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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
92/462

第92話

 勇者ヒカルと出会ったときから、クロという男にずっとつきまとわれているような感覚をヤマトは覚えていた。

 グラド王国とアルス海洋諸国での騒動は、クロが事件の黒幕と言っていい存在だった。ザザの島での戦いには姿を見せなかったものの、犯人がクロにそそのかされた成竜だったことを思えば、まったく関係がないとは言い切れないだろう。

 そんなクロだが、ヤマトが実際に対決したのはグラド王国での騒動のときが、最初で最後だった。

(確か、あのときも今と似たような佇まいだったな)

 目の前でやる気なさげにしているクロの姿を見つめながら、ヤマトはかつて戦ったときのことを思い出す。

 グラド王国の首都グランダークに現れたクロは、魔王軍の騎士団長とヒカルとの決闘を邪魔させないために、ヤマトの足止めをしてきた。只ならぬ強さを持っていることは分かったために、意気揚々と戦いに臨んだヤマトだったが、結果は不完全燃焼。クロは終始ヤマトを避けることを徹底して、まともに刃を交えようとはしなかった。

 とは言え、確実に分かっていることが一つある。

「気をつけろ! 手強いぞ!」

「了解!」

 高らかに叫んで、ヒカルがクロへと突貫する。

 開戦から時空の加護を全開にしているらしい。その速度はヤマトたちの誰も追いつけないほどで、遠くから目で追うことがやっとなほどだ。間近で対峙しているクロからすれば、残像が目に浮かぶだけではないだろうか。

 瞬く間にクロへ肉薄したヒカルは、そのまま聖剣を振りかぶる。薄い刃からは聖なる光が漏れ出て、辺りの魔力を浄化している。

「ふっ!!」

「ひぃっ、怖い怖い」

 渾身の一撃。

 それを、クロはステップを刻むような軽い足取りで、ひらりと避けてみせた。怯えるようなことを言いながらも、その声音からは面白がるような調子が伺える。

 あまりに自然な動作で回避されたヒカルは、身体の動きを一瞬硬直させる。

「あら、どうかしました?」

「―――っ! 舐めるな!」

 クロの煽りに応えて、ヒカルは聖剣で切り払う。

 決して生温い一撃ではない。周囲の魔力を浄化しながらの斬撃であることを考えれば、多くの戦士が対処できないことは確かだろう。ゆえに、ここで異常なのは、顔色一つ変えずに平気な調子で避け続けているクロの方だ。

 手にしたナイフで聖剣の刃を逸らすこともせず、淀みない足取りだけでスルスルとヒカルの斬撃を避けていく。ヒカルが更に深く踏み込もうとすれば、その視界にナイフの刃をチラつかせて、動きを牽制する。

「ほぅ。かなりの腕だな」

「間違いない」

 感心したように嘆息するレレイに、ヤマトも首肯する。

 クロがどういう人物なのかは依然として分からないが、ヤマトたちの誰もが追いつけないほどの技量を持っているのは間違いない。先程散々にヤマトたちを苦しめてくれた青鬼と比べても、クロの方が技量は高いだろう。

 いかなる術を使っているかは分からないが、クロはヒカルの攻撃全てを見切っている。それどころか、一切の攻撃が当たらず焦るヒカルに、その声音と身体の動きで煽り、攻撃の幅を狭まらせている。最初に仕掛けたのはヒカルで、始めに主導権を握っていたのもヒカルだったことは間違いない。だが、今の二人の戦いは、クロの手によって完全にコントロールされていると言っていい。

(だが、やはり奴は……)

 クロの動きを見て、とある事実を確信する。

 それと同時に、ヒカルを注視していたはずのクロが、フードの奥からヤマトの目を覗き込んでくるような錯覚に襲われる。思わず、顔をしかめる。

「ヤマト? どうかした?」

「……いや。それよりも、一度仕切り直すとしよう」

 見れば、ヒカルの動きはひどく緩慢かつ単純なものになってしまっている。いくらヒカルが時空の加護に守られていると言っても、あのまま戦わせ続けるのは危険だ。

「よし。なら俺が――」

「僕がこれで支援する。リーシャはヒカルを連れ戻して来て。レレイはここで待機して、想定外の事態に備える」

「分かったわ」

「了解した」

 口を開きかけたヤマトを遮るように、ノアが矢継ぎ早に指示を下してしまう。

 ヒカルの回収を任されたリーシャは厳かに頷き、レレイも言葉少なく首肯する。

「ヤマトもここで待機。気がついたことがあったら、遠慮なく教えて」

「……ふむ。分かった」

 有無を言わさない強い口調に、ヤマトは溜め息を噛み殺しながら、小さく頷く。

 ヤマト自身でも分かっていることだ。応急処置を施されたとは言え、今のヤマトは戦力に数えがたいほどに負傷している。ヤマトが出張るときが来るとしたら、それは絶体絶命の窮地以外にはありえない。

 そうしてヤマトが自分を納得させたことを確かめて、ノアは申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめん、強引に話進めて」

「気にするな。お前が正しい」

 普段ならば、こうした場面で真っ先に身体を張るのがヤマトの役割だ。負傷した今になっても、その感覚が抜け切っていないのだろう。

 思わず力が入っていた右手を脱力させて、ヤマトは思考を切り替える。ノアに指示された通りだ。クロについての情報を少しでも伝えられるように、その動きを凝視する。

「じゃあリーシャ、お願い!」

「任せて!」

 言いながら、リーシャが駆け出す。

 一拍遅れてから、ノアは手元の魔導銃の引き金を引いた。

「―――っ」

「ヒカル様! 戻りますよ!」

 途端に響き渡る銃声に、ヒカルが一瞬身をすくませる。

 他方のクロは、特別驚いた様子も見せず、ひらりとバックステップする。直後に、弾丸がクロのいた空間を貫いた。

「やっぱ当たらないかぁ……」

 小さな声でボヤきながらも、ノアの手は止まらない。

 新たに数発の弾丸を放ち、クロの動きを止めていく。その隙に、ヒカルの手を引いたリーシャがヤマトたちの元まで戻ってきた。

「す、すまない、助かった」

「いいって。それより、あいつをどうするかだよねぇ」

 言いながら、ノアの表情は優れない。

 それもそのはず、銃弾はクロに一向に命中する兆しを見せていない。ヒカルの剣戟を避けていたときと同様に、舞うようなステップで銃弾をひらりひらりと回避し続けている。

「正直、私では手も足も出そうにない」

 悔しそうにヒカルが告白する。

 リーシャは咄嗟に慰めの言葉をかけようとしているようだが、ヤマトから見ても、ヒカルの言葉は的を射ているように思えた。

(力自体に不足はない。だから、これは技量の差か)

 どれだけ速く剣を振ろうとも、その軌道を完璧に見切られてしまっていては、刃を掠らせることすら難しい。加えて、絶えず相手を煽るような動きを見せることで、冷静さを損なわせる技術にも長けているらしい。

 チラリと様子を伺えば、銃撃でクロを牽制していたはずのノアまでもが、その表情に焦燥感を浮かべている。

「おい」

「―――っ! ……ごめん、呑まれてたみたい」

 肩を叩けば、ノアは一気に我を取り戻したような顔になる。

 普段から冷静さを失わないノアですら、本調子を崩されている。

(明らかに尋常ではないな)

 そのカラクリがどこにあるのかは、未だヤマトの目からは定かではない。ただ、今の交錯で分かったことが一つ。

(正攻法で突破を図るのは、得策ではないな)

 あまりにも技量が隔絶しすぎている。

 ヤマトを含めた五人で連携攻撃をすれば、いずれクロにダメージを負わせることも可能かもしれない。だが、そうするにはヤマトたちの連携面に不安が残る。連携を取り合うには、五人という人数は中々に多いものだ。勢い余って同士討ちをする羽目になっては、目も当てられない。

 加えて、もう一つの理由。

「方針を変えるぞ」

「つまり?」

「クロの撃破ができればそれが一番だったが、今は時間をかけていられない。だから、目指すのは強行突破だ」

 ヤマトの言葉に、ヒカルたちの顔に理解の色が広まる。

 自分に注意を惹きつけようとするクロの動きに惑わされるが、ヤマトたちの本来の目的は、彼の言う「魔王の心臓」を機能停止に追いやることだ。そのために、クロが守っている、鍛錬場から更に奥へ続く扉を抜けなければならない。このまま、クロの相手に時間をかけ続けるわけにはいかない。

「なら、ヒカルとリーシャは先に行くべきだね。クロは僕たちで食い止める」

「それは――!」

 咄嗟に口を挟もうとするヒカルに、ノアは首を横に振る。

「まず、聖剣を持っているヒカルが行くべきなのは絶対だよ。その伴をするなら、加護について詳しいリーシャが行くのが一番の適任だ」

「分かったわ」

 理屈は通っている。

 リーシャは即座に頷き、ヒカルも渋々ながら頷く。

 そんなヒカルの表情を見て、ヤマトは思わず口を開いた。

「まぁ、そう心配はいらないはずだ」

「ヤマト?」

「どうやらあいつは、そこまで積極的に俺たちを排するつもりもないようだからな」

 顎でクロの方をしゃくれば、黒フードで素顔が見えないながらも、絶対にニヤニヤと癪に障る笑みを浮かべているだろう姿が見える。

 先程からヤマトたちの攻撃の手が止まっているのと同じように、クロも動きを止めている。自分からヤマトたちを攻撃するつもりは皆無ならしい。

「……そうか」

「僕たち三人なら、一緒に旅をしていたからね。連携もある程度取れると思う」

 ノアの言葉に、ヤマトとレレイは同時に頷く。

 レレイと共に旅をした時間は短くても、共に鍛錬に励んできた仲だ。互いの力量と癖はよく知っているから、最低限の連携を取ることに心配はない。

 それで、ようやくヒカルも覚悟を決めたらしい。兜の奥から強い決意の光を覗かせて、確かに頷いてくれた。

「――よし! そうと決まれば、まずはあいつを止めなくちゃね」

「ふふっ、腕が鳴るな」

 言いながらノアは魔導銃を構え、レレイも意気揚々と拳を固める。

「おや? もうお話は終わりですか?」

「待たせたかな?」

「いえいえ。どうせなら、もっと話していかれてはいかがです?」

 そんな言葉に、レレイが鼻を鳴らしながら一歩前へ出た。

「今度は私が相手をしよう」

「あらら、これまた勇ましい方で――」

 肩をすくめるクロの言葉が終わらない内に、レレイは足を出す。

 先程のヒカルの動きには一歩劣るものの、充分に高速な踏み込み。固めた拳を腰溜めに、まだ動こうとしないクロの胸元目掛けて突き出す。

「せいっ!」

「おおっと」

 レレイの正拳突きを、クロはバックステップで回避する。レレイとは初見にも関わらず、間合いを完璧に把握しているらしい。勢いよく突き出された拳は、胸元まであと数センチのところで止まる。

「――ヒカルっ!」

「あらら、そういうことですか」

 ノアの掛け声に従って、ヒカルとリーシャは一直線に鍛錬場の奥へ駆け出す。目指すのは、壁にひっそりと作られた古めかしい扉だ。

 ヒカルたちの進路を遮ろうとするクロの前に、レレイが立ちはだかる。

「悪いが、通すわけにはいかない」

「厄介ですねぇ」

 クロに攻撃を当てることができずとも、その動きを数秒制限することならば可能だろう。

 ヒカルたちの元へ行かせないように立ち位置を変えるレレイに、クロは困ったような声を上げる。

「ただまぁ、通らせて頂きますよ」

 前後左右への細かなステップに加えて、二振りのナイフを揺らす。

 武人としての本能でナイフの切っ先に意識を吸い寄せられたレレイは、そのままクロの姿を見失う。

「な――っ!?」

「させない!!」

 レレイの視界を潜り抜けるように足を踏み出したクロの前を、ノアが放った弾丸が貫く。さしものクロも、それを前にして足を止めざるを得なかったらしい。

 再びクロの姿を眼中に捉えたレレイが、立ち位置を変える。

 疲れたように肩をすくめたクロは、既に扉の目前まで辿り着いたヒカルたちの背中に、ひらひらと手を振る。

「これは参りましたねぇ。まさか、こんなにあっさりと通してしまうとは」

「………お前……」

 レレイの表情が、思わず怖気を覚えるほどに固まる。

 レレイだけではない。ヤマトのすぐ隣で銃を構えていたノアも、その端正な顔に険しい表情を浮かべている。

「わざと行かせたな。何が狙いだ」

「はて? いったい何のことです?」

「言うつもりはない、か」

 レレイの身体から、ピリピリと痺れるような殺気が漏れ出る。辺境の島でずっと暮らしてきたとは言え、彼女も戦士の一人だったということだ。クロのあまりに人を舐めた態度に、思うところがあったらしい。レレイでなくとも、少しでも武を囓ったことがある者だったならば、クロの態度には憮然としたはずである。

 クロが持つ、圧倒的な力と技術。その一端を明らかに誇示するかのような戦い方をしながら、決して勝負を決めようとはせず、ヘラヘラと相手をおちょくるような態度を取り続ける。先程の交錯で、クロはレレイを殺す機会を幾らでも手にしていたはずだ。それでも、決して手を下さず、あまつさえ勝ちを譲るような真似さえしてみせた。これも戦法の一つだとしても、腹に据えかねるものはある。

 要は、舐めているのだ。

 お前のやっていることなど、大した意味はない。そう心に刻みつけるように、レレイたちを徹底して煽り続けている。それへの敵愾心や屈辱が、沸々とレレイの頭を沸騰させる。

(ふむ……)

 顔を紅潮させるレレイの様子を伺いながら、ヤマトは一人静かに考える。

 冷静さを失うことは、あまりよくないことだ。我を忘れた者から、戦場では死ぬことになる。――とは言え、ここまで激昂したならば、話は別だ。激情する人間を諌めてみたところで、大抵は逆効果になる。怒りを鎮めようとする理性は身体を鈍らせ、更なる怒りを呼び起こすことになる。

 ちらりとノアの方を見やる。

 ノアも、少し考える素振りを見せた後に、小さく頷いてくれた。

「――レレイ!」

 ヤマトが声を上げる。それで、怒りに満たされていたレレイがふっと振り返る。

 その顔は、ヤマトにとってもひどく見覚えのあるものだった。自分が本気で積み重ねてきたものを否定され、嘲笑されたことに腹を立てる表情。冷静になれと叫ぶ理性と、更に激昂する感情。その二つの板挟みに苦しみ、意固地になっている瞬間。

 思わず、口が動く。

「支援する! 思い切りやるぞ!」

「―――! 分かった!!」

 途端に、レレイの顔から迷いが消える。

 ノアも呆れたように肩をすくめながらも、その顔に不満の色はない。彼自身、クロに思うところはあったのだろう。

 そんなクロは、レレイの強い視線に真っ直ぐ射抜かれて、やれやれと首を振る。

「本当、こういうのは苦手なんですけどねぇ……」

「なら、関わるべきではなかったな」

「それには同意しますが、仕事なんですよね」

 そんな無駄話を遮るように、レレイがその足を思い切り踏み出した。

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