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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
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第6話

 夜の冷たさを感じさせる湿った風が、ヤマトの頬を撫でていった。

 朝日が間もなく東の地平線から現れようとする刻限。冒険者ギルドに併設された鍛錬用の広場で、ヤマトは木刀を正眼に構えたまま佇んでいた。


(魔族。それに勇者か)


 先日の武術大会で相対した彼らの姿を思い浮かべる。武術大会の予選本戦で戦った相手はそう手こずりはしなかった一方で、容易に勝てなかっただろう彼らの姿は、ヤマトの脳裏に鮮明に焼き付いていた。

 魔族の男。勇者との決勝戦に乱入してきた無法者であったが、その実力は筋金入りだったと言ってよいだろう。元来、魔力への適性が高い傾向にある魔族の中でも、更に際立った魔力操作能力を有していた。有り余る魔力に振り回されている印象は受けたものの、魔力適性が皆無なヤマトでは容易に勝利できない相手だ。

 そして、勇者ナナシ。尋常ではないほどの加護を身に帯びた騎士であり、件の魔族を凌駕する戦闘能力の持ち主だ。戦闘経験の浅さのためか鍛錬の少なさのためか、技術の面では素人に毛が生えた程度のものしか持っていなかった一方で、それを補って余りあるほどの力を持っている。一度相対した相手であるものの、ヤマトも未だに勇者の実力の底は掴み切れていない。

 どちらも並大抵の相手ではない。力の使い方や技の駆け引きの面ならばヤマトの方が勝っているであろうが、素の力がかけ離れすぎている。どれほど技術を磨いたところで、天性の才とでも言うべきところで差が――。


(弱気になってるな)


 頭の隅でモヤモヤと立ち込める雑念を振り払うように、木刀を振り下ろす。

 手先を越えて、剣先にまで己の神経を張り巡らせ、自在に操る鍛錬。昔はただ刀を振り下ろすだけの鍛錬が苦痛で仕方がなかったが、今では息を吸うように行えるようになった。敵の姿を空想し、それを斬るイメージを明確に保ちながら刀を振る。そんなことに、僅かながらも楽しさを見出だせている。

 ただ真っ直ぐに斬るだけの素振りを終えた後は、構えを変える。故郷の地では教わらなかった鍛錬だが、旅路の途中で組み込むようになった鍛錬。中段だけでなく、上段や下段から。ときには身体の左右を入れ替えながら刀を振る。

 ヤマトが刀を振るのは道場ではない。足場の定まらない岩場や、満足に刀を振り回せない森に、ときには川の中や洞窟など。それらの地で咄嗟に刀を振るえるほど器用な性質ではないのだから、こうして様々な姿勢からの素振りを繰り返す他ない。

 いつの間にか姿を現した陽の光が、素振りを続けるヤマトの背を照らす。ジリジリと身体が熱くなってくるが、ヤマトはそれに構わず刀を振り続ける。

 魔族や勇者だけではない。これまでの旅路で出会った相手や、これから出会うかもしれない相手を空想し、それら全てを斬り伏せるイメージを固めていく。


「――シッ!」


 刀を振り切った姿勢から、正眼に構え直しつつ残心。早鐘を打つ鼓動を感じつつ、静かに息を整える。

 粗方身体の熱が冷まされたところで、ヤマトは木刀を下ろした。


「毎日毎日、飽きないでよくやるね」

「もはや日課だからな。やらないと落ち着かなくなった」


 冒険者ギルドの壁に背を預けたノアが、ヤマトの鍛錬を見ていた。まだ寝起きだからか、微妙に表情がはっきりとしていない。


「これから鍛錬か。組み手の相手でもしてくれないか」

「うーん……。そうするつもりだったんだけど、今日は止めておくかな」


 思わず、首を傾げる。


「どこか悪くしたのか」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね……」


 どうにも煮え切らない様子のノアに、訝しげな視線を送るヤマトであったが、やがて小さく首肯する。


「いつもの勘か」

「なのかなー? 単に怠け癖が出てるかもしれないよ」

「だとしたら、腕が鈍った辺りで鍛錬に連れ回してやるさ」


 ヤマトとノアは小さく笑みを浮かべる。

 これまでの旅路でもたびたびあったことなのだが、ノアはどうやら虫の知らせというやつを敏感に受け取れる性質であるようなのだ。特に理由はないものの、なんとなくの直感で危険を予知したりする。こういうときに無理して強行しても、大抵はよいことが起きなかったため、もはやヤマトもそういうものなのだとして受け入れてしまった。

 それに、ノアもヤマトと同じく一端の冒険者なのだ。誰に言われなくとも、自身の実力を維持する程度の努力は積み重ねている。


「まだご飯は食べてないよね。行こうよ」

「ああ、だいぶ腹は減ったな」


 夜明け前から木刀を振り回していたのだから、当然のことか。

 意識し始めた途端に、空腹の訴えが強くなる。

 ヤマトとノアは連れ立って冒険者ギルドに入っていく。

 冒険者ギルドは冒険者の活動拠点として利用されるだけあって、必需品の商店や宿に依頼受付を兼ねている他にも、酒場や食堂なども内部に備えているのだ。贅沢しないならば、冒険者はギルドにだけ入れば街に行く必要もないほどである。

 食券を購入して手早くサンドイッチを入手した二人は、食卓の隅っこに腰掛ける。まだ朝早い頃合いのためか、人手も少ない。


「やれやれ、昨日は災難だったね」

「災難というほどではない。最後に面白い奴に会えたしな」


 グランダークという街は栄えているがために何でも手に入る一方で、地方都市にはよくある名産品というやつがない。今手にしているサンドイッチも美味ではあるが、物珍しい材料などは入っていないのだ。せいぜい、大陸各地から取り寄せた食べ物が一緒くたになっているところが特徴と言えるだろうか。

 肉や野菜がぎっしりと詰め込まれてボリューム満点なサンドイッチに齧りつきながら、ヤマトは勇者ナナシの姿を思い浮かべる。


「勇者ナナシか。流石に偽名だよね」

「だろうな。偽名登録が許されたのは、勇者だからか」


 言ってしまえば、勇者に華を持たせるための武術大会であったのかもしれない。王都グランダークで開催された割りには実力者が少なかったのも、前もって、勇者を倒しかねない名高い傭兵や騎士に参加を自粛するように呼びかけていたためか。だとすれば、ヤマトがスムーズに決勝まで勝ち進められたのも、不思議ではない。

 賞金を手っ取り早く手に入れられたことは喜ばしいが、強者と戦えなかったことに無念は残る。


「そういえばさ、昨日の賞金ってどのくらいだった?」

「ああ――」


 魔族の襲撃と魔王軍襲撃の予言によって、決勝戦の行方は有耶無耶にされてしまった。そして、今ひとつ納得のできる話ではないのだが、気がつけば優勝の座は勇者ナナシの元に渡り、ヤマトは準優勝という結果になったのだ。

 魔王軍との戦いを控えて、万が一勇者が敗北するなどという結末を迎えてはならない。そんな貴族たちの思惑は理解できるものの、勇者に勝つつもりでいたヤマトとしては受け入れがたい話だったのだが、その謝礼費なのか、事前に知らされていたよりも多額の賞金を獲得することができた。


「しばらくは何をするにも不自由しない程度には入った。武具の更新に、次の目的地までの旅費程度ならば賄えるはずだ」

「そりゃいいね。旅の風情は薄れるけど、列車で行く方が色々楽だし」


 大陸各地を結ぶ魔導列車の恩恵は大きい。だが、その恩恵に比例するように、利用費もまた高額になってしまうのが問題点であった。裕福な貴族や商人、高額賞金を稼ぐことができる一部の冒険者に、人生に一度の旅のために奮発した町人程度しか利用していないのが現状だ。

 ヤマトとノアはそれなり以上の腕を持つ冒険者であると自負しているが、全ての旅路を列車で済ませられるほどに裕福なわけではない。今回のように思いがけず大量の資金を獲得できたときか、コツコツと溜めた貯金が膨らんだときにだけ乗れる、一つの贅沢であった。


「さっさと次の街へ行ってしまうこともできるが――」

「冗談じゃない」


 冗談混じりの言葉に、ノアも小さく笑みを浮かべながら首を横に振る。


「僕たちは冒険者だ。危険を恐れて冒険に挑まないだなんて、一生の恥になるよ」

「ああ。そうだな」

「しかも今回は勇者と魔王の戦い。いわば、伝説の一幕の再現だよ。胸が踊るね」


 貴族や町人たちに聞かれれば、眉をひそめられるかもしれない。だがそれは、紛れもなく冒険者たち全員に共通する想いだろう。

 魔導技術の発展に伴って、人々の暮らしは豊かになっている。大昔であれば、手に職をつけていない者が生き抜くためには冒険者になる他なく、また冒険者の仕事も溢れていた。だが現在では、冒険者というのは大して人気のある職業ではない。他に、安全で稼げる職業や誰にでもできる職業が様々にある。どこの街にも作られている学園に通えば、一定以上の教養を身につけることも難しくない。

 現在で冒険者を目指す者というのは、つまりはまだ見ぬ神秘を求めた夢想家だ。


「そしてヤマトに、そのことでちょっと相談したいことがあるんだよね」

「何だ?」

「相談ってよりは提案かな。どうせならその戦い、特等席で見たくない?」


 ノアの言いたいことが分からず、思わず首を傾げる。


「特等席か?」

「うん。ヤマトは昨日の大会で決勝まで勝ち上がったからね。今回の戦いくらいなら勇者の近くにいられるんじゃないかな」

「……ふむ」


 武術大会で優勝すれば、勇者の従者として選ばれるかもしれないという噂は傭兵の間にも広まっていたという。


「従者になるのか?」

「いやいや。流石にそれはヤマトも気が乗らないだろうし、僕もあまりね。だけどここの戦いの中で縁を築くことはできそうじゃない?」

「簡単に言ってくれるな」


 勇者が太陽教会が用意した駒であるという懸念は、もはや抱いていない。あれほどに強力な加護を有しているならば、十分以上に勇者として戦うことができるだろう。

 そうであるならば、太陽教会は間違いなく自勢力の手駒で勇者の周りを固めようとするだろう。そこへ、ヤマトやノアのような身元不詳な冒険者を入れることなどは考えにくいように、ヤマトには思えたのだが。


「まあ普通に考えれば難しいだろうね。よくて、勇者の護衛に混ざれるとか、冒険者の指揮を取れるとかが関の山だと思う。ただね――」


 怪訝そうなヤマトの視線の先で、ノアは自信ありげに胸を張る。


「そろそろ、何か起こると思うよ」

「………」


 口を閉ざしたヤマトは、冒険者ギルドがにわかに騒がしくなったことに気がつく。

 得体の知れない予感を胸に振り返る。

 ヤマトたちと同じように食事を取っていた冒険者たちも振り返り、そして戸惑いの声を上げている。そんな彼らの視線の先にいたのは、全身を鎧兜で覆い隠した勇者の姿。


「――見つけた」


 兜の奥の目は窺えないが、その視線はヤマトのところで止まる。

 つかつかと歩み寄ってきた勇者は、ヤマトを真っ直ぐに見据えたまま言葉を紡ぐ。


「武術大会の決勝で戦ったヤマトだな? お前に依頼がある」

「依頼か」


 ちらりとノアの方を見れば、若干の驚きを目に映しながらも、得意げな様子であった。

 小さく溜め息をこぼして、ヤマトも勇者の方へ向き直る。ノアほどに真っ直ぐ感情表現はしていなかったが、ヤマトとしても勇者と魔王の戦いは興味が惹かれるものであったのだ。それに関われるかもしれない話が舞い込んでくるならば、拒絶する理由はない。

 皿に残っていたサンドイッチを口に詰め、飲み込む。


「――詳しく聞かせてもらおうか」

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