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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
85/462

第85話

 青く透き通っていた空を、いつしか灰色の雲が覆い隠していた。

 夏が終わり、残暑の中に秋の兆しを感じられる季節。西の空から吹き抜ける寒風の中、聖地の大聖堂前にその二人はいた。一人は、物悲しい表情の青鬼の面を被った青年。もう一人は、激昂した赤鬼の面を被った青年だ。

「ここは全く変わらないねぇ」

「懐かしいか?」

「いや? むしろ呆れてるのさ」

 表面上はどこかの観光客のような、穏やかな会話。だが、二人がまとう雰囲気は物々しく、これから戦いを始めようという気概がありありと感じられるほどであった。

 その闘志に気圧されてか、他の観光客は皆遠巻きに二人を眺めるだけで、大きく距離を取ろうとしている。聖地の守護をしている聖騎士たちは、その甲冑の中から苛立ちを滲ませながら、二人のことを監視していた。

「まぁここで眺めていてもいいけど、そろそろ時間だね」

「あぁ。手筈は分かっているな」

「勿論。依頼分はきっちりやろうよ」

 青鬼の言葉に、赤鬼は重々しく頷く。

 その動きに、聖騎士たちの視線が険しくなるのが分かる。二人が不審な行動をしないか、一瞬たりとも見逃すまいと、必死に目を凝らしている様子だ。

「では、行ってくる」

 言い残して、赤鬼は堂々と大聖堂の方へ歩みを進める。

 あまりに自信満々な足取りに、見張りの聖騎士たちは一瞬だけ呆気に取られた様子を見せてから、慌てて赤鬼の方へ駆け寄ろうとする。

(あらら。分かっていたけど、質の低下が酷いね)

 赤鬼が聖騎士たちの目を惹く。それで、青鬼にも集まっていたはずの監視の目が、ふっと失せたことを感じ取った。

 その場から足を動かさないまま、おもむろに右手を掲げる。人差し指を一本だけ突き出し、指先で虚空に何かを描くような動作をする。途端に、辺りの魔力が青鬼の元へ一斉に集まり始める。

 勘がいい者、まだ多少は使えそうな者は、即座に青鬼の方へ視線を向ける。魔導を発動させようとする姿に、腰の剣に手をかけて声を上げようとする。――だが。

「流石に、遅すぎるね」

 指先を空に走らせ、腕を払う。直後に、結集した魔力が一つの形を生み出す。

 基本魔導術の一つ。

「『爆裂』」

 その呪文を唱えるのと同時に、大聖堂前の地面にジッと火花が奔った。

 直後。

 辺りいったいを染め上げる白光と共に、爆音と衝撃波が辺りを薙ぎ払った。


『―――――っ!?』


 途端に、あちこちで悲鳴が上がる。

 目が眩むほどの閃光が収まった後、爆心地には巨大なクレーターが作られている。一瞬で半径十メートルにも及ぶ範囲を、魔導術『爆裂』が破壊した。その余波たる衝撃波と爆風だけで、咄嗟に青鬼へ駆け寄ろうとしていた聖騎士のほとんどが倒れ伏している。遠く離れていた観光客は、甲高い悲鳴を上げながら逃げ惑う。

「このくらい派手にやっておけば大丈夫かな」

 辺りを見渡したところで、空から土塊が雨のように降ってくる。空に巻き上げられたものが、今になって降ってきたのだろう。

 既に、赤鬼の姿は消え失せている。青鬼が『爆裂』を行使した瞬間で、既に大聖堂の内部へ入り込んでしまったらしい。

「相変わらず、そういうところは手早いね」

「――貴様ッ! ここで何をしている!!」

 思わず赤鬼の素早さに感心していた青鬼の元へ、血相を変えた聖騎士たちがゾロゾロと駆け寄ってくる。運よく爆発から逃れた者や、大聖堂の中ですごしていた騎士たちだろう。大層な鎧兜に剣を身に着けているようだが、その品質に見合う腕を持っている者は、見たところ皆無なようだ。

「ここが太陽教会の聖地ウルハラだと知っての狼藉か!!」

「さぁね」

「総員抜剣せよ! この不届き者を、神の名の下に粛清するぞ!!」

『応ッ』

 隊長格らしい騎士の叫びに応えて、聖騎士たちは続々と腰元の剣を抜き払う。その全てが、一般の市場どころか国家にも出回らないような、高品質な品ばかりだ。腕に覚えがある者が振れば、鋼鉄すら断ち切れるほどの業物。

 であるがゆえに。

「憐れ。宝の持ち腐れってやつだね」

「かかれぇッッッ!!」

 肩をすくめた青鬼目掛けて、聖騎士たちが殺到する。

 その迷いない足取りだけは評価に値する。逆に言えば、変な真っ直ぐさ以外には見るべきところは皆無だ。いかに得物が名剣だと言えども、使い手が半人前以下の未熟者では、その真価の一割ほども発揮することができない。

 呆れながら、青鬼は再び虚空に指を走らせる。わざわざ『爆裂』を見せてやったというのに、それを止めようとする者がいない。

(愚かな)

「『紅蓮』」

 詠唱と共に腕を振る。それだけで、真紅の炎が一振りの巨大な剣となって、聖騎士たち全員を薙ぎ払った。

 魔導で生み出した炎であっても、その熱さは本物同然だ。炎は騎士たちの剣と鎧を焼き払い、中にいた者たちに苦悶の叫び声を上げさせる。

「これは酷い。まさか全滅だなんて」

 自分がやったことにも関わらず、青鬼は大げさに驚いてみせる。

 騎士たちの叫び声が徐々に小さくなっていくことを聞き取って、再び腕を振る。すると、騎士たちの身体を焼いていた炎が瞬く間に消え去り、その熱の名残だけを残していった。焼け焦げた荒野となった地面に、弱々しい唸り声だけを零す騎士たちが転がっている。

「こんなもので充分かな。さて、どこかに生き残りは――」

「その程度にしてもらおうか?」

 すっかり人気のなくなった荒野に、男の声が響く。

 興味深そうに青鬼が視線を向けると、そこには、聖騎士の鎧を身にまとった男が立っていた。緑色の髪と目が特徴的で、どこかシニカルな雰囲気をまとった青年だ。

「君は?」

「俺は太陽教会の聖騎士第一席、『緑風』のグリンだ」

 聖騎士第一席。

 その称号が示すものは、本来であればただ一つ。

「じゃあ、君がここの最強の騎士だと?」

「いかにも。散々に暴れてくれたみたいだが、それもここで終わりだぜ」

 言って、聖騎士グリンは不敵な笑みを浮かべる。

 なるほど。確かに言われてみれば、グリンがまとっている鎧は他のものとは少し意匠が異なっているようだ。より細かな装飾が施され、見れば自然と威圧されるような作りになっている。腰に下げられた剣も、僅かながら神性を帯びている。聖剣の同類とも言えよう。

「そっか」

「なんだ? 怖気づいたのか?」

 相当な自信があるのだろう。死屍累々という有り様になった仲間たちを一瞥もせず、グリンはふふんと鼻を鳴らす。

 その姿を見て、思わず青鬼は口元を歪めた。

「君、なかなか面白いことを言うね」

「は?」

「その様子だと、ここの司教の息子なのかな? 大人しく経典を読んでればよかったのに」

「……何が言いたい」

 先程までの不敵な態度はどこへやら。グリンは額に青筋を浮かべ、狂気すら感じさせるほどに禍々しい眼光で、青鬼を睨めつける。

 青鬼は、それに臆することなく、小さな笑みを零す。

「出しゃばるな雑魚。お前じゃ役者不足だ」

「――殺すッ!!」

 叫び、グリンは突貫する。

 確かに第一席を与えられるだけあって、その動きは鋭い。先程までの聖騎士たちとは一線を画する力と言ってもいいだろう。――とは言え。

「『障壁』」

「舐めるなッ!!」

 青鬼はすっと掲げた指先を起点に、魔導術『障壁』を発動させる。直後、半透明な壁が青鬼の眼前に作り出された。

 その壁を目前にしてなお、グリンの動きは止まらない。腰元の剣を抜き払い、自信満々に『障壁』の中心へ突き立てる。

「俺の剣は、勇者様が使ってるのと同じ聖剣だぜ? しょぼい魔導程度で止まるかよ!!」

 その言葉を裏づけるように、剣の切っ先が『障壁』に沈み込む。

 会心の笑みを浮かべるグリンに対して、青鬼は仮面の中で、小さく鼻息を漏らす。

「何だ? あまりに怖くて、もう何も言えなくなっちまったか?」

「寝言は寝て言いな。早く『障壁』を破ってみせてよ」

「てめぇッ」

 怒号と共に、グリンは剣へ更に体重をかける。

 グググッと重そうな動きを進めていた刃だったが、数センチほどを貫いたところで、その動きを止めてしまう。幾ら力を込めて押し込んでみせても、剣はピクリとも動かない。

「くっ!?」

「それで終わりかい?」

「ふざけるなぁッッッ!」

 挑発するような青鬼の物言いに、グリンは顔を赤くさせながら、『障壁』から剣を引き抜く。

 目の前の現実を拒むために、グリンは雄叫びを上げながら剣を振り回す。その刃が『障壁』にぶち当たり、そして火花一つ上げずに受け止められる光景が繰り広げられる。

「くそっ! くそくそくそくそっ!! くそぉッ!!」

「……そろそろ飽きてきたな」

 決死の表情を浮かべるグリンに対して、青鬼の方は呑気な様子だ。今にもあくびを漏らしそうなほどに、まったりとした雰囲気でグリンの動きを眺めている。

 グリンの攻撃は、一般に見るならば確かに強力なものだった。聖騎士第一席の座を得るために修練したことは確からしく、その刃筋も真っ直ぐで、力強くもある。手にした剣も聖なる力を帯びており、並大抵の魔ならば即座に斬り捨てられるほどの強さを宿している。グリンが仮に冒険者になろうとしたならば、一級と呼ぶに相応しい人物になったはずだ。

 ゆえに、この結果は異常だった。

「なんで……! なんで!?」

 剣戟は更なる冴えを見せながらも、無情にも『障壁』に傷一つ刻むことができていない。

 グリンは並を遥かに越す、上級の剣士に相応しい腕前を持っている。ならば、明確な事実が一つ浮かび上がる。

 青鬼の実力が、人智を越えていた。それだけだ。

「もういいか」

 ボソリと青鬼が呟く。

 それを耳にしたグリンは、咄嗟に後退る。鍛錬の中で培った、防衛本能と言えよう。

 だが、青鬼を前にしては、それは無駄な抵抗と言わざるを得なかった。

「ぐぅっ!?」

 青鬼は一歩も動かず、指先をつっと滑らせただけ。

 それだけで、後退るグリンを追いかけるように『障壁』が前進する。まともに構えもできなかったグリンの急所を打ち抜く。『障壁』の一箇所だけを一瞬だけ隆起させた攻撃。その地味な見た目と同じように、グリンからすれば、威力は皆無に等しい。

 ――それでも。

「ほらほら、まだいくよ」

 呑気な声を上げる青鬼。それとは真逆に、『障壁』の勢いは苛烈さを増していく。

 前後左右へ身体をよじって必死に抵抗しようとするグリンを嘲笑うように、『障壁』は少しずつグリンの身体を痛めつけていく。十の打撃をもって指先を破壊し、更に二十の打撃をもって手を破壊する。着実に、グリンの精神に「敗北」の二文字を刻み込むが如く、一切の抵抗を許さない連撃。一つ一つが塵に等しい威力でも、積み重なれば山をも揺るがす剛撃となる。

 恐怖を目に浮かべながらも、抵抗の光を宿していたグリンの目は。五十を越す打撃を前に憤り、百を越えて恐慌し、二百を越えて絶望する。五百を越えたところで、目から色が失われた。

「あ……あ………」

「あらら、もう壊れたか。脆いなぁ」

 顔中から涙と涎を垂れ流しながら、呆然とするグリン。

 その姿をつまらなさそうに眺めてから、青鬼は指をグリンの額に向けた。

「じゃあ、またね」

 指を僅かに突き出す。

 その動作に伴って動いた『障壁』が、グリンの額を押した。それだけで、完全に脱力していたグリンの身体は倒れ込み、血を一滴も流させないままに気絶させる。

「ちょっとやりすぎたかな? もう少し頑丈そうだと思ったんだけど――」

 言いながら、グリンの顔を覗き込んでいた青鬼は、おもむろに足踏みをする。

 それで再び形成された『障壁』が、甲高い音を立てて“何か”を弾き飛ばした。

「で? 君たちが、次の挑戦者ってわけか」

 大聖堂の門から、二人の人影が出てくる。

 片方は、刀を手にした黒目黒髪の青年――ヤマト。そしてもう片方は、射撃直後の魔導銃を手にした少女――ノアだ。

「お前が、この騒ぎの犯人か」

「だとしたら?」

「たたっ斬るまで」

 ヤマトが意気高らかに、刀を正眼に構える。

 その姿を見た青鬼は、鬼面の中で小さな笑みを零すのだった。

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