第62話
今回かなり短いです。
残像が生まれるほどの速さでレレイが駆ける。
目だけで追うことはできない。耳や肌などの感覚も駆使しながら、ヤマトは辛うじてレレイの行方を探っている状態だ。
(決め手がほしいところだな)
先日に一度試合して、その速さを経験していたのが功を奏しているのだろう。普段のヤマトであったならば追うことすらできない動きを、辛うじてでも捉えられている。それを悟っているからこそ、レレイも迂闊にヤマトの間合いへ踏み込もうとしない。
先程から続いているのは、言わば睨み合いだ。レレイが縦横無尽に駆け巡り、ヤマトがそれに際して適宜間合いを測ってはいるものの、互いに手を出そうとはせず、相手の隙を伺っている。
現状だけを見るのならば、ヤマトとレレイの両者に打つ手がなく、言うなれば互角の戦況。だが、やがて行き着く先を思えば、それはヤマトにとっては歓迎すべきものではなかった。戦いとは元来、攻め手の方が優位に立てるものだ。
(仕掛けるか?)
脳裏にその選択肢を思い浮かべて、即座に撤回する。
瞬間速度――特に斬撃の刹那については劣るつもりこそないものの、それ以外の全場面において、ヤマトはレレイに速度で劣っている。その時点で、戦いの主導権はレレイが握ったも同然なのだ。むやみに攻めへ転じようとしても、いらない隙を作るだけになる。
ならば、どうするか。
「―――っ!?」
ヤマトが戦術を組み立てようとしたのを察知したのか。
様子を伺うばかりだったレレイの動きに、変化が生まれた。先程までよりも一歩間合いを詰めて、多少のリスクを負う代わりに、ヤマトへいつでも仕掛けられる距離へ入ってくる。少しでも目を離せば、容赦なく攻め込むぞとプレッシャーがかけられる。
(厄介な!)
人の思考を読み取り、嫌な部分を容赦なく攻め抜く。
それを緻密な戦術の組み立てによって成功させるのではなく、ただ感覚によってのみ成功させようと言うのだから、たまったものではない。
レレイの一挙手一投足に気を配り、その対応に全神経を集中させる。当然ながら、戦術を組み立てるような隙はどこにもない。
(どうする、どうすればいい……!?)
このまま消耗戦に持ち込まれたならば、受け手に回っているヤマトの方が分が悪い。かと言って、それを打開できるほどの手を考える余裕すらもない。
焦りが徐々に募り始める。
余裕を失いつつあることを感じたらしい。レレイが一歩踏み込んだ。
(速いっ!)
それまでよりも数段速い動きに、一瞬だけヤマトの認識から外れる。咄嗟に意識を周囲へ引き戻したときには、レレイはすぐそこまで間合いを詰めていた。腕を伸ばせば拳が届く間合いであり、満足に刀を振るうことも叶わない。
「くっ!?」
刀を振っていなすこともできず、体捌きでレレイを避けることもできない。
“敗北”の二文字が頭にちらつく。
「―――――ッ!!」
叫び声。身体が動くに任せて、拳を振るう。
ヤマト自身の想像をも越えた速さで振られた裏拳が、レレイの眼前を薙ぎ払った。
「なっ!?」
レレイの足が止まる。
ヤマトも自分の動きに驚きつつも、その隙を逃さずに一気に間合いを離した。
(今のは……)
注意深くレレイの動きを見守りながらも、ヤマトは自分の手を見下ろす。
ヤマトに体術の心得はほとんどない。せいぜい基礎鍛錬として多少の型稽古をしたことがある程度だ。だからこそ、先程の一撃の異常さが理解できる。ただ拳を振るうだけでは、ヤマトには絶対に実現させることのできない、高速の薙ぎ払い。
何か、掴めたかもしれない。
必死に先程の感覚を脳に焼きつけようとしているヤマトに対して、レレイは驚いたように目を見開いていた後、ふっと相好を崩した。
「すまない。構えを崩してしまったか」
「いいや構わない。悪いが、今日はここまでにしよう」
すぐに木刀を構え直そうとするヤマトに、レレイはゆっくりと首を横に振る。
「先程はすまなかったな。迷いが払えていなかったようだ」
「あぁ――」
試合を始めた直後のことだろう。
確かに、そのときのレレイは昨日の衝撃が抜けていないらしく、平静を装いつつも全く試合に集中できていなかったのが見て取れた。
「気にする必要はない」
むしろ、あまりに荒っぽいやり方だったかと後悔しているくらいだ。ノアに習って、少しくらいは言葉を重ねることを学んだ方がよかったかもしれない。
逆に、レレイはいつになくすっきりとした表情をしている。
「喝を入れられた気分だ。先程まで、どうにも調子が戻らなかったんだがな」
「そうか」
先程身をもって体感した通り、レレイはすっかり元の調子を取り戻しているらしい。
そのことに少しだけ安心しながら、ヤマトは頷く。
対して、レレイは少し躊躇うような素振りを見せながらも、ゆっくり口を開いた。
「……実は、昨日のことで少し話したいことがある」
「ふむ」
突然調子を崩した理由ということか。
謎の力で島へ引き戻された瞬間のことであったが、その力についてもレレイは何か知っているのかもしれない。
いずれは島を出て大陸に戻る必要があるという点や、冒険者として未知の現象に興味が尽きないという点、レレイという人間の友人であるという点などからも、それは聞かなければならないだろう。
しっかり頷いたヤマトに、レレイもふっと表情を崩す。
「では、場所を変えるとしよう。その方が説明しやすいのでな」
言いながら、レレイは家の方へと戻っていく。
その背中を追いながら、ヤマトは静かに腰の木刀を握り締めた。