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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
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第75話

「ほー……!」


 窓の外の景色が、高速で流れ去っていく。

 人の足や船では到底出せない、魔導列車だからこそ出せる速度の生んだ景色。窓に映っているのは、何の変哲もない山々や平原ばかりなのだが、それでもレレイの関心を惹くには充分すぎたらしい。レレイは子供のように目を輝かせながら、列車の窓に張りついていた。


「凄まじい速さだな!」

「人の足じゃ比べられないくらいの速度だからねぇ」


 魔導列車。

 この魔導具もやはり帝国生まれの品だが、そのあまりに高い利便性ゆえに、既に大陸各地に魔導列車の線路が敷かれている。その地が都会であるか否かの試金石として、線路と駅が置かれているかどうかが適応できるほどだ。

 少々の乗組員が整備してやるだけで、徒歩ならば年単位の年月を要する旅路を、魔導列車ならば僅か数日に短縮することができる。ヤマトたち一行が向かっている聖地も、かつては一年丸ごと費やして巡業する地だったと聞くが、今ならば数時間で到着することが可能だ。


「ここの者たちは、皆聖地に向かうのか?」

「うん。この列車は聖地行きだからねぇ」


 聖地は大陸中央部に位置しているものの、その三方を険しい山脈に囲われている。山脈を貫くような線路は敷けていない都合上、列車で聖地へ行くためには、終点聖地の列車に乗る必要がある。

 魔導技術の発達によって教会の求心力が低下しているとは言え、聖地は未だに観光地としては人気の場所だ。列車内は普段よりも人気が少ないくらいで、家族連れの観光客などでそこそこの賑わいを見せている。


「だからこそ、彼らがいても問題ないというわけだ」

「まぁ、普通なら騎士が列車に乗ってたら悪目立ちするからね」


 ヤマトとノアがチラリと視線を向けた先には、むっつりと無愛想に座席に腰を掛けている聖騎士たちがいる。観光客からは若干の奇異の視線を向けられているが、そこに悪意はない。どちらかと言えば、憧れの色が強いようだ。


「監視かな?」

「引率の方が近いだろう」


 無論、ヤマトたちが教会の招集から逃亡することを阻止する狙いもあるだろうが。それよりも、聖地の案内をするためにいるのだと思った方が、精神衛生的にもいい。

 ふっと視線を外したところで、通路を歩く乗組員の姿を捉える。その手には、銀色のワゴンが引かれている。


「車内販売です。飲み物やお弁当、新聞などはいかがですか?」

「ふむ。少し見せてもらおう」


 乗組員に声をかけて、ヤマトはワゴンの中身を覗き込む。

 大陸各地の特色が現れた弁当が色とりどりに並べられているが、その中でもっとも大きな面積を占めているのが、特製弁当――最寄りの聖地由来の品だ。神官たちが修行の最中に食べる精進料理を模した弁当や、かつての勇者が伝えたという弁当が置かれている。

 どの列車にも配備されている定番弁当でもいいが、聖地へは初めて来たのだ。せっかくならば、特製弁当を食べてみたくなる。


「ふぅん。どれにする?」

「……これだな」


 言いながらヤマトが手に取ったのは、勇者印の押された弁当だ。異世界から伝えられた揚げ物料理――唐揚げをふんだんに並べた品。今では大陸全土で親しまれるほどに普及した料理ではあるが、改めて食べるのも乙なものだろう。

 そんなヤマトの選択を見て、ノアは精進料理風の弁当を手に取る。こちらには、勇者印の代わりに太陽教会の印が押されている。肉類魚類を極力排しているように見える品だが、その実、出汁を始めとした味つけには肉の旨味が感じられるように工夫されているため、観光客も美味しく食べられるようになっているとの話だ。


「レレイ、お弁当はどうする?」

「む? ふーむ……」


 促されて、窓に張りついていたレレイもワゴンを覗き込む。

 色とりどりな弁当にレレイが目を奪われている間に、ヤマトは乗組員から茶を受け取り、ノアとレレイの座る前へ並べる。


「……分からん」

「それもそっか。じゃあどのくらい食べられそう?」

「朝は軽かったからな。割と食べられるぞ」


 ザザの島でレレイに匿われていたときにも感じていたことだが、レレイはその華奢な体躯に見合わず、男顔負けの大食漢だ。朝飯は大陸基準の一人前を軽く平らげていたが、本当ならば更に半人前上乗せしてちょうどいいくらいだっただろう。

 そんなレレイが空きっ腹だと言っているのだから、二人前くらいは食べられるかもしれない。


「なら二つ――ヤマトが頼んだのと、僕が頼んだのと同じものでいいんじゃないかな?」

「うむ。なら、そうしよう」


 レレイからすれば、大陸の調理法で仕上げられた料理はどれも珍しいのだろう。

 ザザの島での食事は、果実をそのまま食べたり、肉を丸焼きにしてみたりと、それはそれで美味くはあったが、どこか粗い仕上がりだった。調味料もなく人もいない環境下ゆえの文化だったのだろうが、大陸に来た以上は、その洗練された食文化を味わってほしいところだ。

 最後に新聞を一つ受け取って、買い物は終わり。値段通りの金銭を払えば、乗組員は会釈を返してから、ワゴンを押して去っていく。


「列車? の中で、ああして店を開く者もいるのだな」

「あぁ。まぁ、あれは店とは少し違うんだけど」


 去っていく乗組員の背中を見送りながら、レレイは呟いた。


「列車のサービスだな。金銭のやり取りは求められるが、あれは利益を目的とはしていない」

「ふむ。つまり?」

「商人は儲けるために品を売る。だが、ここでは乗客の快適さのために品を売っている」

「ほぅ」


 金を払っているのだから、慈善事業と言うには相応しくないだろうが。その動機の部分のみを見るならば、慈善事業とそう大差ないはずだ。

 ヤマトの説明に、レレイは感心したように頷いた。


「じゃあ早速だけど、いただくとしましょうか!」


 時間は真昼を少しだけすぎた頃合い。昼飯を食べるのに、これほど都合のいい時間はない。

 早速とばかりに、ヤマトは手に持っていた弁当の蓋を開ける。ゴロゴロと大振りな唐揚げが白米の隣に転がっている程度の、簡単な弁当。車内販売ゆえに出来たてとはいかないものの、魔導具で温められているため、ホッとするような湯気が立ち昇っている。


「……定番な感じ?」

「だろうな」


 見た限り、特別変わったところはなさそうだ。

 対して、ノアが買った弁当の方が珍しさは勝っているだろう。大陸東方でよく見られる漬物や煮物が主体のようで、出汁の芳しい香りが立ち昇ってくる。やはり肉はないようだが、その芳しさだけでも飯が進みそうな勢いだ。

 思わず、つばが込み上げてくる。


「いただきます」


 備えつけの割り箸をさっさと割って、唐揚げ弁当をかき込む。

 やや濃い目なくらいに味つけされた唐揚げだが、白米と共に口に入れることで調和が取れる。米の仄かな甘味を引き立てる味気に、唐揚げを咀嚼する口が止まらず、口が空になれば即座に箸が進む。食べても食べても、ますます腹が減ってくるような始末だ。

 所詮は定番弁当の親戚かと侮っていたが、なかなかどうして。地味な見た目の割に、その味はひどく洗練されている。


「あ、案外美味しい」

「ほぅ」


 精進料理風の弁当を口に運んだノアが、感嘆の声を上げる。

 ジッと視線を向けてみれば、ノアは苦笑いを浮かべて、自分の弁当を差し出す。


「少しだけだよ」

「無論だ」


 さっさと漬物と煮物を確保してから、お返しに唐揚げを弁当箱に入れる。

 交換が終わったところで、ヤマトも確保した漬物を口に運ぶ。


「ふむ。これは……」


 期待を裏切らない、さっぱりとした味わい。瑞々しさを失わない野菜は、それはそれで豊潤な味を感じさせてくれるが、唐揚げを食べた後の口には、その清涼感がより心地よい。すっと通るような後味に、ホッと溜め息が漏れる。

 続けて煮物に箸を向ける。形は崩れていないものの、箸で容易に断てるほど柔らかく煮込まれた野菜には、香り豊かな出汁がしっかりと染み込んでいる。口に含んだ途端に、その出汁の香りが鼻に抜けるほどだ。堪らず唾液が溢れ出て、すぐに白米を口にかき込む。

 ヤマトが精進料理風弁当の漬物と煮物に感動するのと同じように、ノアも唐揚げに感動を覚えていたらしい。その表情を緩ませながら、小さく頷く。


「今回はかなり当たりみたいだね」

「間違いない」


 地域や季節によって独自の料理を出すために、当たり外れが激しいというのが、特製弁当の特徴だ。

 聖地を目指す列車の特製弁当――勇者印の唐揚げ弁当と、教会印の精進料理風弁当は、見た目こそ奇抜さのない地味な仕上がりであるものの、その味わいはかなり洗練されている。定番弁当をも上回っているのではないかと思えるほどだ。

 次々に弁当を口に運んだヤマトとノアだったが、ふと、隣にいるレレイが沈黙したままなことに気がつく。


「レレイ? どうか――」


 声をかけながらレレイの方を見やったノアだが、その目を僅かに見開いた後、苦笑いを浮かべた。

 ヤマトとノアの視線の先には、二人前の弁当というそれなりに迫力のある飯を前に、一心不乱に箸を動かすレレイの姿があった。その目にはヤマトやノアの姿も入ってはいないようで、稀に見るほどの集中力で弁当と格闘している。その味を相当気に入った様子で、かなりの量があったはずの弁当が、見る見る内にその量を減らしていく。


(これは、邪魔しては悪いか)


 その思いは、ヤマトだけでなくノアも同様だったらしい。

 互いに目を見合わせて、黙ったまま二人で頷き合う。相変わらずな食べっぷりを見せるレレイを横目にしながら、ヤマトとノアも己の弁当に意識を集中させた。

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