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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
76/462

第76話

「これは……!?」

「壮観だねぇ」


 口を大きく開けて圧倒された様子のレレイに、ノアは涼しげに返答しながらも、その目は一点に惹きつけられていた。

 そんな二人の様子に苦笑いを浮かべながら、ヤマトも目の前の光景を見やる。


(ここは変わらないな)


 聖地ウルハラ。

 大陸各地に権威を示す太陽教会の総本山であり、広く“聖地”と呼ばれ、世界中の人々の信仰の的となる場所だ。その役目に相応しいだけの威容を、その地からは感じられる。

 三方を険しい山嶺に囲われた盆地の中に、荘厳な雰囲気を放つ大聖堂がある。数多の修行僧や司教を収容してなお余裕があるほどの大きさを誇る建物は、グラド王国の首都グランダークの大聖堂とは比べるのもおこがましいほどの、凄まじい威風が感じられる。見た瞬間に、思わず身体が緊張する。太陽教会が大陸全土に広まっていることが納得できるほどだ。純白の外壁に色とりどりなステンドグラスが散りばめられ、見るだけで心が浄化されるような美しさを生み出している。

 ヤマトたちが乗ってきた魔導列車の駅を最後に、聖地の中からは一切の魔導具が排除されている。灯籠以外に明かりを放つものもないその景色から、世俗から切り離された場所なのだとより強く感じられた。


「……ふぅ。ごめんね、待たせたみたいで」

「いえ。お気になさらず」


 溜め息を漏らし、未練を断ち切るように眼前の景色から目を離したノアに、後ろで無言のまま控えていた聖騎士は首を振る。

 レレイは相変わらず聖地の光景に見入っているようだったが、早く聖地へ入りたいという感情が溢れ出ているようだった。


「そろそろ行こう。案内してもらえるか?」

「分かりました。それでは、こちらへどうぞ」


 レレイに軽く声をかけて、ヤマトは先導する聖騎士の後をついて歩く。

 聖地は門前までは広く公開されているとは言え、その内部への一般人の立ち入りまでは認めていない。ゆえに、興奮した面持ちで聖地を眺めていた観光客たちの視線が、聖騎士に連れられて聖地へ入っていくヤマトたちに突き刺さる。

 その居心地の悪さを誤魔化すためか、聖地の中に入る緊張を解すためか。大人しくヤマトの後ろを歩いていたノアが、ふと口を開いた。


「ヤマトはここに来たことがあるの? あまり驚いた感じはしなかったけど」

「うむ。修行の折に少しな」


 帝国に行き、ノアと出会う前の話だ。

 世界中で認知された太陽教会の総本山ならば、腕自慢の猛者もいるのではないかと考えたことが理由の一つ。そしてもう一つ、ヤマトのお目当てが別にあった。


「ここの騎士団と試合しようって?」

「そんなところだ」


 常人を上回る魔術適性の持ち主であり、門外不出の聖剣術の会得者。そんな逸材を数多く揃えた騎士団の団員ならば、ヤマトも見たことがないレベルの使い手がいるはずだ。

 そんな憶測を元に、単身で聖地を訪れたことがある。


「どのくらい前のことですか?」


 ヤマトとノアの話を聞いていたのか、先導していた女性騎士が振り返りながら口を開く。

 特に隠すことでもない。記憶を探りながら、ヤマトは答えた。


「二年ほど前だったか?」

「二年前……。東洋の剣士との試合記録はなかったはずですが」


 試合記録を記憶しているのか、とヤマトは思わず女性騎士の顔を見やる。

 他方で、ノアは「うん?」と小首を傾げた後、何かを思いついたらしい。悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「じゃあ、門前払いされたってことか」


 「そのときのヤマトは色々酷そうだし」とつけ足す。

 ノアと出会ったときのことを思い返しているのだろう。確かに、あのときのヤマトは強者を求めて、帝国の街にいる武人に片っ端から試合を申し込むということをしていた。今にして思えば、なかなか非常識な喧嘩の売り方をした記憶もある。


「練習試合の申し込みならば、引き受けていたはず……」

「喧嘩を売って、賊と間違えられたんじゃない?」


 言い返すことができず、ヤマトは憮然と黙ることしかできない。

 そんなヤマトの様子に、ノアは「やっぱりか」と頷く。聖騎士の方も納得したように頷いた。

 思わず視線を逸したヤマトは、辺りをキョロキョロと見渡しているレレイの姿を認める。


「どうかしたか?」

「む? うむ。ここはどういう場所なのかと気になったのだ」


 太陽教会の総本山だ、という答えを望んでいるわけではないのだろう。レレイが幾ら世間知らずだったとは言え、細々と大陸と交流していたらしいから、太陽教会という存在は知っていたはずだ。

 頭の中で言葉を吟味した様子のレレイが、口を開いて言い直す。


「ここがなぜ、教会の総本山になったのだ?」

「………それは……」


 問われたヤマトもふと考え込んで、答えが出ないことに気がつく。

 助けを求めてノアの方に視線を向けると、ノアの代わりに、その隣にいた聖騎士が口を開いた。


「文献によれば、私たちの始祖様がこの地に祝福を施したから、だそうです」

「祝福とは?」

「はい。細かな内容は伝えられていませんが、その祝福のおかげで、この近辺は豊穣な土地になっていると聞かされています」


 その事実は初耳だ。

 ヤマトはレレイと聖騎士の会話に耳を傾ける。


「ふむ。では、始祖とはいかなる者なのだ?」

「初代勇者様に従い、魔王との戦いに貢献した騎士様だと伝えられています」

「「ほぅ」」


 思わず、レレイと同時に声が漏れた。

 騎士が始祖なのだとすれば、太陽教会ではなく太陽騎士団が生まれるのが自然なように思える。


「始祖様は、今日の私たちまで伝わる聖剣術の使い手であり、万民を救済する人徳を備えたお方だったそうです。そのお力によってこの地に祝福が施された後、始祖様を慕った者たちが開いたのが、今で言う太陽教会だったとか」

「なら、教会ではその騎士を敬っているのか?」

「……いえ。それよりも、かつて魔王を討滅した勇者様と、勇者様をこの世に遣わした大いなるお方を信仰しています」


 要領を得ないと言うように、レレイは顔をしかめて首を傾げた。

 自身の説明が不足していると、聖騎士自身も分かっていたのだろう。続けて言葉を重ねる。


「勇者様は魔王との戦いの後、凱旋の暇なく元いた世界へ帰還されたそうです。そのお仲間が次々に故郷へ戻られる中、故郷を離れ、この地に安住したのが始祖様だけだったとか」

「初代勇者が現れた地であり、その仲間だった騎士が守護する地。勇者を慕っていた人たちがここに集まって、騎士の力を頼りに活動を始めたのが、太陽教会の前身なんだって」


 聖騎士の言葉を、ノアが途中で引き継ぐ。

 生まれたときから大陸随一の大国家である帝国に住んでいただけあって、そうした知識にも恵まれているらしい。


「本当ならば初代勇者を敬いたかったんだけど、本人は既に帰った後。だから、代わりに聖地を守護していた騎士を敬ったって感じかな」

「確かに、目の前に本人がいる方が信仰対象にしやすいか」


 納得したようにレレイは頷く。

 当時の者たちからすれば、魔王という絶対的な脅威を退けた勇者の権威は相当なものだったはずだ。だが、当の本人は既にこの世界から旅立ってしまった。やむなく代役を探したところで、この地を豊潤な土地になるよう祝福した騎士が適任だったということか。

 ある程度納得できる事情ではあるが、騎士の立場から考えてしまうヤマトからすれば、素直に歓迎できない経緯でもある。


「――皆様、着きました」


 思考に沈んでいたヤマトの意識を、聖騎士の涼やかな声が呼び起こした。

 釣られて顔を上げてみれば、列車の駅から圧倒的な荘厳さと共に望めた大聖堂が、すぐ目の前に迫っていることに気がつく。あまりの威容に、無自覚に指先が震える。


「すご……!」

「一般の方はここまでは入れないですからね」


 圧倒された様子のノアに、聖騎士はどことなく得意気に呟く。教会の騎士団であることに誇りを抱く彼女からすれば、素直に感嘆するノアやレレイは嬉しく思えるらしい。

 二人と比べると、どうしても反応が淡白になっていることを後ろめたく思う。


「皆様にはこれから、教皇様と――」

「ヤマトにノアか。もう着いたんだな」


 聖騎士の言葉を遮るように、くぐもった声がヤマトたちの耳に届く。

 ある種の予感と共にそちらへ視線を投げれば、期待通りの姿がそこにはあった。


「ヒカル! 久し振りだね」

「あぁ、もう二ヶ月になるか。壮健そうで何よりだ」


 変わらず無愛想な風体を演じているものの、その言葉には隠し切れない喜びが滲み出ている。

 全身を鎧兜で覆い隠した、素顔すら見えない武者。腰には豪奢な長剣が差されている他に、見覚えのあった鋼鉄の鎧ではなく、青色を貴重に金銀綺羅びやかな鎧を身にまとっている。――初期から持っていた聖剣に、アルスの街で手に入れた聖鎧だ。身の丈はヤマトよりも低いくらいでありながら、その物々しい格好により、実際以上に屈強な人間に見える。

 当代の勇者ヒカル。既に魔王軍による襲撃を二度退けており、大陸で知らぬ者はいないほどの有名人になりつつある男――に扮した、少女だ。

 ヒカルは聖騎士に手を上げて挨拶した後、ヤマトとノア、続けてレレイを順番に見やって頷いた。


「募る話もあるが、まずは歓迎しよう。――ようこそ聖地へ。また会えて嬉しく思うぞ」

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