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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
91/462

第91話

(静かだな)

 鍛錬場へ続く扉を目前にして、ヤマトはボンヤリとそんなことを考えた。

 目の前の鍛錬場が、だけではない。青鬼の襲撃から始まって慌ただしい雰囲気に包まれていた聖地全体が、今は不気味なほどに静まり返っているように思えた。地上では、襲撃を免れた神官たちが負傷者の治療をしているのだろうか。それとも、皆あまりの被害の大きさに恐れ慄いて、さっさと聖地から逃げ出してしまったのだろうか。

(これは、よくない)

 頭を軽く振って、嫌な想像を払う。

 決して万全とは言えない体調で、気を抜けば次々に悪いことを考え始めている自分に気づく。とても健全とは言いがたい。

「――行こう」

 そんなヤマトの思考を悟ったわけではないだろうが。

 兜の奥から、ヒカルが毅然とした声を放つ。それだけで、頭の隅にわだかまっていた黒いモヤが霧散するのが感じられた。深呼吸をして、腹の底に力を入れ直す。

(気を引き締めるか)

 扉の先――鍛錬場からは、今もなおヒシヒシと強大な気配が感じられる。まだ姿形も見てはいないが、この世を悪意を結集させたような悪寒を伴う邪気は、その気配の主とは決して相容れないだろうことを直感させてくれる。いずれヒカルが対峙する魔王とは、このような存在なのかもしれない。

 ヒカルが扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。

 ギィッと重い音を立てて開かれた扉の先を覗き込んで、ヤマトとノアは思わず目を見合わせた。

「………あなたは……」

「おや、ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ」

「クロか」

 ヤマトが零した言葉に、その男は、黒い外套を着た姿のまま、仰々しい一礼をする。

 ヤマトたちが初めて彼と出会ったのは、グラド王国の首都グランダークでの騒動のときだ。グランダークを襲撃した、魔王軍第五騎士団バルサの補佐役として現れ、自身の目的を一切伺わせることなく、事態を引っ掻き回して消えていった。以降もアルスでの騒動でも姿を見せていたが、相変わらず彼自身の目的は未だ定かではない。

 長身痩躯な身体を、深淵を思わせる黒いローブで覆い隠した姿は、彼の素性を一切悟らせない。得体の知れない飄々とした態度と、丁寧な口調とは裏腹に相手を一切敬わない慇懃無礼な態度。魔王軍の隠密という立場ながら、微妙に魔王軍とも意向を異ならせているということ。それらが、現時点でヤマトたちが把握している、クロの情報だ。

「ヤマトさんとノアさんは、アルスでお会いしましたね。勇者ヒカルさんは、グランダークで会ったっきりでしたか。他のお二人は、始めましてですね」

「あなたは、いったい」

「私は、魔王軍隠密部隊『影』の一人、クロと名乗っております。以後、お見知り置きを」

 一息に名乗ってから、クロはレレイとリーシャに頭を下げる。

 あまり敵対的ではない――むしろ好意的に近しいクロの対応に、二人とも戸惑いを隠せていないらしい。だが、ヒカルたちが警戒を解こうとしない姿があるからだろうか。敵意を剥き出しにはしないまでも、警戒するような視線を送っている。

 そんな冷たい視線を浴びせられながらも、クロはそれを気にする様子は一切見せない。ヘラヘラとした佇まいのまま、肩をすくめる。

「やれやれ。どうやら嫌われてしまっているみたいですねぇ」

「ここで何をしていた」

 一歩踏み出し、強い口調でヒカルが詰問する。

 ふざけたことを言えば、即座に斬り捨てる。そんな気迫すら感じさせる凄みに、さしものクロも飄々とした態度を取り続けるようなことは止めたらしい。

「いやはや、説明するのはやぶさかではないんですけどね? いったいどこから説明したものか……」

「全てだ」

「全てですか? では、そうですねぇ」

 ピンと立てた人差し指を、空中でクルクルと回しながら。何かを考えるような素振りを見せながら、クロは語り始めた。

「この聖地の歴史から、なんていうのはどうです?」

「……それが、関係あるのか」

「勿論ですとも。この地に聖地が設けられた理由、それこそが、今回の私たちの目的なのですから」

 特に隠し立てをするつもりはないらしい。

 黙ったまま促すヒカルに首肯して、クロは口を開く。

「皆さんは、ここに聖地が開かれた理由をご存知ですか?」

 その問いに、以前リーシャが説明してくれた物語をヤマトは思い出す。

「魔王との戦いに勝利した、初代勇者。彼の従者として戦いに同道した騎士が、この地に祝福を施したのが始まりだったとか」

「クククッ、確かにそう伝えられていますよねぇ」

 リーシャの言葉に、クロは腹立たしいほどに大仰な拍手をする。

 それに、リーシャは無言のまま額に青筋を浮かべる。

「ですが、それは偽りの歴史。後にここに設立された太陽教会が広めた、おとぎ話にすぎません」

「何だと?」

「ここに施されたのは祝福などではない。――呪詛ですよ」

 その言葉は、不思議なほどにヤマトたちの耳に滑り込んでくる。

 とても穏当ではない話だ。

「呪詛……」

「呪詛が眠る地に本堂を置くというのは、あまり聞こえがよくないですからね。祝福という言葉に書き換えたのでしょう」

 思わず、固唾を呑んでクロの言葉に聞き入る。

「かつて初代勇者が戦った魔王は、今の時代から見ても恐ろしいほどに、絶大な力を持った存在でした。その身から放たれる濃すぎる魔力は、それだけで生物を死滅させる。正しく、存在しているだけで災害となる巨悪だったとか」

「………」

「初代勇者は、数多の困難の果てに、当時の魔王に勝利した。そこまでは、今なお伝えられる物語と同様です」

 勇者と魔王の戦いに関わった歴史がある大陸では、太古から勇者物語が連綿と語り継がれている。今も、それを知らない者などいないだろう。

 無言のまま続きを促すヤマトたちの視線に、クロは再び口を開く。

「過去にも未来にも類を見ない激戦。それを経ても、初代勇者は当時の魔王を討滅することはできなかったそうです」

「何?」

「魔王の戦闘力を根こそぎ奪い、これ以上反抗できないほどに痛めつけても。遂には、その命を断つことができなかったと言います」

 にわかには信じられない話だ。

 思わず半信半疑になるヤマトたちだが、クロは取り合おうとはしない。

「結局、初代勇者は魔王を封印することにしました。当時の仲間たちの叡智と力を結集させて、魔王でも破壊することができない封印術を施した後、魔王の身体を幾つかに分断し、大陸各地に散りばめた」

「………つまり……」

 ヒカルは話の顛末を想像したのだろう。心なしか声を震わせながら、クロに続きを促す。

「遥か南方の海に右脚を沈め、西方の山々に左脚を隠し。北方の絶対凍土で左腕を凍らせ、東方の島々に右腕を封じた。そしてここ――大陸の中心たるこの地で、心臓に楔を打った」

「………っ!」

「それら全てがまとまれば、生き物全てを殺す魔力。ですが、五つに分けられた後は、大地を豊穣にする程度の魔力に抑えられたと言います」

「それが、祝福の正体」

 震える声でリーシャが呟き、クロは頷く。

「えぇ。呪詛としか言いようがないでしょう? 本当に、憐れなものです」

 言ってから、クロは「およよ」とわざとらしく涙を流す演技をする。

 それをボンヤリと眺めながら、ヤマトは頭の中でクロの言葉を整理して、口を開く。

「なら、お前の目的は、その封印を解くことか」

「あらご明答。大正解ですよ」

 ヒカルたちが、ギョッとした表情になる。

 今こうしてクロと会話している間にも、足元から沸々と沸き起こっている途方もない邪気。これは、そういうことなのだろう。

「察するに、それももう果たされた」

「話が早くて助かりますよ」

 何事もないように、クロは頷いてみせる。

 ひとまず、この場で起こったことは把握できた。ならば、次はどうするか。

 ヤマトがその答えを促すようにヒカルを見やれば、ヒカルは小さく首肯する。

「――ならば、ここから帰すわけにもいかないな」

「ほう?」

 ヒカルが聖剣を抜き払えば、それに続いてヤマトたちもそれぞれの武器を構える。

「解き放たれたという話だが、まだこの気配が動き出す様子はない。封印が解けた直後だから、本調子ではないというところか?」

「ほうほう」

「だとしたら、今が好機だ。すぐにその心臓のところまで行って、再び封印を施す。少なくとも、その力を削ぐくらいは、この剣ならばできるはず」

 言いながら、ヒカルは手にした聖剣を空に掲げる。

 青鬼が作り出した疑似聖剣よりも遥かに強大な、魔を払う聖なる力が感じられる。その剣から放たれる力の大きさは、ヤマトたちもこれまでの戦いで身に沁みて理解している。

「クククッ! それは、確かにその通りでしょうねぇ。聖剣の力を解放すれば、魔王の心臓を弱体化させるくらいは可能なはず。加えて、心臓がまだ本調子ではないというのも、ご指摘の通りです」

「ならば――ッ!」

 ヒカルの身体から闘気が放たれる。

 あまりに強すぎる、時空の加護の恩恵。以前は越えがたい壁としてヤマトの前に立ったその力が、今はこの上なく頼もしい。

 続けてヤマトたちも意識を戦闘態勢に切り替えると、さしものクロも嫌そうに首を横に振る。

「やれやれ。もうちょっとだけ私の話につき合ってくれません?」

「問答無用だ。そこを今すぐにどけ。さもなければ、斬る」

 いつになく強気なヒカルの口調も、今は一刻を争う事態だと悟っているからなのだろう。

 それを悟っているのか、弱気そうな態度を演じてみせながらも、クロはその場から立ち去ろうとはしない。ふらふらと胡散臭い佇まいのまま、黒ローブの中から二振りのナイフを取り出した。

「あぁやだやだ。私、戦闘は専門外なんですけどねぇ」

「気をつけろ。ふざけた奴だが、手強いぞ」

 唯一クロと対峙したことがあるヤマトは、ヒカルたちに警告する。

 ノアも沈黙を保ったまま、クロが十八番たる結界の高速展開に備えてくれている。

 ヤマトたちの戦意は上々。それを確かめたヒカルが、一歩前へ出ながら聖剣を正眼に構えた。

「皆、力を貸してくれ。――速攻で終わらせる!」

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