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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
77/462

第77話

 ヒカルと合流した後、ヤマトたちは聖騎士の案内で、大聖堂内に設けられた応接間に通されていた。

 普段は、大陸各地に置かれた支部へ派遣された大司教や、現存する様々な地域信仰の司教、各国の重鎮などが通される場所らしく、よくよく整備されているようだった。大きな窓からは聖地の雄大な景色が望め、空から差し込む陽光で室内が明るく照らされている。


「ずいぶん立派な応接室だな」

「応接室っていうのは、玄関に次ぐ第二の家の顔みたいな場所だからね。ここで手抜きをするなんて論外なんだよ」


 帝国で裕福な暮らしを営んでいたからか、ノアが流暢に説明してくれる。

 確かに、帝国製の魔導具を置いていないために古臭い印象はあるものの、清潔で開放的に保たれた応接室の雰囲気に、ヤマトは襟元を正さなければならないような心地にさせられている。大陸に来てからずっと、見るもの全てが珍しそうに辺りを見渡していたレレイですら、今はその動きを抑えている。


「来客が一番長くいる場所だから、権威も示しやすいってわけ。このソファーも窓も、普通に街に出しただけで相当な高値がつくはずだよ」

「なに」

「たぶん、教会お抱えの職人に作らせた逸品。ここに置いてあるもの全部がそうだと思っていいよ」


 妙に手触りのいい布地のソファーだなとか、外の景色がよく見える窓だなとは思っていたが。

 改めてそう言われてしまうと、身体に妙な力が入ってくる。ソファーに腰掛ける動作一つですら、変にぎこちなくなりそうだ。


「ふふっ。ヤマトたちは変わらないな」


 そんなヤマトとノアのやり取りを見て、ヒカルが笑みを漏らす。

 見知らぬレレイや、部屋の隅で気配を殺す聖騎士たちの目があるから普段通りとは行かないものの、相応にリラックスできているらしい。流石に、教会の使徒として活動している都合上、こうした場所にも慣れたものなのだろう。


「まあ二ヶ月だからね。そんなに変わることもないよ」

「そうか。私からすれば、二ヶ月はかなり長く思えたのだが」


 それは、ヒカルがこの世界に来てからまだ僅かな時間しか経っていないからだろう。

 ヤマトからすれば、二十年近く生きてきた中での二ヶ月なのだ。それなりに長くは思えても、それなり以上にはなり得ない。ノアからしても同様のはずだ。


「この二ヶ月、ヤマトたちは海の先へ行っていたのだったな?」

「うん。アルスもゴタゴタしてたけど、何とか船を捕まえられてね。色々な島を巡ってたんだ」


 ちょうどいい話題だ。先程から、ヒカルが何かと気にしながらも問うことができていなかった存在――レレイについて、説明ができる。


「途中までは割と順調だったんだけど。ザザの島って場所の近くで、魔獣に襲われて船が難破したんだよね」

「む! それは一大事だな……」

「海を流されて、島に漂着した僕たちを助けてくれたのが彼女ってわけ」


 ノアに手で示されて、レレイは控えめに頷く。

 借りてきた猫のような大人しさのレレイに苦笑いを浮かべながら、ヤマトも口を開く。


「言うなれば、命の恩人だ。その後も色々と世話になった」

「大したことではない。むしろ、私も結局助けられたからな」


 ザザの島を襲った竜種――アオとの戦いのことを言っているのだろうか。あの戦いは、ヤマトたち全員の力があって初めて勝利を掴めたものだ。誰かに恩を感じる必要もないように思えるが。

 何と言ったものかと頭を悩ませるヤマトに対して、ヤマトとレレイのやり取りを横から見ていたヒカルは小さく頷く。


「と言うことは、その島でも一悶着あったのか」

「まあね。魔王軍とかはあまり関係なかったみたいだけど」


 アオは、元々魔王軍のクロと結託してアルスを襲撃した前科がある。とは言え、ザザの島を襲撃した経緯については、魔王軍が関与した様子はなかった。

 実際に騒動を目の当たりにした身からすれば、なかなか経験することのできない一大事。とは言え、勇者と魔王の決戦という特大イベントが行われている大陸からすれば、それは取るに足らない騒動なのも、また一つの事実ではあった。


「彼女とは、そのときの縁でか」

「うん。かなり腕も立つみたいだから、冒険者パーティの一員としてってことで」

「腕が? ヤマトと比べてもか?」

「あぁ。むしろ、格闘技術を見れば俺は越えているだろう」


 無論、全体の戦闘力が劣るつもりはない。けれど、近接格闘という一分野を取り出して見れば、レレイの実力はヤマトを凌いでいる。

 ヤマトが相当な腕利きだと信用しているからだろう。ヒカルはその言葉に、驚いたように息を呑んだ。


「驚いたな。とてもそうは見えないが」

「あぁ、まぁ今はね……」


 ノアは苦笑する。

 確かに、借りてきた猫のように大人しく縮こまっている今のレレイの姿は、力強さとは遥か彼方の存在に見える。南海を越えた先の島国の姫君、という言葉が一番似合うだろうか。無論、一度この空気に慣れれば、また元通りの快活な姿を見せてくれるのだろうが。


「――む?」


 ふと、応接間の扉の先に人の気配を覚える。


「失礼します。教皇様が到着されました」


 従者らしき聖職者の男が扉を開けると、その奥から一人の男が部屋に入ってきた。

 教皇。太陽教会のトップに君臨する者であり、その権威を一身に背負う者。


「あぁ、皆様そのまま楽にしていて構いません。手短に済ませますからね」


 思わず立ち上がって挨拶しようとしたノアたちを制止しつつ、教皇はヒカルに向き直る。


「ヒカル様、遅れて申し訳ありません」

「気にするな。それより、ヤマトたちに要件を」

「ははっ」


 応えて、教皇は今度はヤマトたちの方へ向き直る。

 教皇という身分にありながら、その男が身につけている法衣は質素を体現したような衣だ。流石に清潔さが保たれているものの、不必要な装飾の類は一切が排されている。それでも豪奢な雰囲気を感じられるのは、その派手な顔立ちゆえだろうか。綺羅びやかな金髪が光を受けて煌めき、目鼻立ちの整ってすっきりとした顔が穏やかな笑みをたたえている。

 一目見て、優しげな人だと思える雰囲気をまとっている。その穏やかな面持ちの他に、あまり威張った態度が感じられないのも理由の一つだろう。

 ――とは言え。


(こいつは曲者だな……)


 早々に教皇の相手をノアに丸投げしたヤマトは、ノアの背後から教皇をジッと見つめる。

 なるほど、やや細めがちながらも穏やかな光をたたえた瞳は、その雰囲気を作るのに大いに役立っているのだろう。胡散臭さや怪しさを感じないほどの微笑みも、それに相乗効果を生み出している。

 聖人という言葉が、これほど似合う外見の者はそうはいない。逆に言えば、できすぎている。


(そうでなければ、教会のトップに立つなど不可能か)


 胸中の警戒レベルを密かに上げておく。

 そも、ヤマトたちが聖地に呼び出されたのは、教会お抱えの戦士であるところの勇者ヒカルと、一介の冒険者にすぎないヤマトとノアがあまりに親密にしていたのが問題だったからだろう。余計な知恵を仕込まれたヒカルが、教会から離反するような事態になってはまずいから、その前の釘刺しが目的だろうか。

 そんなヤマトを余所に、教皇は会話の相手をノアに定めたらしい。冒険者に対するにはやや大仰なほどの礼と共に、口を開いた。


「突然お招きして申し訳ありません。あなた方が、ヒカル様と行動を共にされていたという話をお聞きしまして。是非とも一度会っておこうと考えた次第です」

「これは、ご丁寧にどうも」


 ヤマトが懸念している程度のことは、当然ノアも懸念しているのだろう。

 失礼にならない程度に警戒しながら、ノアが礼を返す。それを見た教皇の目つきが、すっと細まるのをヤマトは見逃さなかった。


「なるほど、ヒカル様からはよき友人だと伺っておりましたが。確かにその通りなようで、私共も安心しました」

「……はぁ」


 突然の言葉に、ノアとヤマトは思わず目を点にする。

 そんな二人に構わずに、教皇はさっさとノアから視線を外すと、再びヒカルの方へ向き直った。


「彼らの人柄については大丈夫でしょう。なので、残る問題は一つかと」

「ふむ。腕前は私が保証できるが」

「それでは納得しない者もいますから」


 段々と怪しくなっていく雲行きに、ヤマトとノアは顔を見合わせる。


「では、やはりやるのか」

「えぇ。今すぐとはいかないとしても、必ず」

「そうか……」


 話が終わったらしいヒカルが、ヤマトたちの方に顔を向ける。


「えぇと、何の話?」

「うむ。何と説明したものかな」

「端的に申し上げますと。ヒカル様と共に旅をするにあたり、充分な腕を持つと証明する必要があります。なので、私共で用意した騎士との決闘を行っていただけないかと」

「決闘?」

「えぇ。その結果をもって、あなた方の腕を周囲へ示せれば、ヒカル様に同行することに反対する者はいなくなります」


 思わず、ノアはヤマトへ視線を向ける。

 ヤマトとノアとを比べれば、より腕利きなのはヤマトの方だ。決闘にもヤマトが応じるものと考えるのが自然か。


「ただ、あなた方も旅路でお疲れでしょう。今日はこちらでお泊りいただいて、また明日に、返答を考えていただければと」

「そう、ですか」


 その思惑は伺えないものの、教皇の態度はヤマトたちへ好意的なものだ。

 敵意を向けられるよりは精神的に楽ではあるが、不気味さを感じずにはいられない。変わらずに穏やかな笑みを浮かべ続けている教皇に思わず隔意を抱きながら、ヤマトは静かに溜め息を漏らした。

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