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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
90/462

第90話

「―――! ヤマト!」

 意識を朦朧とさせていたヤマトは、すぐ隣からのノアの掛け声で目を覚ます。

「………何が……」

「やっぱり少し休んだ方がいいんじゃない?」

 見れば、ノアはいつになく心配そうな顔をしている。日頃の悪戯っぽい姿とは正反対なノアの様子に、思わず呆けそうになる。

 まばたきをして意識をはっきりとさせる。辺りを見渡してみると、そこは既に大聖堂の中――鍛錬場を目前にした場所だった。

(確か、地下へ行くのだったか)

 青鬼から告げられた言葉が、ヤマトの脳裏に蘇る。今回の騒動を引き起こした黒幕が、地下でヤマトたちを待っているのだったか。

 青鬼との戦いの終わり際、地下から溢れ出た邪気は相当なものだった。かつて対峙した竜種などが比較にもならないほどの、強大な気配。それは今こうして身体を休めている間にも、地下でゆっくり蠢動するのが伝わってくる。

「俺は大丈夫だ」

「大丈夫なわけないでしょ? もうすぐそこなんだから、手当てだけしていくよ」

 ノアを強引にヤマトを床に座らせる。ヤマトが感じている悪寒はノアも感じ取っているはずだが、そこを譲るつもりはないらしい。

 存外に強情なノアに溜め息を漏らしながらも、言われるがままにヤマトも腰を下ろす。背中を壁にもたれかけた途端に、ぐらっと視界が暗転した。

「ほら、言わんこっちゃない」

「………」

「ヒカルたちもまだ来てないみたいだから、大丈夫だよ」

 その言葉に、ヤマトは身体から力を抜く。

 明らかに危険そうな場所へ近づいているのも、彼らの友人たるヒカルの手助けをするためだ。幾ら好奇心が強い二人と言えども、こんな死地に好んで飛び込むような真似はそうそうしない。

「もう血が滲み出してる……。止血し直すよ」

 ジクジクと鈍い痛みを訴える左腕を見下ろす。

 青鬼の攻撃を辛うじて受け止めたときの代償だ。肉を断たれたばかりか、骨にもヒビが入っているかもしれない。あまりにグロテスクな光景に、思わず顔をしかめる。

「うわぁ、こりゃ大変だ」

 ノアもヤマト同様に顔をしかめながらも、手を止めようとはしない。

 血が滲んで赤く染まった包帯を外し、新しい包帯で止血していく。その包帯もすぐさま赤く染まっていくが、それなりにきつく巻き上げていくおかげで、段々と流血が止まっていく。

「………っ」

「あともう少しだから」

 包帯が巻かれるたびに、鋭い痛みが身体を駆け巡る。否応なく脂汗が全身から溢れ出て、ヤマトは奥歯を噛み締める。こうした大怪我をした経験も過去にあるものの、慣れるようなものではない。

「――これでよし! ひとまず、さっきよりはマシになったはずだよ」

「すまない。助かる」

 処置を終えたノアが、額の汗を拭いながら腰を下ろす。

 自分の左腕に目を落としてみれば、先程までの凄惨な光景が嘘のように、清潔な包帯が丁寧に巻かれた左腕がある。こうして正常な見た目をしているだけで、どことなく安堵できる。

「本当なら、すぐに治療するべきなんだけど」

「今はそれどころではない」

 それはノアも理解しているらしく、納得し切れていない表情ながらも、小さく頷く。

「でも、戦えるの?」

「……さてな」

 普段ならば「問題ない」と即答するような問いだが、ヤマトは思わず言葉を濁してしまう。思っていたよりも、心が弱っているらしい。

 体力面を見るならば、かなり限界近いものの無理ではない。今よりも瀕死の状況で戦いに臨んだ経験もある。左腕の負傷は痛いが、刀を振るときの支えにする程度ならばできる。万全とは言いがたいが、無理ではない。

(むしろ、問題は――)

 右手で握っていた刀に目を落とす。

 鞘は『柳枝』で青鬼の攻撃を捌いた際に、原型を留めないほどに破損してしまった。そのまま腰にぶら下げるわけにもいかないので、仕方なくずっと握り締めているのだが。

「ちょっと歪んでる?」

「あぁ。無茶な使い方をした」

 ノアが指摘した通りだ。

 元来、刀はその高すぎる斬れ味の代償に、刀身の耐久性が低くなってしまうものだ。そのため、刀を扱うためには、その扱いに熟達していることが求められる。ヤマト自身、刀術を学び始めてから刀を握れるようになるまで、数年の修行を経たほどだ。実際に使用するようになってからも、できる限り刃の保全には細心の注意が求められる。

 そんな繊細な武器であるため、少しでも負担をかけてしまうと、即座に刀身が歪んでしまう。これでも大陸製の鋳造剣に比べれば鋭い部類だろうが、元々の斬れ味と比較してしまうと、不足しているどころでは済まない。

「刀身の軸にヒビが入っているな」

「つまり?」

「斬れるのは、あと数度が限界だ」

 運が悪ければ、次の一撃で刀身がポッキリと折れてしまうかもしれない。

 そのことを知ったノアは、端正な顔を歪める。

「いざとなれば素手でやるさ」

「そうなったら逃げようよ……」

 それはまあ、その通りなのだが。

「ノアの方は問題ないか」

「おかげでね。魔力はだいぶ減っちゃってるけど、まだしばらくは大丈夫そう」

 傍目ではノアが外傷を負った様子はなかったが、改めてその言葉を聞いて、ホッと一息吐く。魔導適性が皆無なためか、ノアの魔力の多寡をヤマトが実感することはできないが、本人がそう言うのならば大丈夫なのだろう。

「――む?」

「あれ、誰か来たみたいだね」

 ふと、ヤマトたちがいる場所へ駆け寄る足音が聞こえてくる。

 疲労と傷の痛みでボンヤリとする意識の中、それが二人組のものらしいことを掴む。

「これは……ヒカルとリーシャかな?」

「……そうか」

 敵襲かと思わず身構えかけたが、ノアの言葉で身体から力を抜く。

 念の為と足音が聞こえてくる方向へ視線をやれば、通路の先から、ヒカルとリーシャが姿を見せる。二人共、相応に疲弊した様子ではあるものの、怪我はしていないことに安堵する。

「ヒカル! リーシャも!」

「ノアにヤマトか! 無事でよかった……」

 ヒカルは健常そうなノアを見て安堵の息を漏らした後、ヤマトを見てギョッとした様子を見せる。

「ヤマト!? 怪我したの!?」

「とりあえず応急手当だけはしたけど。リーシャ、治癒魔導は使える?」

「勿論です」

 相変わらず固い声で応えてから、リーシャがヤマトのすぐ傍に座り込む。そっと包帯が巻かれたヤマトの左腕に触れて、傷の様子を確かめているらしい。

「……かなり深いですね」

「治りそう!?」

「今すぐというのは、難しいかと。ですが、時間をかければ」

 「ひとまず治癒魔導を施します」とヒカルに告げて、リーシャは両手でヤマトの傷に触れる。ボゥッと仄かな光が、リーシャの手の平から放たれる。

「これは……」

「教会の秘技、治癒魔導だね。かすり傷くらいなら勿論、高位の神官なら部位欠損も復活させるって話だよ」

 驚くヒカルの声と、それに答えるノアの声がヤマトの耳に滑り込む。

 リーシャが放つ治癒魔導が傷口を包帯の上からなぞるたびに、じくじくと刺すような痛みが和らいでいく。思わず、溜め息が口から漏れる。

「だけど、ヤマトたちをここまでやるなんて……」

「青鬼って名乗ってたよ。やたら魔導術が上手い人だった」

 ノアの言葉に、ヤマトも小さく頷く。

 青鬼が戦いの中で見せた、魔導術の高速発動。その速度は、これまでのヤマトとノアの魔導術への認識を改めさせるほどのものであった。

 一般に、魔導術とは魔導適性が高い者だけが扱う術法であり、高度な魔力操作技術を必要とする。効果は相当高い一方で、発動までの手順の複雑さから、あまり実戦的ではないというのが、魔導術への評価だ。せいぜい、先制攻撃として使われる程度だ。

 だが、青鬼が見せたほどの速度で発動されてしまわれると、話は一変する。全身を動かさなくてはいけない体術全般に比べて、僅かな詠唱と予備動作のみで発動できる魔導術は、その発動行程の容易さもさることながら、そこからもたらされる結果の大きさまでもが優れている。

(対策を考えなくてはならないな)

 到底見当がつかないが、だからと言って何もしないのは、ヤマトの流儀に反している。

「私たちも、赤鬼って人に襲われたけど……」

「赤鬼?」

「うん。刀振り回してて、ちょうどヤマトみたいな人」

 首を傾げたノアに、ヒカルが答える。

 この場にはヤマトたち以外の人影はない。だからなのか、ヒカルの口調も素に戻っているようだ。

 それよりも、ヒカルが言ったことが気になる。

「刀を?」

「相当な使い手よ。……言いづらいけど、たぶんヤマトよりも」

「ふむ」

 武術に関しては造形の深くないヒカルではなく、聖騎士リーシャがそう言うのだ。きっとその通りなのだろう。

 リーシャはヤマトの自尊心を傷つけてしまわないかと勘ぐったようだが、その心配はない。刀が根づいている極東も広く、数多くの武人がいるのだ。ヤマトよりも上手く刀を使う者など、それこそ星の数ほどいるだろう。極東出身者が、ヤマト以外にもこちらへ渡っていたことは驚きだったが。

「私もリーシャも、その人だけで抑え込まれちゃって」

「……それは相当だな」

 言うまでもなく、ヒカルは勇者として強力な時空の加護を授かっている。彼女が本気を出したならば、それこそ魔王クラスでなければ太刀打ちできないと思っていたのだが。

(世界は広いな)

 改めて、そのことを胸に刻む。

 なまじ最近は勝ちが続いていたから、無意識に天狗になっていたのかもしれない。まだまだ己は未熟者なのだと戒める。この場を切り抜けたならば、一段と気合いを入れ直さなければなるまい。

「もう大丈夫だ」

「そう? 無理はしてない?」

 心配そうなリーシャを制止して、ヤマトはゆっくりと腰を上げる。左腕はまだ痛みを訴えているものの、先程までよりもかなりマシになっている。これも、リーシャが施してくれた治癒魔導のおかげだ。

「まだあまり動かさない方がいいわ。辛うじてくっついたくらいにしか治ってないから」

「今は、それで充分だ」

 少なくとも、刀を振る際に右手を支えるくらいの働きは期待できる。

 重い左腕を上げて、刀を握る右腕に這わせる。幾分か、身体の重心が安定する。

「くれぐれも無茶しないように」

「善処しよう」

 ジッと湿度のこもった視線をノアは向けてくるが、今はそれどころではないということは、彼自身理解しているのだろう。

 すぐに諦めたように溜め息を吐いて、鍛錬場の方へ視線を向ける。

「気配は強まっているね」

「あぁ。放っておくことはできまい」

 鍛錬場の方から、凄まじいとしか形容できない気配が感じられる。今でこそ動きは穏やかなようだが、いつ動き始めるかは分からない。勇者ヒカルが加わって果たして抗えるのかは分からないが、行かないという選択肢はない。

(難儀なものだな)

 正直な心境を述べれば、ヤマトはこの場から離れたくて仕方がない。先程からヒシヒシと感じる気配は強大すぎて、立ち向かおうという意思すらもが萎えてしまうほどだ。どんな奇跡が起こったとしても、今のヤマトたちでは太刀打ちできない。

 ヤマトが冒険者という立場だったなら、一目散に距離を取ったことだろう。明確すぎる死に近づくようでは、冒険者稼業は務まらない。

 それでも、気配の元へ行こうとする理由は一つだけ。

(ヒカルは、勇者だからな)

 異世界から来た、心優しい少女。およそ戦いなど似合わない彼女だが、数奇な運命に巻き込まれて、魔王との決戦に臨むべく、この世界へ勇者としてやって来てしまった。大陸中の人々の希望となる彼女に、よく分からないが危険そうだからという理由で、この場から逃げ出すことは許されない。

 きっと、恐ろしいはずだ。こうして平気そうに振る舞う裏で、ヒカルは己の運命を呪っているかもしれない。

 そんなヒカルを、見捨てて逃げるなど。

(できるはずはないな)

 覚悟を決める。

 流石に死ぬのは嫌だから、いざとなればヒカルを担いででも逃げ出すつもりだが。

「――そこにいるのは、ヤマトたちか?」

「む?」

 人の気配がなかったはずの通路から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 思わず四人が目をやれば、通路の先からレレイが駆け寄ってくるのが見えた。

「気配が……」

「なかったな」

 声を潜めて、リーシャと頷き合う。

 ザザの島という過酷な環境で育ったためなのか、レレイはときに尋常でない能力を発揮する。負傷中で意識散漫だったとは言え、ヤマトたちに気づかれずに近づいていたとは。

「なんでここに? 医務室にいたはずじゃないの?」

 確認するようにノアがヒカルの方を見れば、ヒカルも戸惑った様子で頷く。

 対するレレイは、そんなノアの問いにふんっと鼻を鳴らす。

「こんな騒がしい中、大人しく寝ていられるわけがない」

「まあ、それは確かに」

 今も足元から感じる、強大な気配。

 これをすぐ傍に置きながら、呑気に寝ていられるはずはない。それができる者は、よほどの強者か、よほどのうつけか。

「こちらに来れば、そなたらと合流できるだろうと考えてな。抜け出してきた」

「あぁ、そういう……」

 気配を殺して通路を歩いていたのは、騎士たちに見つかれば、医務室に連れ戻されると考えたかららしい。

 どことなく得意気なレレイの様子を見るに、模擬試合での怪我の方は既に問題ないらしい。むしろ、激戦を経たヤマトたちの中では、一番体力が充実している可能性すらある。

 そんなレレイは、通路の先――鍛錬場の方を見やって、目を鋭くさせる。

「この先に何かあるのか?」

「今回の事件の、首謀者がいるみたい。明らかに変な感じもするから、とりあえず確かめようって感じかな」

「ふむ。あまり近づくのはよくないように思えるが……」

 その言葉に、ヤマトたちは苦笑する他ない。

 とは言え、先に述べた通り、勇者ヒカルだけを行かせて逃げようということはできない。彼女の友人として、そんな真似はしたくない。

 そんな事情を察したのか、レレイは渋い表情で頷く。

「まぁ、仕方ない。軽く確かめるとしよう」

「助かる」

 裏を返せば、確かめたら即座に逃げようという言葉。

 それには全面的に同意するところだったので、ヤマトも頷く。

「――さて。そろそろ時間かな」

 ノアの言葉に、ヤマトたちは気を引き締める。

 何が待ち受けているかは分からないが、とても穏便に済むとは思えない。場合によっては、先程の戦いを越える激戦を覚悟しなければならないだろう。

 腹の奥に力を込めながら、ヤマトは一歩足を踏み出した。

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