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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
80/462

第80話

 翌朝。

 地上の空は段々と白くなり始めた頃合いだろうか。

 身体の感覚でそう推測しながら、ヤマトは愛刀を片手に、聖地の鍛錬場へと来ていた。

「誰もいない、か」

 まだ夜明けだからなのか、鍛錬場に人の姿は見られない。

 鍛錬では必然的に身体を激しく動かすことになるから、涼しい早朝の内に済ませてしまうのが普通の感覚だと思えるのだが。鍛錬場が地下に設置され、朝昼夜を問わずに気温が一定に保たれているここでは、そうした習慣も根づいていないのかもしれない。

 そう自分の中で納得させて、ヤマトは鍛錬場の中心に立つ。

「広さは充分。ならば好都合か」

 呟きながら、腰元の刀を抜き払う。

 刀を正眼に構えながら深呼吸。徐々に静まる鼓動の音を聞きながら、おもむろに刀を振りかぶる。

(先日の聖騎士――リーシャと言ったか)

 思考を止めないままに、刀を振り下ろす。息をつく間もなく、すぐに刀を構え直し、再び素振り。

 故郷で教え込まれた通り、基本に忠実な刀術の型。既に何千何万回と繰り返したその動作は、ヤマトは雑念を頭の中に巡らせている間にも、一切の歪みもなく流麗な斬撃を描き続ける。

(強かったな)

 ヤマトの頭の中を占めているのは、先日戦った聖騎士リーシャのことだ。

 聖騎士第二席――どのようなルールで序列がつけられているかは分からないが、騎士団内でも相当の実力者なのは間違いないだろう。その肩書きに嘘偽りはなかったようで、リーシャの実力はヤマトの想像を越えたものだった。

 その戦闘スタイルは、“超”がつくほどの技巧派と言っていい。かつて戦ったバルサのように体格的に優れたところもなく、ロイのように見切り困難な技を使うわけでもない。武術を修めた者ならば誰でも出せる技を、最適な間合いとタイミングで放ち、勝負の展開を完璧にコントロールする戦い方。

 個人の才能には一切依存しない、凡人が目指すべき理想の剣術と言っていいだろう。

 真っ当な方法で剣術を修めようとするならば、彼女以上に参考になる剣士は思い浮かばない。

(俺も一部は取り入れるべきか)

 アルスの街でヒカルとの差を見せつけられて以来、それを埋めるために様々な方法を模索した。

 ザザの島で見つけた手段が、気を用いた刀術を修めること。果てしない困難が予想されるものの、人間という種が持つ限界を突破した動きが可能となる。レレイとの鍛錬の甲斐あってか、未熟かつ不足ではあるものの、ひとまず気を用いた歩法を編み出すことはできた。

 ならば、ここでリーシャの剣術の一部を模倣してみることも、無駄ではあるまい。

 素振りを中断し、鍛錬場の脇に置かれている模擬剣の方へ歩み寄る。

「剣は……これが一番近いか?」

 リーシャの持っていた剣を思い出しながら、それに一番近そうな剣を握る。

 やはり、刀を握ったときとは感覚が段違いだ。元々の感覚が失われない程度に、軽く剣を振るので留めるべきだろう。

「構えはこうだったな」

 柄を胸元に引き寄せ、切っ先を真っ直ぐに相手へ向ける構え。

 記憶の中のリーシャの構えを模倣しながら、ヤマトは頭を動かし続ける。

(斬撃自体に特殊なものはなかったな)

 リーシャの攻撃で特筆すべきは、その硬直の少なさだろう。斬撃を咄嗟に回避したときには、リーシャは元の構えを取り戻し、どんな攻撃へも対応できるようにしていた。逆に言えば、攻撃力そのものは大したものではなかった。

 だから、ヤマトがもっとも参考にするべきなのは、リーシャの間合い管理能力の方だろう。

 ヤマトの刀術の師匠からは、間合いは相手の足を見て測るようにと教え込まれたことを思い出す。かなり融通の利かせられる上半身に対して、接地してなくてはならない下半身は誤魔化しづらいことが理由だ。無論、下半身ばかりを見ていては、相手の手に握られた得物を見失ってしまうのだが。

「……流石に難しいか」

 相手との間合いを完璧に把握しながら、相手の得物を見失わない。

 言うならば、それらを同時かつ確実に見定める目こそが、リーシャの武器なのかもしれない。

 そのことを掴めただけでも、収穫はあったと思うべきだろう。

 自身の中でそれを納得したヤマトは、手にしていた模擬剣を戻す。

「――ふむ?」

 ふと、鍛錬場へ降りてくる人の気配を感じる。

 その正体を咄嗟に探ろうとして、すぐに覚えのある人物だと気がつく。

「これは、すみません。邪魔してしまいましたか」

「リーシャだったか」

 ヤマトが先程まで散々思い返していた人物が、鍛錬場の戸を開けて入ってきた。

 まだ朝と言うには早い刻限だが、リーシャの方はすっきりと目も覚めているらしい。滑らかに揺れる金髪をなびかせて、颯爽とした様子で立っている。

「入ったらどうだ」

「……そうですね。失礼します」

 鍛錬場の戸の傍で立ち止まっていたリーシャを促す。

 どこか躊躇っているような様子だったリーシャだが、すぐに頷く。

「あなたもこの時間から鍛錬をしているんですね」

「あぁ。子供の頃からの習慣だ」

「それはいいことです」

 早朝に鍛錬を積み、昼間は休憩。夕方頃に再び鍛錬を始め、夜は早々に就寝する。故郷で刀を習っていたときは延々と繰り返してきた習慣だ。よほどなイレギュラーが生じない限りは、一日も欠かさずに続けてきた。

 そんなヤマトの半生を想像してか、リーシャはしみじみと頷いてみせる。

「ここの騎士は、いつごろに鍛錬をしているんだ」

 ヤマトとリーシャ以外に人影のない鍛錬場を見渡しながら、ヤマトは口を開いた。

 それに対して、リーシャはどことなく気まずそうな表情を浮かべる。

「ここならば、早朝に鍛錬をする必要も薄い。そう気にすることでもないと思うが」

「……彼らは、あまり鍛錬を好まないようですから、その」

 一瞬、リーシャが何を言っているのかが分からなくなる。

 太陽教会が擁する聖騎士と言えば、全員が百戦錬磨の猛者だと大陸各地に知られている。彼らが扱う聖剣術はおよそ剣士の技とは思えないほどに優雅なものであり、戦う者全員が思わず見惚れるほどの剣技なのだとか。彼らの存在こそが、太陽教会が各国に恐れられながらも受け入れられる一因になっている。

「……鍛錬はしていないのか?」

「お恥ずかしながら」

 いくら戦士としての才能に恵まれた者であったとしても、その相応しい使い方に習熟しなければ、鍛え上げた凡人に劣る。その事実は、少しでも武術を嗜んでいる者であれば容易に理解できることだ。

 それすらも必要ないほどに、聖騎士たちは規格外な存在なのだ――と考えるのは、あまりに幼稚すぎるだろう。

(噂ほどの騎士団ではなくなった、ということか)

 かつてヤマトがこの地を訪れたときは、話が別だったように記憶しているのだが。ときの流れとは残酷なものだ。

 ヤマトが思わず気落ちさせていると、それを慮ったのか、リーシャが話題を変える。

「昨日の戦い振りはお見事でした。司祭様たちも、あなた方をお認めになったと聞いています」

「すると、どうなる?」

「ヒカル様の旅に同行することが、教会の名で認められました」

 やはり、ノアが事前に想定した通りになるらしい。

 ヤマトたちはこれまでの根無しの冒険者という立場から、教会に認められた冒険者という立場になる。ヤマト自身の心情がどうであれ、他人の目からは、ヤマトたちは教会と縁の深い者なのだと見られるというわけだ。

(しがらみができるか)

 いざとなれば、教会の目を逃れて大陸を流浪する選択肢がある。その意味で、しがらみなどあってないも同然だということは置いとくとして。

 これまで通りに好き勝手に振る舞えないということに、少し気が重くなる。

「私もヒカル様の旅路に同行することになりましたから、これからつき合いが長くなるかもしれませんね」

「ほぅ」

 その言葉に、ヤマトは思わず声を上げる。

 勇者の旅に同行するよう指示されるくらいなのだから、リーシャの腕前は聖騎士で屈指のものということだ。先日の手合わせでもその片鱗を垣間見たから、改めてヤマトは頷く。

「ならば、世話になるな」

「むしろ世話になるのは、私の方だと思いますよ? ヒカル様とあなた方は元々同道していたそうですし」

 眉尻を下げて困った風に言いながらも、リーシャの雰囲気は穏やかなものになる。

「叶うならば、剣の稽古にもつき合ってほしいところだ」

「お仲間はいいのですか?」

「剣士との鍛錬はできなかったからな」

 レレイは、ザザの島での暮らしが長すぎて剣を握ったことすらないはずだ。刀術の鍛錬につき合えと言ったところで、到底難しいのは容易に想像できる。

 ノアも、普段は魔導銃を手に、後方支援に徹するスタイルを貫いている。もっとも、類稀に見るほどの天才肌なノアのことだ。少し仕込めば瞬く間に剣での戦闘もこなしてしまいそうだが、本人が乗り気でない以上は、強制するわけにもいかない。

「分かりました。そういうことでしたら、私が相手になりましょう」

「助かる。――あぁ、それとだ」

「はい?」

 キョトンと首を傾げたリーシャに、ヤマトは続けて言葉を発する。

「パーティメンバーになるのだろう? なら、敬語はなしにするべきだ」

「それは……」

「教会の聖騎士が、ただの冒険者に敬語を使う。それはおかしな話だと思わないか?」

「それも、そうですか。いや、そうね。分かったわ」

 言葉遣いに多少のぎこちなさは残るが。

 極力地の言葉遣いに寄せようとしているリーシャの姿に心を暖かくしながら、ヤマトは小さく首肯した。

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