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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
離島ザザ編
71/462

第71話

 ときを経るごとに、雨風の激しさが増していく。

 辺りを乱舞する雨粒に遮られて、数メートル先にいるアオの姿ですら、明瞭には見えなくなっているほど。通常であれば、そんな悪天候はヤマトたちにとっても不利に働くものだが。


(今この場に限れば、好都合とも取れるか……?)


 ヤマトたちとアオ、互いに相手を目視することは困難。だが、アオは竜の名に相応しいだけの闘気をまとっているために、大嵐の中でも明確にその場所が分かるほどの存在感がある。幾ら雨風が強まろうとも、アオの居場所を見失うということはないだろう。

 アオと視線を交わし、対抗するように闘気をぶつける。ビリビリと空気が震え、にわかに緊張感が増していく。

 顔を殴りつける勢いの雨すらも気にならない。目を見開き、まばたきをする瞬間さえも惜しいとばかりにアオの姿を凝視する。一瞬でも視線を逸らせば、その瞬間に勝負が決まるという確信を胸に、脂汗が滲む手で刀を握り続ける。


(――ここだ)


 風が一瞬停滞する。雨粒の動きが止まり、鮮明にアオの姿が捉えられる。

 刹那、一発の銃声が空に響いた。


「シ――ッ!」


 ノアの狙撃。その完璧すぎるタイミングに惚れ惚れとしながらも、ヤマトは即座に駆け出し、刀を脇に添える。なぞるべき斬撃の軌道を視界に描く。

 いくらアオの身体能力が高くなろうと、銃撃の対処には苦労するはずだ。豪雨の中で闘気を放つヤマトの気配を囮に、身を潜ませた状態から放った一撃。決定打とまではならずとも、相応の結果は出せるはず。

 そんなヤマトたちの期待は、目の前で裏切られた。


「小賢しい真似をする」


 呟き、アオが空中を何かを掴むような動作をする。

 何をしたのか、判断がつかない。それでも、全身を駆け巡った嫌な予感に従って、ヤマトは身体を横へ投げ飛ばした。


「返すぞ」


 目にも留まらぬ速さで、アオが腕を振る。手から“何か”が放たれ、ヤマトが数瞬前までいたところを貫いた。地面に着弾した“何か”が、土砂を巻き上げる。


「避けたか。勘がいいな」

「……銃弾を掴んだのか?」


 非現実的な想定だが、それくらいしか考えられない。

 さながらリザードマンのように鱗を全身にまとい硬質化した身体ならば、確かに銃弾が直撃しても大したダメージにはならないのだろう。だとしても、人の目では捉えることもできない弾丸を、まさか掴むとは。

 ヤマトも銃撃を斬ることは可能だが、それはタイミングと軌道の両方が分かって初めてできる技だ。発砲音に反応してから、銃弾の軌道を割り出し対処するような真似は、到底不可能。

 姿を変貌させる前――人の姿だったときのアオは、咄嗟に銃撃の軌道を見切ることはできても、それに完璧な対処ができるほどではなかった。決定打にはならずとも、銃撃を避けるために体勢を崩す必要があったから、ノアの狙撃を頼りにすることができた。

 だが、今はそれも当てはまらない。それどころか、投げ返された銃弾の威力を察するに、足手まといになる可能性すらある。


(やり方を変えるしかないか)


 不意討ちの狙撃すら対処してみせる反応速度。それを持った相手との戦闘経験はないから、未来視の加護持ちを想定する。全ての攻撃が露呈していることを前提に、分かっていても対応し切れない攻撃を組み上げる。

 ヤマトとノアの二人だけでは、それだけの攻めを作ることはできないとすぐに判断。


「レレイ、先手を任せたい。深入りはしないでくれ」

「引き受けた」


 かなりの時間を共に戦ってきたノアと比べれば、出会って数日のレレイとの連携には不安が残る。だから、レレイを軸に、ヤマトとノアの二人でその支援をする。口惜しいものの、その戦術にしか勝機は見出だせない。

 ヤマトの言葉に頷いたレレイが、一歩前へ出る。その足取りの力強さに、ひとまず安堵の息を漏らす。


「ほぅ? 今度は貴様が相手をするのか」

「今度は遅れを取らない」

「クククッ! 威勢がいいな」


 レレイは獣のように、グッと姿勢を落とす。突貫する構え。

 アオがそれに応じる隙を与えないように、一気に飛び出した。相対したのがヤマトだったならば、容易に反応はできなかっただろう速さ。


「爆ぜろ」


 対するアオは、一歩も動かないままに足踏みをする。直後、地面をアオの魔力が駆け巡る。


「ノアっ!!」

「任された!」


 心強い声と銃声と共に、一発の弾丸が地面を貫いた。地下に広がっていた魔力の動きが、縫い留められたように停止する。


「ほぅ――?」


 アオは感嘆の声を漏らし、興味深そうな目をノアへ向ける。

 その視線を遮るようにヤマトも駆け出しながら、手元の刀を握り締めた。


「ふっ!」


 一番にアオの元へ辿り着いたのは、やはりレレイだ。駆ける勢いをそのままに、拳をアオの胸元へ突き出す。

 人間であれば、直撃すれば大惨事になる威力が秘められた拳。それを目前にして、ゆらりと手を掲げたアオは、手の平でレレイの拳を受け止めた。重い打撃音を響かせながらも、完璧に受け止められる。


「そら、捕まえたぞ?」

「このっ!」


 拳を受け止められ、引き寄せられる勢いすらも乗せて、レレイは身体を捻って脚を振り上げた。思わず見惚れるほどの曲線を描いて、爪先がアオのこめかみに叩き込まれる。直撃だ。

 間違いなく必殺の一撃。人体で言う急所へ叩き込まれた攻撃に、さしものアオも反応し切れなかった――否、反応する必要もなかったのか。


「なぁっ!?」

「ククッ。思った通り、ずいぶんと軽いな?」


 爪先は寸分違わずこめかみに直撃している。人であれば即死に至ってもおかしくない一撃だったはずだが、アオはそれを受けてもなお平然とし、余裕の笑みを浮かべている。まるで攻撃など受けていないかのように、アオは拳を作った。

 腕を握られているレレイには、逃れる術はない。目前へ迫った死の気配に、レレイの表情が引きつる。


「『斬鉄』ッ」

「おっと? それは流石に危なそうだ」


 アオの拳が放たれる。その直前の、間一髪のタイミングでヤマトは『斬鉄』を放った。反応したアオが後退り、刃は空を斬るに留まる。


「逃がすと思うか?」

「ならば、この程度は避けてみせろ」


 刀の間合いに入る。

 それを確認したヤマトが得物を振るよりも早く、アオは足踏みをした。

 足元に異質な魔力が張り巡らされる感覚。地面が爆発する光景を幻視する。本能が警鐘を鳴らして身体を衝き動かそうとするのを、理性を総動員させて踏み留まらせる。込み上げる恐怖心を封殺して、刀を上段へ掲げる。


「相討つつもりか――っ!?」


 不可解そうなアオに答えを告げるが如く、数発の銃声が響く。幾つもの弾丸が地面を貫き、先程と同様に地中の魔力を押さえつけた。

 レレイとヤマトが近接戦を繰り広げていたところへ、的確な狙撃を通す。相変わらずなノアの腕前に感心させられながらも、動きは止めない。刀は既に構え終えているから、後は放つだけ。

 刀を振り下ろす刹那。驚愕に見開かれたアオの目が、それでも確かに刀の刃を捉えていることを確かめる。同時に、背後でレレイが動き始めている気配。期待以上の動きに、思わず頬が緩みそうになる。


(ならば、託すとしようか――!!)


 斬撃の軌道を修正する。必殺の威力はそのままに、あえて逃げ道を一つ作る。


「『斬鉄』ッ!!」

「ぉぉおおおおッッッ!!」


 一筋の閃光にしか見えぬ太刀筋。それを前にしたアオは、ヤマトの期待通りに、身体を捻って回避してみせた。刃は鱗を掠めて数枚を斬り飛ばすに留まり、骨を断つどころか肉を斬ることも叶わない。

 不発。千載一遇の好機を逃した形になるが――それでいい。

 焦燥を歓喜に変えて、アオは体勢を立て直す。その目にはヤマトの姿しか映っていない。絶対的な強者であるという自負から生まれた、慢心だ。

 拳を固め、大振りな一撃を放つアオの腕を潜り込むように、レレイが滑り込んできた。既に攻撃態勢に入り、拳は狙いを定められている。


「な――!?」


 驚愕で身体を硬直させたアオの、鱗が少ない腹部目掛けて。レレイは固めた拳を真っ直ぐに突き出した。


「ぐ、ぉ……!」


 鈍い打撃音。同時に、アオの身体がくの字に折れ曲がる。

 先程こめかみに蹴りを食らった際には、鱗がその衝撃の大半を受け止めたのだろう。その守りが薄い腹へ突き刺さったレレイの拳は、その肉へめり込み、確かな手応えをヤマトにも感じさせる。

 一瞬だけアオの目の焦点がブレる。全身から力が抜けて、傍目からも隙だらけの状態。


「下がってッ!!」


 ノアの鋭い声に従い、追撃を繰り出そうとしたレレイが下がる。

 直後、発砲音と共に飛来した弾丸が、意識を取り戻したアオへ叩き込まれた。レレイとヤマトを視界に捉えていたアオは、それに為す術なく、上体を泳がせる。――今こそ、本当の好機。


「ヤマト!」

「任せろ! ――『斬鉄』ッ!!」


 アオの目はヤマトを――ヤマトが振るう刀を捉えている。けれど、それだけだ。意識は反応しても身体は動かせる状態でなく、その斬撃が見えたところで、見ていること以外に何もできない。

 必殺の確信。アオの身体へ吸い込まれた刃が、何の抵抗もなくその内側へ滑り込む。当人に斬られたことすら悟らせないほどの滑らかさで、刀はアオを通り抜けた。――会心の一撃だ。


「―――」


 切り返し、二撃目を放つ構え。

 アオは未だ硬直中にあり、満足に反撃することも叶わない。反撃が間に合ったとしても、ここが正念場だ。刀の刃を再び立て、腕を振る――



「―――――――――ッッッ!!」



 叫び声。同時に、あまりの威圧で身体が浮く。

 何が起きたのか、状況を確かめられないままに。

 強すぎる猛風に押されて、ヤマトの身体は空を舞った。

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