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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
82/462

第82話

 大聖堂の地下に設けられた、広々とした鍛錬場。

 やはり鍛錬する聖騎士の姿は見えないその場所で、ヒカルはレレイと相対していた。

「審判は俺がやろう。互いの実力を見ることが目的だから、全力を尽くすことを期待する」

 ヤマトはリーシャとノアを引き連れて、試合場の脇で審判をするらしい。武術を修めた彼の目があれば、万が一のことも起きないだろう。

 とは言え。

「無論だ」

「……分かった」

 即座に首肯したレレイに続いて、ヒカルもわざわざ身につけてきた甲冑の中で頷く。

 ヤマトはわざわざ「全力を尽くせ」と強調してきた。この意味が分からないほど、ヒカルも鈍いわけではない。

 そもそもの前提として、ヒカルが授かった時空の加護による身体強化は、人間の粋を逸脱するほどに強力なものだ。そのあまりに強すぎる補正ゆえに、この世界へ来た当初は日常生活にすら不自由したほどに。今でこそある程度の制御は利くようになっているが、それでも完璧とは言いがたい。

 加護による恩恵を全開で力を振るったならば、人の身体くらいならば容易く破壊できてしまうだろう。技量の隔絶したヤマトやリーシャ以外には、全力を振るうことは躊躇われた。

(彼女は、ヤマトたちと同じくらい強い人ってことかな?)

 ヤマトの言葉から察するならば、その通りなのだろう。

 だが、今一つピンと来ない。

 レレイという名の少女。昨日聞いた限りでは、ヒカルが聖地に滞在している間に、ヤマトとノアが南海の先にある島で出会った少女なのだとか。二人とも認める猛者らしいが、ヒカルの目からでは、南国の姫君という言葉の似合うか弱い少女にしか見えない。身体つきが恵まれているようにも見えないし、ヒカルと同様に加護の恩恵を授かっている様子もない。

 正直、ヤマトとノアが南国の島から拐かした少女なのだと言われた方が、ヒカルとしては納得できるほどだ。

(本当に全力でやって大丈夫なのかな?)

 ヒカルが手にしているのは、いつもの聖剣ではなくて、鍛錬場に常備されている模擬剣だ。それでも、加護で強化された膂力で振れば、容易に人を殺害できる。

 再び確認するようにヤマトの方を見やったヒカルは、思わず溜め息を漏らしそうになる。

(いつの間にかリーシャとも仲よくなってるし……)

 審判をするために試合場の脇に立っているヤマトは、すぐ隣にいるリーシャと会話をしている。

 二人が出会ったのは、リーシャがアルスまで迎えに行ったときが初めてのはずだ。まだ数日ほどしか経っていない関係にも関わらず、そうとは思えないほどに二人は打ち解けているように見える。ヤマトの談では、昨日に真剣勝負をしたことと、今朝に共に鍛錬したことが理由らしいが。

(そんな、青春マンガでもあるまいし)

 ヒカルの脳裏に、河原で喧嘩した後に打ち解ける男たちの絵面が浮かび上がる。

 全力でぶつかり合った後ならば意気投合できるということを、そのまま否定するつもりはないが。

 楽しげな会話をしているヤマトとリーシャを見ていると、胸の内がザワザワと騒がしい心地になる。

「私はもう大丈夫だ。いつ始める?」

 待つことに焦れたのか、レレイが声を上げた。

 ヤマトがいつの間にか親しくなった少女と言えば、彼女もそうだ。そう長いつき合いではないはずだが、ヤマトとレレイの間には確かな信頼関係があるように思える。事実、朝食の席でも黙々と食事を楽しむレレイを、ヤマトは何かと気にかける素振りを見せている。

(……もしかして、嫉妬してる?)

 ふと、ヒカルは我に返る。

 ここまでの自分の空想は、まるで恋患いをした少女のような、桃色でふわふわしたもののように見える。

 「いやいやまさか」と思いつつ、横目で、リーシャと会話していたヤマトの様子を伺う。

 ヤマトは――と言うより、ヤマトとノアは、ヒカルがこの世界に来て初めて打ち解けることができた友人だ。グラド王国の首都グランダーク、海洋諸国の中心都市アルスでの事件を共に解決したことで、その思いは一層強まっている。二人とも、平和な現代日本で暮らしていたヒカルから見れば、遠くかけ離れた存在に思えるほどできた人物だ。

 そして、ヤマトについて。元いた世界の友人たちを想起させる黒目黒髪の青年で、ヒカルよりも少しだけ年上の男性。むっつりと無愛想でいる姿ばかりが記憶に残っているが、その実、人のことをよく思いやっている優しい人だと気づいた。物静かな普段の言動とは裏腹に、戦いを前にするとやたら興奮するところも、既に目にしている。

 そんなヤマトを、異性として?

「……ないな」

 思わず、口から言葉が漏れた。

 恋人にするならば、もっと綺羅びやかで格好いい人の方が好みだ。反面、ヤマトは地味な風貌な上に、無愛想すぎて少し怖い雰囲気もまとっている。

 それでも妥協できなくはないレベルだが、何よりも大きな障害がある。

(ヤマトの傍には、ノアがいるからなぁ)

 ヤマトの後ろで呑気な表情をしているノアを見やる。

 ノアが実は男だという話は聞かされているが、ヒカルからすれば、正直半信半疑なところだ。現実に、あれほどまでに絶世の美少女の風貌をした青年が存在して堪るか。本人に直接は言わないが、何らかの事情で男だということにしなければならなくなった姫君、という線がもっとも有力だ。

 そんなノアが、いつもヤマトの傍に控えている。ヒカルが及ばないほどに親密そうで、互いのことを分かり合っているような雰囲気。互いが相手のことを尊敬し合っているから、二人旅をずっと続けてこられたのだろう。

(あの二人がお似合いすぎてなぁ)

 もしも、ノアが女性だったならば。もう二人の関係は確定だ。あれほど互いを分かり合っていて、恋人ではないなどという言い訳は通用しない。

 逆に、ノアが言った通りに男性だったならば。これでも二人の関係は割と怪しい。ヒカルが元いた世界では男性同士の恋愛を受容する風潮もあったし、歴史上、男性同士がそういう仲になることは珍しくなかったと聞く。

(その中に割って入るようなことは、流石にね)

 躊躇われると言うよりも、その発想が浮かんでこない。

 つまるところ、ヒカルにとってヤマトは、頼れる友人なのだ。親友になれるかもしれないと期待していたところで、新しい友人がポンポンと増えていることを面白くないと感じている、子供じみた独占欲の発露。

「――ヒカル。始めようと思うが、準備はいいか?」

「む? あぁ、構わない」

 思わず自己嫌悪に陥りそうになったところで、ヤマトの声に意識が引き戻される。

 対面のレレイの方は、既に準備万端らしい。小柄な身体から溢れるほどのやる気をたぎらせて、鼻息荒くヒカルを直視している。

 すぐに、手にしていた模擬剣を正面に構える。重さと長さは聖剣に合わせているから、握った感覚はいつもと変わらない。

「開始の合図は……そうだな、ノア。頼めるか?」

「了解。銃を撃てばいいかな」

 ヤマトに促されて、ノアが魔導銃を片手に一歩前へ出る。

 いかなる理屈なのかは分からないが、魔導銃は引き金を引くと、独特な駆動音を一瞬響かせる。それを開始の合図にしようということだろう。

「それじゃあ両者構えて。始めるからね」

 その言葉を受けて、ヒカルは意識を目の前のレレイに集中させる。

 手には得物の類を握っていない。格闘術の使い手なのだろうか。

「三秒前。――三」

 リーシャから教わった通りに、まずは相手の戦闘スタイルを推測する。

 身軽そうな佇まいから察するに、スピード重視型の格闘家。辺境での島暮らしが長いと聞いているから、そう複雑な技を会得しているとは考えづらい。

「二」

 ならば、こちらはどうするか。

 人が出せる速さであれば、加護で強化された身体能力で完璧に捉える自信はある。それから反応できるだけの身体も、この世界に来てからの訓練で作ってきた。

「一」

 普段通りにやれば、負けはないだろう。

 そう考えたところで、ヤマトの「全力を尽くせ」という言葉が脳裏に浮かび上がってきた。

「零」

 ノアが手にする魔導銃が、甲高い発砲音を響かせた。

 同時に、ヒカルは未来視を発動させて、

「な――!?」

 目に映った光景から逃れるように、咄嗟にバックステップ。

 直後、一瞬前までヒカルが立っていたところを、レレイの美脚が薙ぎ払った。

(踏み込みが見えなかった!?)

 目の前を通り過ぎた爪先に冷や汗を滲ませながら、ヒカルはそのまま間合いを離す。

 咄嗟の判断で身体を動かしていいのは、相当な鍛錬を積んだ者だけ。ヒカルのような半分素人は、あくまで冷静さを保つことを勧めるというリーシャの言葉に従ったのが、理由の半分。もう半分は、早鐘を打つ鼓動を鎮めるためだ。

 充分な間合いが離れたところで、一息吐く。いつの間にか背中にびっしりと浮かんだ脂汗が、冷たく気持ち悪い。

「むっ。避けたか」

 足を地面につけて、レレイはヒカルを見ながら小首を傾げる。

(未来視を発動させてなかったら、絶対に避けられなかった!)

 試合開始前のヤマトの言葉に、全力で感謝する。

 いくら加護で強化されているとしても、頭に渾身の蹴りを叩き込まれて平然でいられるほどの自信はない。下手すれば、開幕一秒しない内に勝負が決まっていた可能性すらあったのだ。レレイを過小評価していた先程の自分を、思い切りぶん殴りたくなってくる。

(それでも――)

 最初の奇襲は避けられた。ここから巻き返すことは、充分可能だ。

 ヤマトたちと別れるまではできなかった、未来視の常時発動。加えて、リーシャとの特訓で会得した、時空の加護の新たな力を引き出していく。

「それは……」

「今度はこちらのターンだ。全力でやらせてもらう」

 武術全般で遥かに劣るリーシャを相手にしても、加護を駆使すれば互角以上に渡り合うことができた。

 ならば、レレイ相手ならばどうだろうか。

 いつしか、レレイに全力を出すことを躊躇っていたことも忘れて、ヒカルは深呼吸をする。

「――行くぞッ!!」

 宣言と共に、ヒカルは勢いよく踏み込んだ。

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