとも、ヒカルは時空の加護の恩恵で、体調を崩すようなことにはならないように思える。

 そう考えながら振り返れば、リーシャは手拭いで口と鼻を覆い隠していた。

「大丈夫そうだね」

「すみません、お見苦しい姿を」

 目上の人と会話するときには、マスクの類は外すようにといった感覚だろうか。

 その距離感に若干の寂しさを覚えながらも、ヒカルは首を横に振る。

「気にしないで。それより、ここのことなんだけど」

「人が入った形跡はありませんね」

「そうそう。だけど、クロはここの封印を解いたって言ってたよね」

 封印を解くというのならば、普通はそのすぐ目の前まで行く必要が――この階段を下りる必要があるはずだが。

 そんなヒカルの懸念に、リーシャは一瞬だけ考え込むような素振りを見せてから、口を開く。

「鍛錬場から封印を解くことができたのかもしれませんね」

「遠くからってこと?」

「えぇ。ある程度の距離を詰める必要はあるはずですが、厳密にすぐ近くでなければならないわけでもありません」

 「どんな封印なのかも分からないので、推測ですが」とリーシャはつけ足す。

 もっぱら時空の加護を操ることばかりを鍛錬してきたヒカルは、まだまだ魔導術への理解は浅い。それでも、封印がすぐ目の前にはなくとも解除できるというのは、確かに頷けそうではある。

「あとは……そうですね、あの男が嘘を吐いていた可能性でしょうか」

「嘘を?」

 リーシャの言っていることが咄嗟に理解できず、ヒカルは小首を傾げる。

「どういうこと?」

「実際には、ここの封印を解けてはいないという可能性です」

 そんなことあるのか? と考えるヒカルに、リーシャは淡々と言葉を続ける。

「既に相当な時間を経ているとは言え、初代勇者一行が施した封印です。多少の劣化があっても、依然として封印は強固であったはず」

「まあ、それは確かに」

「一魔族にすぎないあの男に、それが解除できるものでしょうか」

 仮にも、大陸を破滅へ追いやった魔王を封じる術式。

 並大抵の者が手出しできるものではないはずだ。

「うーん、じゃあ嘘を吐いた理由は?」

「私たちが封印を破壊することを期待した、ということは考えられます」

「なるほど?」

 聞いているヒカルのみならず、自分で言っているリーシャまでもが不可解そうな表情を浮かべている。恐らく彼女自身も、ひとまず口にはしてみるものの、それほど確からしいとは思っていないのだろう。

「でも、妙な気配は皆感じたよね」

「そうですね」

 ヒカルが階段の先を指差す。

 今なお、おどろおどろしい気配が地下で蠢動している。そのおぞましさを想像するだけで、ヒカルは膝が笑い出すのを感じるほどだ。

 この気配は、赤鬼がヒカルたちの前から立ち去る直前――彼らの言う、契約満了と同時に生まれた。普通に考えるならば、それがクロが封印を解除したときだ。

「……分かりませんね。結局のところ、実際に確かめてみるのが一番の近道かと」

「それもそっか」

 ただの無駄話だったような気もするが、そのおかげでヒカルは肩の力が抜けていることを感じる。知らず知らずのうちに、ヒカルもリーシャも緊張していたらしい。

 ちょうど、階段の終点に行き着く。やはり、人が立ち入った様子がない、ホコリが分厚く積み重なった通路だ。その先に、どんよりと重苦しい雰囲気を放つ扉がそびえ立っている。

「あの先に……」

「恐らくは」

 ゴクリと、生唾を呑む。

 手の平がじっとりと汗ばんでいることに気がついて、握り拳を固める。

「教会に伝わる、初代勇者様の聖印。間違いないかと」

 重厚な扉に刻み込まれた銀色の模様を指さして、リーシャは教えてくれる。

 あまり派手さは感じられない、品のいい紋様だ。確かに、聖地暮らしの中でヒカルも度々目にした覚えがある。

 一歩ずつ踏みしめるように足を進める。そのたびに、扉の奥からビリビリと身体が芯から痺れるような重圧がのしかかってくる。

「―――っ」

「リーシャ、無理は――」

「いえ、大丈夫です」

 荒い息を吐くリーシャの顔色は、これまでヒカルが見たことないほどに青く染まっている。ヒカルからすれば、恐ろしくはあっても耐えられないほどではない圧力だが、リーシャからすると別なのかもしれない。とても尋常とは思えない。

(もしかしたら、加護のおかげで?)

 無言のまま、ヒカルは自分の手の平を見つめる。

 歴代勇者の全員に与えられたという、時空の加護。その持ち主か、持ち主に近しい人物でなければ耐えられないような仕掛けが施されている。そう考えれば、リーシャの不調にも説明はつく。

 そう考えながらヒカルが足を前へ進める間にも、リーシャは急速に体調を悪化させている。先程は病人程度だった顔色が、既に死人同然なものに変じている。このまま進ませてしまえば、本当に取り返しのつかないレベルまで衰弱してしまいそうだ。

「リーシャ! ここから先は私だけで行くから、ここで待っていて」

「それは……。………申し訳ありません……」

 尚も追いすがろうとしたリーシャだが、彼女自身も尋常ではない体調悪化を自覚していたのだろう。悔しげに唇を噛み締めながら、小さく頷く。

 そのことに少しホッとさせられながら、ヒカルは改めて扉に向き直る。

(ずいぶん、綺麗に保たれてるんだな)

 扉をすぐ目の前にして、ふとそんなことが思い浮かぶ。

 ここまでの通路は、相当の年月を感じさせるような有り様だった。細かなホコリが積り重なって山のようになり、一歩歩くごとに盛大に巻き上げられる始末。長らく風も入り込んでいなかったようで、よどんだ空気が渦巻いていた。

 にも関わらず、不自然なほどにこの扉は綺麗な状態で保たれている。傷一つないどころか汚れも一切溜まっておらず、ホコリも被っていない。まるで、この扉だけ時間が止まっているかのような姿。

(―――うん?)

 何かが、脳裏に引っかかる。

 その正体を探りかけたところで、ヒカルたちのいる通路がズンッと振動する。ヤマトたちがいる上部からの振動、ではない。すぐ目の前の扉の、更に先から揺れが伝わってくる。

「ヒカル様!」

「急いだ方がよさそうだね……!」

 言いようのない不安に押されて、ヒカルは扉に手をかける。

 一瞬、手の平がビリっと痺れる。

「―――?」

 そのことに顔をしかめるよりも先に、痺れが手から消えていた。見下ろしてみても、いつも通りの自分の腕があるだけだ。

(気のせい?)

 脇道にそれかけた思考を、慌てて引き戻す。

 今はそれどころではない。

「開けるよ!」

 叫び、思い切り扉に力を入れる。

 始めは固く動かなかった扉が、ゆっくりと動き始める。加護の恩恵がなければ、押し開くことすらできなかっただろう。

 そんなことを考える間に、扉の動きはどんどん滑らかになっていく。徐々に枷が外されていくが如く、物音一つ立てずに開かれている扉に、ふと嫌な予感を覚える。

「これは……?」

 遂に扉が開かれた。

 身体から力を抜きながら、扉の先へ目をやったヒカルは、そこに広がる光景を目にして、思わず呆気に取られた。

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