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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
81/462

第81話

 大陸各地の聖職者が集まる聖地。修行中の身である者たちは全員、毎日精進料理のみを口にすることを許されるというが、どうやら客にもそれを強いるようなことはないらしい。

 客室へ集まったヤマトたち一行は、卓上に並べられた朝食を前に、思わず腹の虫を鳴かせる。

 今この客室にいるのは、ヤマト、ノア、レレイの冒険者三人に、聖騎士リーシャ。そして勇者ヒカルの五人のみだ。

「なかなか豪勢な食事だな」

「寄付とかで儲けてるんじゃない?」

 少々毒のあるノアの物言いに、リーシャは僅かに顔をしかめるものの、特に反論しようとはしない。いくら取り繕ってみても、そうした一面があることは否定できないのだろう。

 列車内で食べた精進料理の雰囲気はどこへやら、各自の前へそれぞれ置かれた焼き立てのパンや、じゅうじゅうと肉汁を溢れさせる肉料理が卓の中心に居座っている。豪勢を通り越して、朝から食べるには少しキツいほどの重い料理だ。

 とは言え、食事が立派であることを疎んじるような趣味はヤマトにはない。特に、リーシャとの鍛錬で存分に身体を動かした直後なのだ。このくらいの朝食であってくれた方が、嬉しく思える。

「ヒカルは、ここで毎日こんな料理を?」

 ヤマトたちと同じ卓を囲んでいたヒカルは、ノアの言葉に苦笑を漏らした。

「うむ。もう少し抑えてくれて構わないとは言ったのだがな」

「そんなに食べて大丈夫?」

「加護の鍛錬をしていなければ、危なかったかもしれないな」

 加護の鍛錬という言葉に、ヤマトの耳がピクリと反応する。

 話によれば、アルスを離れたヒカルは現在まで、ずっと聖地に滞在していたという。その間もただ安寧な日々を送っていたのではなくて、来たる戦いに備えて鍛錬に励んでいたのだろう。どれだけ腕を上げたのか、興味が惹かれる。

「時空の加護だっけ? 確か」

「あぁ。どんな加護なのかを探るのと、その扱いに慣れる鍛錬をしていた。リーシャにつき合ってもらってな」

 そう言ってヒカルが示した先には、居心地悪そうにテーブル前に座るリーシャの姿があった。

 勇者の従者として共に席を並べるわけにはいかないと主張していたリーシャだったが、ヒカルの根気いい説得に折れて、結局は同じ卓を囲むことになった。鍛錬場での風格備わった佇まいはどこへやら、今はひどく落ち着かなさそうに身体を縮こまらせている。

「加護の使い方が粗いとか、相手の見方とかを色々習った。リーシャには感謝しているぞ」

「恐縮です」

「そう固くならないでくれ。これから私たちは共に旅をするのだからな」

 ヒカルの言葉に、ヤマトも無言のまま頷く。

 昨日のヤマトとリーシャの決闘は、どうやら成功に終えられたらしい。ヤマトたちはヒカルと共に旅をすることが公式に認められ、めでたく教会公認の冒険者として首輪をはめられることになった。少々早まった気はしないでもないが、今更な話ではある。

 これからのヒカルの旅は、護衛役としてヤマトたち三名とリーシャが加わることになる。行く先々で戦いが起こることも予想されるため、相応の腕利きを用意した形だ。

「ですが、ヒカル様。私はあくまで従者として選出されただけですから」

「しかしな……」

「今すぐに変えるのは難しくとも、いずれは落ち着くはずだ。そう急ぐこともない」

 そのヤマトの言葉で、明らかに渋々といった風情ではあったが、ヒカルは口を閉ざした。

 リーシャはホッとしたように息を漏らす。聖騎士として勇者に接する以上、即座に気安く会話を繰り広げるというのは、生真面目な彼女には難しいことのはずだ。それでも、いずれは隔たりのない関係を築けるだろうと、ヤマトは半ば確信していた。

(むしろ、今やるべきなのは――)

 チラリと、卓を囲む一行の内二人を見やる。

 一人は、先程までリーシャと話していたヒカルだ。流石に甲冑は身につけていないものの、目元を隠す仮面を被っている。食事を楽しみながらノアと頻りに会話しているようだ。一見してリラックスしているようだが、その意識がチラチラとノアから逸れていることが分かる。

 もう一人が、ここまで一言も発することなく、卓上の料理と黙々と格闘し続けているレレイだ。誰とも会話していない彼女だが、寂しげにしているということはない。むしろ、ザザの島では味わう機会がなかった料理に好奇心と食欲を刺激されて、そちらにのめり込んでいる様子だ。

 ヒカルが、どうにかレレイと会話する糸口を探っているらしい。他方のレレイはそんなことは露知らず、誰も話しかけるなと言わんばかりの鬼気迫る雰囲気で、肉料理に齧りついている。だが、レレイも人見知りするタイプではなさそうなのだ。

「何かきっかけがあれば、すぐか?」

「あの二人のこと?」

 ヒカルの目が逸れているからか、鍛錬のときのような砕けた口調でリーシャが話しかけてくる。共に鍛錬で汗を流したからか、その表情にも妙な緊張は浮かんでいないように見える。

「うむ。ヒカルとお前よりは手っ取り早そうだろう?」

「自分で言うのもなんだけど、それもそうね」

 ヤマトの目からは、リーシャは自身の聖騎士という役職を強く意識しすぎているように見える。とは言え、それは欠点と言うほどのものではない。無理に払拭する必要もないだろう。

「ただ、そっちも時間が経てば普通に済むことだと思うけど」

「それはそうなんだがな」

 ヒカルの顔――食事中にも関わらず、仮面を外そうとしない姿を見やる。その端正な顔立ちの一端は見えるものの、口元だけで女性と断じることは難しい。そんな変装だ。

「リーシャは、ヒカルの兜の下については知っているだろう?」

「あのこと? ヒカル様の指導役に任じられたときに、一通りね。――あぁ、そういうことね」

「話が早いな」

 ヒカルの仮面は、要は他人と接するために装備しなければならない武装なのだ。これからパーティメンバーとなる一行の前でくらいは、そんな格好がしなくて済むようにしてやりたい。

 ヤマトとノア、そしてリーシャが、ヒカルの素顔――男に扮しているものの、その実は少女だということを知っている。この場には、ヤマトたち以外の人の目も入っていない。それでもヒカルが仮面を外さないのは、事情をまだ知らされていないレレイがいるからに他ならない。

「何か手は浮かぶか?」

「………私もこういう経験はないから……」

「そうなのか?」

 聖騎士は大陸各地の実力者が集まるという思いがあったからか、ヤマトの口からそんな言葉が飛び出る。

「私はずっとここにいたから。それに、同僚とも、仲よくやろうみたいな雰囲気でもなかったし」

「ふむ。故郷の地は?」

「私、孤児だったから」

「なるほど」

 物心つく前に教会に引き取られ、そのまま教会の庇護下で育てられてきたということか。

 大陸各地に教会は孤児院を設立しているから、リーシャ以外にも意外と孤児は多い。

「なぜ聖騎士に? 他の道もあっただろう」

「確かに、シスターにもなれたんだけどね。聖騎士に憧れた人がいたから」

「ほぅ」

 言いながら、リーシャの目は遠い過去を思い出すように細まる。

 薄っすらと笑みを浮かべている様から察するに、当時のリーシャは相当に尊敬していたのだろう。

「その騎士は、今はどこにいるんだ」

「さぁ? 遠い場所に働きに行ってから、もう何年も帰ってきてないかな」

「……そうか」

 お茶を濁すような言い方だが、ヤマトには充分に伝わる。

 要は左遷されたのだ。極まった実力主義という評判とは裏腹な騎士団において、恐らく重役に反抗したことを咎められ、僻地へ左遷させられた。一国内でならばありふれた事件でもある。何年も会えないということは流石に珍しいが、大陸全土に影響力を広げる太陽教会ならば、それこそ一生出会えないような辺境にまで飛ばされかねない。

 凄腕の聖騎士だったリーシャが憧れるほどの人材に会うことは、少なくとも今は難しい。そのことを感じたヤマトは、思わず溜め息を漏らす。

「ただ、これから大陸を回るって話だから。またどこかで会えるかもしれない」

「そうなることを願っている」

 そこまで話したところで。

 ふと、ヒカルとノアがじっとりと湿度を帯びた視線を投げかけていることに気がつく。

「……どうした」

「ずいぶん打ち解けたみたいだと思ってさ」

「刀を交えた上に、今朝は共に鍛錬をした。これで余所余所しい方が妙だろう」

「いつもそれを言うねヤマトは」

「そうか?」

 言われて思い返してみて、確かにそうかもしれないと頷く。

 ヤマトの感覚から言えば、刃を交えることは互いの感情をぶつけ合うことに等しいのだ。散々に素の感情を晒した後で、余所余所しい立ち振る舞いをする方が難しいというものだろう。

(そうか。その手があったな)

 ヤマトの脳裏に、一つの案が浮かぶ。

 かなり脳筋っぽい上に、若人らしい青臭さを感じずにはいられない方法だが。ひとまず、一番手っ取り早そうな方法でもある。

「――そういえば。ヒカルは、ここで加護の鍛錬をしていたという話だったな」

「うん? まあ、それはそうだが」

 突然の話題に、ヒカルが目を白黒させているのを感じる。

 ノアとリーシャも話の展開がよく分かっていないようだが、ひとまずヤマトに喋らせてみることにしたらしい。何も言わないまま、ヤマトの言葉に耳を傾けている。

「疑うわけではないが、言葉だけではどれくらいの成果を挙げたかが分からないと考えてな」

「それは、そうかもしれないな」

「せっかくだ。模擬戦でもしてみたらどうだ?」

 その言葉に、ヒカルは首を傾げる。

「ヤマトと模擬戦すればいいのか? まあ構わないが……」

「いや、俺とではない」

 そこで、リーシャはヤマトの言わんとすることを悟ったらしい。妙な苦笑いを浮かべながらも、ヤマトの姿を見守っている。

「相手は、レレイだ」

「――む?」

 ヤマトが手で示し、ヒカルたちが視線を向ける。

 黙々と肉を口に運んでいたレレイも、四人の視線を一身に浴びることになっては、流石に気を散らされたらしい。キョトンとした様子で首を傾げている。

「ヒカルは、まだレレイの実力を見たことがないだろう? レレイの方も、それは同様だ」

「そうか。まあ、そうだな」

「共に旅をする以上、互いの実力は把握した方がいい」

 ヒカルはあまりに唐突な話の進み方に、戸惑いを隠せていない。それでも、ヤマトが言っていることがそう的外れではないことも理解できたのだろう。少しだけ時間をかけて、自分を納得させるように頷く。

「分かった。私は構わない」

「了解した。レレイも、それで構わないか?」

「うむ、無論だ。幾らでも相手になろう。そろそろ身体を動かしたいところでもあったからな」

 これが上手い具合に転がってくれれば、それでよし。転ばずとも、何かのきっかけにはなってくれるだろう。

 唐突に決まったことながらも、ヒカルは納得したような面持ちであるし、レレイは静かに闘志の炎を灯している。二人がある程度乗り気でいてくれていることに、ヤマトは一息吐いた。

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