第7話
更新できてなかったみたいですごめんなさい!
魔導技術の発達によって栄える人間たちの最大の障害は、魔獣だとされている。子ども一人でも追い払える弱い魔獣から、街一つを壊滅させられる強大な魔獣まで様々であるが、いずれにしても放置することのできない獣である。
街が築かれた場合には必ず守護兵が置かれ、定期的に街周辺の魔獣を駆除して数を減らすことになっている。そのため、街と街を繋ぐ道路くらいであれば比較的安全に歩けるようにはなっているのだが。
「ここ数日、グランダーク周辺の魔獣が急激に数を増している。森の魔獣が平野へ出て行き、今では街道すらも安全ではない」
「守護兵の魔獣退治はされているんだよね?」
「無論。直近で行われたのは二日前であったが、そこでの成果は過去に類を見ないほどのものであったと聞いている」
勇者の返答に、ノアは渋い表情でうなり声を上げる。
「魔王軍の影響かな」
「確かなことは分からない。だが、中には魔王軍襲撃の兆しではないかと騒ぐ者も出てきた。早急に対処する必要があるだろう」
「人手は足りているのか」
「……難しいところだ」
先日宣言された魔王軍襲撃に対して、自己保身に走る貴族たちは大挙してグランダークを出て行った。当然、彼らが領地から連れて来ていた私兵も全て引き上げてしまっている。
武術大会を聞きつけてグランダークにやって来た傭兵たちも、このまま王都防衛戦に加わるかの確証は持てない。元来、傭兵は己の武を契約によってのみ振るう者たちだ。王家が主導して彼らと契約を結んでいると聞くが、全員がそれに賛同するわけではあるまい。
そういった現状から、現在のグランダークでまともな戦力として数えていいのは守護兵くらいなものだ。そんな彼らも、現在は魔王軍襲撃に備えているために、魔獣の退治に手を割けないのが実情であった。
「あなたが相当強い加護を授かっていることは知っているけど、流石に魔獣全てを退治しようというのは時間がかかりすぎる。何か考えがあるの?」
「研究者の話では、今回の魔獣の中には、指導者とでも言うべき異物が紛れ込んでいるという。それを倒しさえすれば、あるいは」
「そっか。数が増えすぎた魔獣は、普通ならば争いを始める」
魔獣とは、理性を失い破壊衝動のままに周囲を襲う獣のこと。その対象には当然、魔獣も含まれている。その点を踏まえてみれば、一箇所の魔獣が急に増殖することの不自然さは際立っている。魔獣の破壊衝動を抑えつけるような何かが、森に巣食っているのかもしれない。
「標的の詳細は?」
「不明だ。私たちの任務は、森における異変の原因を調査に加えて、可能であればその排除を行うことだ。頼まれてくれるか」
「そうだねー……」
しばし黙考するような素振りを見せたノアが、横目でヤマトの様子を伺う。その視線を受けて、ヤマトも自身の中で今一度考え直す。
今回の依頼は、言うまでもなく危険なものだ。人手不足が嘆かれる現状では仕方がないのだろうが、情報が少なすぎる。これがいつものように冒険者ギルドに貼り出された依頼であったならば、考えるまでもなく却下していただろう。――だが。
ヤマトもノアも、好奇心を満たすために危地へ飛び込むような、生粋の冒険者なのだ。そして目の前には、伝説の再来とでも言うべき勇者が立っている。ならば、答えは決まっている。
「その依頼、引き受けよう」
「そうか! 協力感謝する!」
「じゃあ、出発はいつにする? 僕たちはいつでも出られるけど」
ノアの言葉に、ヤマトも頷いてみせる。
ギルドに寄せられた依頼を達成することで旅費や生活費を捻出する冒険者の間では、依頼達成のための装備類は常に控えておくのが常識だ。
「こちらも問題ない。いつでも出られる」
そう答えた勇者だが、彼は何かを持っている様子はない。
そのことをヤマトと同じく疑問に持ったらしいノアが、首を傾げる。
「荷物とかは? 目的の魔獣とすぐに会えるとも限らないから、何泊かするくらいの道具はあった方がいいと思うけど」
「……あぁ、そういうことか。問題ない。私は加護を持っているからな」
そう言った勇者の前に、ふと妙なひずみのようなものが浮かび上がる。そのひずみへと腕を突っ込んだ勇者は、その中から水筒を取り出してみせた。
「時空の加護と言うらしい。異空間へ荷物を保管し、必要に応じて取り出すことができる」
「……無茶苦茶だな」
透明なために目立ってはいないが、目の前で見せられたヤマトとノアからすれば、中々に常識外れな光景だ。魔導技術でも再現不可能に思える現象を起こしてみせる、そんな加護を持った者の話は聞いたことがない。
「他にどんなことができるんだい?」
「おいノア」
好奇心で目を輝かせて無邪気に尋ねるノアに、ヤマトは思わず声を上げる。
「そうだな……、私もまだ加護の全てを引き出せているわけではないんだが。今のところだと、異空間への入り口を作ることの他には、短距離転移や未来視、あとは――」
「そのくらいにしておけ。どこに誰の目があるかは分からないぞ」
ポロポロとこぼれ出した情報に後ろ髪を引かれながら、ヤマトは勇者の口を止める。ノアの方へ視線を転じると、ノアは気まずそうに目をそらしながら首をすくめた。
「ごめん、つい」
「いや、気にすることはない。それに知られたところで困るようなものでもないからな」
どのような力を持っているのかが分かれば対策もできるとヤマトは思うのだが、勇者からすればそうでもないのだろうか。
そんな疑問を感じ取ったのか、勇者は更に言葉を付け足す。
「実を言うと、私自身もまだ完璧に加護の力を引き出せているとは言えないのだ。先程言ったものも、この加護のほんの一部にすぎない」
「………」
思わず、ヤマトは顔をしかめる。
先の武術大会では勇者を相手に多少は渡り合えた手応えを感じていたのだが、やはりそれは勘違いであったらしい。魔導の使用を禁止するという規則のためか、教会から使用を控えるようにと要請があったためかは分からないが、勇者が加護の力を使わなかったために戦えたにすぎない。仮に勇者が加護を駆使していたならば、とても太刀打ちできなかっただろう。
若干の高揚感を覚えながら、腰元の刀の柄を撫でる。
「ともかく、私の方は心配いらない。持ち物は全てこの加護で保管している」
「そっか。じゃあちょっと待ってて。僕たちの分は部屋に置いてあるから」
そう言い残したノアは軽い足取りで、ギルドに併設された宿の部屋へ向かう。
咄嗟に付いていこうとしたヤマトだったが、ノアに手で制止され、諦めて腰を落とす。
「……同じ部屋なのか」
「は?」
不意に声をかけてきた勇者に、ヤマトは思わず首を傾げる。
「部屋を分ける理由がない。二人部屋の方が安いしな」
「……そうか、そういうことか」
何かに得心がいったような様子で頷く勇者の姿に、ヤマトは溜め息をつく。
おおかた、ヤマトとノアは男女の仲らしいなどと勘ぐったのだろう。ノアとコンビを組むようになってそれなりに長いが、こうした反応はどこに行っても付きまとってきた。初めの頃こそムキになって否定したものだが、あまりに勘違いされることが多くなり、最近では若干諦めつつあるほどだ。
それでも、魔獣退治でチームを組むのだから、こうした勘違いをそのままにしておくのは気まずい。妙なところでいらない気遣いをされても、ただ迷惑なだけだ。
「何を考えているかはだいたい分かるが、それは勘違いだぞ」
「勘違いか、そうか」
兜で顔を隠しているから表情は分からないが、間違いなくニヤニヤと笑みを浮かべていそうだ。
「心配はいらない。私用のテントは持っているから、寝所は別々だ」
「いらんこと考えやがって……」
だいいち、野営するのなら見張りを立てるのが鉄則なのだから、全員が一斉に寝るような状況は起こり得ないのだが。
こうした勘違いをした輩は、言葉を重ねれば重ねるほどに、今目の前にいる勇者のように鬱陶しい反応を返してくるのだ。だから対処は、決定的な一言だけを返してやるに尽きる。
「あいつは男だぞ」
「………? ………は!?」
ずいぶんと甲高い声が兜から漏れ出る。普段はあえて低く声を出しているのだろうか。
「嘘!? あんな顔して男……!?」
「疑うなら本人に見えてもらえ」
「見せっ!? ナニを!?」
「――何の話をしているの?」
そうこうしている内に、ノアがトランクを二つ持ってやって来る。その片方を受け取りながら首を振ってみせれば、ノアも起こったことを察したらしい。微妙な表情を浮かべながら、勇者を見つめる。
勇者の兜の中から湯気が溢れるような幻覚が見える。パニックに陥ってしまったらしい勇者は、ブツブツと何かを小声で呟いたまま固まってしまい、使いものにはならなさそうだ。
こうした反応も、もはや慣れたものだ。女と勘違いされるノアも最初は嫌そうな顔をしたものだったが、今となっては諦めて平然とした表情を保てるようになっている。
「分かったなら、さっきの勘違いは取り消しておけ。いらん気遣いは迷惑――」
「……いやでも、男同士でそういう可能性も……!!」
ぶっ飛ばしてやろうか。