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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
聖地ウルハラ編
74/462

第74話

 その日も、アルスの街は変わらない熱気に包まれていた。

 数ヶ月前の騒動による被害は未だ完全回復には至らないものの、主要な機関はおよそ回復できていた。地元民は積極的に港から大海へ乗り出し、観光客は彼らを見ながら異国情緒を楽しむ。その表情には、かつてあった怯えや不安は既になくなっている。


 そんなアルスに、一隻の船が着港していた。

 元々は中型船だったのだろうと推測はできるが、今の姿はそこからはほど遠い。船の各所が木板で応急手当を施され、かなり歪な造形になっている。海旅を経てこびりついた汚れも相当な存在感を放っており、その船が過酷な旅路を潜り抜けてきたことが察せられた。


 傍目から見れば、幽霊船にも見えただろう。港の人々が思わず目をやる中で、船から乗員が下りてくる。

 憔悴した様子の船員たちの中で、異色を放っているのが三人いた。

 一人目は、極東の武芸者だろうか。腰元に一振りの長刀を差している。その刀は一目でその価値の高さが分かるほどに洗練された見た目をしているが、それに相応しいだけの風格を、持ち主の青年も放っている。黒髪黒目に、獣を思わせる鋭い目つき。比較的細身ではあるが、溢れるほどの力強さが感じられる。一目見ただけならばただの若者だったが、その雰囲気は熟練の武人に等しい。

 二人目は、絶世の美少女だ。なぜか男物の服を身にまとっているものの、その美貌が陰ることはない。むしろ、中性的で、ともすれば手を出しがたいような怪しさすら感じられる。紺色の髪と瞳は大陸では珍しくないが、透き通るような白い肌は帝国人によく見られる特徴だ。その表情は明朗で親しみを持ちやすいものの、一人目の青年との距離感から察するに、恋仲に近しいのだろう。そう察した男たちは、嘆きながら、青年に向けて怨嗟の視線を向けていた。

 三人目も、絶世の美少女という言葉がよく似合う少女だ。他方で、よく焼けた小麦色の肌や茶色の瞳、しなやかな体躯に描かれた不可思議な紋様に、身にまとった赤と緑の衣装などから察するに、こちらは異国の――南海を越えた先からやって来たのだと察せられる。その雰囲気は一人目の青年に近しく、令嬢よりは武人と言った方が相応しい風格が備わっている。猫のようなクリッと丸く大きな目からは、愛らしいという思いと同時に、凛々しいとも感じられる。


「久々の揺れない地面だね……」


 心底疲れ切った様子で、二人目の少女――実際には男性の、ノアがほっと一息吐いた。

 ザザの島を出航してから早一ヶ月。途中で船の修繕が必要になったり活動再開した海賊に遭遇したりと、順風満帆とは言いがたい旅路ではあったが、ようやくアルスの街に帰ってくることができた。

 揺れず頼りがいのある地面もさることながら、もはや嗅ぎ慣れた潮風に混じった、暖かな大陸の風が鼻孔をくすぐり、一人目の青年――ヤマトの心を落ち着かせてくれる。数ヶ月前には雑多な風にしか見えなかったアルスの市場さえもが、どことなく懐かしい。


「今日はさっさと宿を取って、休むとしようか」

「賛成だ」


 陽の位置はまだ高いものの、ヤマトたちの心身は既に疲れ果てている。久々の陸地なのだ、一日くらいはゆっくりと休みたいという本音であった。

 そんなヤマトとノアに対して、出航時にはいなかった三人目の少女――レレイの方は、有り余るほどの体力をみなぎらせている様子であった。


「ここが、大陸の港か……!!」


 ヤマトとノアからすればありふれたものであっても、レレイにとっては見たことのない新鮮味あふれるものばかり。長年、いつかは見てみたいという憧ればかりを募らせていたレレイが心を踊らせるのも、無理ない話なのだろう。

 子供のように目を輝かせながら、レレイは街中を見渡している。そんな彼女の様子に、ヤマトとノアは互いに目を見合わせて、苦笑いを浮かべた。


「レレイ? 珍しいのは分かったけど、まずは宿を取ろう。寝床を確保しないと」

「む? そうか、そういうものなのだな。相分かった!」


 レレイも、自身が相当に世間知らずであることは自覚しているらしい。アルスの街並みに後ろ髪を引かれる様子ながらも、頷き、ヤマトたちの方へ足を向けた。

 今の仕草を見ていれば、ただの可愛らしい少女なのだが、その実態はヤマトと互角かそれ以上の戦士だと言うのだから、人というものは面白い。


「宿は、前に取った場所でいいかな?」

「問題ない。人で埋まっているということもないはずだ」


 今のアルスも相当な人手があるように見えるが、ヤマトとノアがヒカルと共に活動したときと比べれば、流石にその数を減らしているように見える。アルスを襲った竜種――アオの攻撃で甚大な被害が出た影響だろう。その復興作業はひとまず終えられた様子だが、その危険性を知って離れた人は、容易にはアルスに戻らない。結果として、アルスの人口は減少気味だと言えよう。

 それを都合いいと言ってしまうのは問題があるが、宿が埋まっているという事態は避けられるだろう。

 レレイも、話の全容を理解したわけではないだろうが、コクコクと頷いている。ヤマトとノアに一任するということだろうか。


「宿を取ったら、ヒカルの状況を調べなくちゃねぇ」

「アルスからは、まず聖地に行ったのだったな」

「何か手がかりがあればいいんだけど」

「ヒカルなら、何か残しているだろう」


 懸念はあるが、きっと何とかなるだろうと思考を停止する。それほどまでに、船旅はヤマトたちの体力を削り取っていた。

 兎にも角にも、まずは休養が必要だ。大陸の贅を尽くした料理に、安全安心が保障された睡眠を取らないことには、何も始まらない。

 重たい脚を引きずるようにして歩き始めたヤマトたちだったが、すぐにその脚を止めることになる。


「お前たちは……」

「お疲れのところ、失礼します」


 折り目正しい橙色の神官服に、その上から身体の各部を覆うように着た鋼鉄の武具。腰には一振りの長剣が差されている。

 荒くれ者と観光客の街アルスには似合わない、騎士然とした男女数名が、ヤマトたちの前に立ちはだかった。


「冒険者ヤマト様に冒険者ノア様で、間違いありませんか?」

「何の用だ?」

「太陽教会からの使者です」


 そこの者たちを代表するように、女性騎士がハキハキとした口調で語る。一目で分かる生真面目さと潔癖さは、確かに彼女たちが太陽教会の騎士なのだと納得できる。

 教会の騎士――通称、聖騎士。聖地のみを領土とする太陽教会が、大陸各地で宗教活動を行うために作り上げた騎士団のことだ。どこの国家にも親しく、他方でどこの国家にも属さない。超国家的な騎士団として大陸各地で活動する彼らは、一人の例外もなく卓越した強さを持っており、教会の権威を押し上げる一助となっている。高い魔術適性と、聖騎士間でのみ継承される聖剣術の両方を修めなければならない聖騎士は、必然的にその数が少ない。

 そんな聖騎士が、ここに見るだけで四人。


(よほどのことなのか?)


 辺りの空気も、聖騎士の出現で騒がしくなっている。

 それは聖騎士たちも望むところではなかったのか、代表の女性騎士が一歩下がりながら、口を開く。


「あなた方が先日まで同道されていた、さるお方について。お話を聞きたいため、聖地へ参上するようにとのことです」

「さるお方……」


 思わず、ヤマトはノアと目を見合わせる。

 間違いなく、勇者ヒカルのことだろう。


「何かあったの?」

「いえ。詳しいことは申し上げられませんが、この地と、先にグラド王国で起きた騒動についての話と伺っています」

「……なるほどね」


 つまりは、冒険者二人が非公式に勇者と協力した事実に気がつき、その事情徴収をしたいということか。

 後ろでキョトンとしているレレイには申し訳ないが、この招集には応じなければならないだろう。


「僕たちは構わないんだ。だけど、彼女も連れて行っていいかな?」

「それは――」

「これから三人で組むことになったから。また何かあったら、彼女も同行することになると思うよ?」


 一瞬だけ口を開いた女性騎士だったが、ノアの言葉を聞いて、その口を閉ざす。

 少し頭を悩ませた様子だったが、ヤマトたち全員の意思が固いことを悟ったのだろう。やがて、諦めたように頷いた。


「即座に了承はできません。一度本部に連絡を取りますので、その結果次第となります」

「充分だよ。ありがとう」


 ひとまず、これで懸念はなくなった。

 それ以上に問答を重ねる意思がないことを確かめて、女性騎士はヤマトたちを促す。


「宿の方は私共で用意しています。どうぞ、こちらへ」


 そそくさと歩き始める聖騎士たちに囲まれながら、ヤマトたちは女性騎士の背中を追う。気分は、騎士団に連行される囚人のそれだ。

 なかなか味わえるものではない経験に頬を緩ませながら、ヤマトはまだ見ぬ地へ思いを馳せる。


(聖地、か)


 広さ自体は大したものではないが、一般人の立ち入りは禁止されている場所だ。

 太陽教会の手によって聖地一帯は完全に管理されており、特別な許可が下されない限りは、ただ通ることすら叶わない。そんな場所へ、入ることができる。経緯はどうであれ、そのことは間違いなく幸運だと言えよう。


(楽しむとしようか)


 そして叶うならば、まだ見ぬ強者との出会いを。

 そう空に願いながら、ヤマトは腰元の刀をそっと撫でた。

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