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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
78/462

第78話

 大陸全土にその権威を示しながらも、便利な魔導具の普及と共に勢力を拡大させる帝国の力によって、太陽教会の権力は徐々に収まりつつあるのが現状だ。

 それを認めている教会からすれば、目下一番の敵対者は帝国であり、魔王ではない。むしろ、勇者と魔王との戦いが教会主導で行われる都合上、教会の権威回復のために魔王は役立っているとまで言える。どこまでも、教会の目的は自身らの権威回復に集約されている。

 そのことを前提とすれば、今回の教皇の対応にも、ある程度の納得ができるというものだ。


(結局、奴らは俺たちを取り込みたいわけか)


 それが、先日ノアと共に出した結論だ。

 彼らは無理にヤマトたちをヒカルの元から排除するつもりはない。むしろ、ヤマトたちを教会公認の冒険者として認めてしまうことで、勇者ヒカルの傍へ人材をねじ込もうとする他国の茶々を防ぐつもりなのだろう。

 つまるところ、ヤマトたちには教会の首輪がつけられそうになっている。


「まぁ、ギルドが黙ってるわけないだろうし。僕たちはいざとなれば適当に出奔することもできるから、あまり深く考えなくていいよ」


 というのが、ノアの談であったが。




 話は変わる。




 太陽教会が擁する騎士団――聖騎士だが、彼らも荒事を専門とする以上は、日々鍛錬に励む必要がある。ヤマトなどはどこで鍛錬するのも変わらないという類の武人であったが、門外不出の聖剣術などを扱う都合上、聖騎士を野外で鍛錬させるわけにもいかないのだろう。

 荘厳な佇まいの大聖堂。大陸各地から集まった徳の高い神官が祈るその場所の地下に、聖騎士用の鍛錬場が設けられていた。


「結局、こうなるか」


 普段は聖騎士同士の試合のために開放されている場所らしいが。

 今、手持ちの刀を構えたヤマトはその鍛錬場に立っていた。


「本当に真剣で構わないんだな?」

「えぇ。私もあなたも、誤って相手を傷つけるような腕でもないでしょう。仮に怪我をしても、ここならば治療も容易です」

「まぁ、それもそうか」


 ヤマトの正面に向かい合って立っているのは、ヤマトたちをアルスから聖地まで案内してくれた、女性聖騎士だ。輝くような金色の髪がサラリと流れる下に、怜悧な光を放つ金色の瞳がある。凛々しい立ち姿も相まって、女性でありながら、どこぞの王子のような華やかさを感じられる。

 聞けば、彼女は聖騎士内の序列第二位を誇る強者なのだと言う。その序列にどれほどの信頼が置けるのかは分からないが、あまりな素人を据えられるほどに甘いポストでもないだろう。


「両者、準備はよろしいですか」

「構いません」

「俺も、大丈夫だ」


 小難しい思考はノアに任せてしまったが、ひとまず、ここは全力で戦っていいという話だった。ならば、気合いを入れて戦わなければ、相手にも失礼となろう。

 思考を切り替える。


(得物は、基本的な長剣。薄い刃だから、速度重視か?)


 直近で戦ったスピード型の戦士と言えば、レレイの存在が真っ先に思い浮かぶ。レレイは類い稀な身体能力を遺憾なく発揮することで、およそ人とは思えないような動きを可能にしていた。鍛錬のみで得られるような動きではない。ザザの島で魔獣と戦う中で身につけた、言わば生きる術のようなものだったはずだ。

 だが、レレイと比べれば、彼女はあまりスピードに秀でているようには見えない。と言うよりも、幾ら薄手に作ってもそこそこ重くなる鎧を着ているから、そんなに速度を出せるようには見えない。


(斬れ味に特別秀でているようにも見えない。なら、あの剣をどう扱うつもりだ?)


 薄い刃だけが特徴の、スタンダードな長剣。その利点があるとすれば、女性のように膂力の弱い者であっても使い易いというくらいか。

 ふと、女性騎士が口を開く。


「名乗りがまだでしたね」

「それもそうだったか」


 一度剣を下げ、女性騎士は拳を胸に当てて礼をする。


「太陽教会の騎士第二席、リーシャと申します。どうぞ、よろしく」

「冒険者ヤマト。極東の生まれだ」


 束の間流れる、弛緩した空気。

 だがそれも、審判役の騎士がさっと手を上げたところで途切れる。


「両者、構えッ」


 いつも通りに、ヤマトは刀を正眼に構える。女性騎士――リーシャの出方が分からないため、ひとまずは様子見をする構え。実戦ならば我武者羅に斬り捨てる手もあるのだが、今やるのは試合なのだ。それはまずいだろう。

 対するリーシャは、剣を片手のみで握り、さながらレイピアのように胸元に引き寄せて切っ先をヤマトへ向けている。ゆるりと滑らかな曲線を描いた刃先が、すっと引き絞られた。全身から張り詰めるような緊張感を漂わせる他方で、身体に余計な力など入れていないのだと分かる構え。


(これは……)

「――始めッ!!」


 掛け声と共に、審判が手を振り下ろす。

 それとほぼ同時に、リーシャが一気に肉薄してきた。その踏み込みのまま、身体を捻り、槍の一撃にも見える一撃が飛んでくる。


「ちっ!?」


 速くて鋭い。なるほど、聖騎士第二席という肩書きに相応しいと思えるほどの一撃だ。念の為にヤマトが警戒を張り巡らせていなければ、瞬く間に決着がついていたかもしれない。

 上体を逸らし、リーシャの剣の刃に刀を添わせるようにして、刺突の軌道をずらす。聞くだけで思わず背筋が凍りつく風切り音が、ヤマトの耳を掠めた。


「避けますか」

「このくらいはな」


 反撃の刃をヤマトが振るったときには、リーシャは既に刀の間合いの外へ出ている。攻撃を防がれたことなど気にもしていない表情で、ヤマトの刀を見つめていた


(やりづらい相手だな)


 思わず、ヤマトは顔をしかめる。

 ひとまず今の一合で、リーシャがどんなスタイルの剣士なのかは把握できた。

 リーシャの売りは、試合運びの巧みさにある。徹底した間合い管理の賜物と言ってもいいだろう。誰もがすぐに分かる有利状況――自分の攻撃のみが届き、相手の攻撃が届かない間合いを徹底して維持し、少しのリスクすらも避ける。焦って間合いを詰めようとすれば、即座に手痛い反撃が返ってくる。

 まだ剣術を習って日の浅いヒカルや、野生の中で育んだレレイなどとは、比べ物にもならない。気が遠くなるほどの鍛錬の果てにのみ会得することができる、対人戦特化型の間合い管理能力。比較的間合いに気を払っている程度のヤマトでは、抵抗することが精一杯か。リーシャが完全に格上と認めるわけではないが、こと対人戦においての話をするならば、リーシャの方に軍配は上がるはずだ。


(さて。どうするか)


 間合いは離れている。

 レレイの動きに注視しながら、ヤマトは戦術を組み立てる。


「私を前に考え事とは、ずいぶんと余裕そうですね?」


 ヤマトの意識の虚を突くように、踏み込みの気配を感じさせない歩法でリーシャが迫る。

 本当に、うんざりするほどに効果的な手だ。


「くっ!?」

「そこですっ!」


 雷光の如き鋭さで突き出される切っ先を、最低限の動作で払い除ける。連続攻撃を繰り出そうとするリーシャを視界に捉え、目を見開く。


(隙がない!?)


 続け様に放たれる二撃目三撃目を避け、堪らずにヤマトは間合いを離す。

 自分の優勢を確信しているのか、リーシャは明らかな隙を見せたヤマトへ追撃を仕掛けてない。それどころか、試合前のような構えへ戻り、静かな目でヤマトを見つめ、口を開く。


「降参してはいかがですか?」

「ふざけろ」


 挑発のつもりなのか、それとも本気なのか。感情の読み取れないリーシャの瞳からは判別できなかったが、ヤマトはそう吐き捨てる。

 それを受けたリーシャは「そうですか」と静かに呟いた後、冷たい目でヤマトを見つめる。


「ならば、多少の怪我は覚悟していただきます。構いませんね?」

「どうでもいい話だ」

「そうですか」


 それきり、口を閉ざしたリーシャの雰囲気が冷たく張り詰めていく。

 それを目の当たりにしながら、ヤマトは無言で顔をしかめた。


(とは言ったものの、どうするか)


 先に述べた通り、リーシャの対人戦闘能力は圧倒的だ。人を殺せる必要最低限の威力のみを求め、人がギリギリ反応できない速度まで伸ばし、人ならば避けづらい連携を組み立てる。端から人との戦いだけを想定して自身を作り上げているリーシャに、魔獣との戦いも想定したヤマトはどうしても分の悪い戦いを強いられる。

 きっと、これが聖騎士として求められた力なのだろう。太陽教会の権威を支えるために必要な武力は、人に対するもののみ。魔獣への対処などは、ヤマトを始めとする冒険者に任せてしまえばいい。

 それもまた、一つの強さなのだろう。同種の人が相手ならば、確実に勝利できるだけの力を身につけたリーシャ。人類という枠組みの中でならば、彼女は最強を狙える逸材なのかもしれない。


「――違うな」


 リーシャの強さは認める。

 だが他方で、そんな強さを求めようとはしていない自分の存在を、ヤマトは自覚する。リーシャの強さを尊敬はしても、憧憬はしない。


(意地の張りどころだな)


 どこか弛んでいた意識を、引き締め直す。

 深呼吸と同時に、刀を正眼へ。リーシャの姿を真正面に捉えながら、ざわめく感情を鎮める。真剣勝負の最中に、余計な情などは不必要。


「………雰囲気が……」

「先程、俺に怪我を覚悟しろと言ったな」


 感情の水面が、波一つ立てない鏡のように静まる。辺りの景色が黒く塗り潰され、世界に自分とリーシャしかいないような錯覚に襲われる。

 ――これでいい。


「その言葉、そのまま返すぞ。お前は強い。ゆえに、手加減する余裕もなさそうだ」


 刀を上段へ。ただ目の前の敵を斬ることに特化した、攻めの構え。

 リーシャは間違いなく強い。試合感覚で刃を交えていては、勝機など全く掴めないほどだ。ゆえに、ここからは実戦同様のつもりでいく。

 ヤマトから本気の殺意が流れ始めていることを悟ったのか、リーシャの表情が引き締まる。


「聖騎士第二席、相手にとって不足はない。――いざ、参るッ!!」

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