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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
離島ザザ編
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第59話

(嵐が来る、か……)


 穏やかに揺れる大海原を見つめながら、ヤマトはアオの言葉を思い返す。

 嵐と聞いて最初に思い浮かべるのは、ザザの島へ漂着する原因となった嵐――正確には魔獣の群れだ。天変地異としか思えない、突発的な嵐と共にやって来た魔獣たちに襲われて、ヤマトたちが乗ってきた船は大破した。その嵐が島にやって来るということは、魔獣の群れが島を目指しているということだろうか。


(理解はしやすいか)


 ひとまず頷いて、思考を次に進める。

 嵐と聞いて次に思い出したのが、グランダークでクロと邂逅した際に告げられた宣戦布告だ。クロと対面した直後に、バルサが魔獣と共にグランダークを襲撃してきた。結局、ヒカルと協力して臨んだ死闘の果てに、どうにかグランダークを守り抜くことに成功したのだが。

 ならば、アオの謎めいた言葉が表したものは、魔王軍の襲撃か。


「ふぅ」


 ヤマトは溜め息をついて、顔を上げる。


(結論を急ぎすぎているな)


 これまでの思考は全て、推測に推測を重ねたものだ。それを念頭に置いてしまうのは危険なことこの上ない。

 気分を払拭するために身体を伸ばしたところで、怪訝そうな表情で顔を覗き込んでいたレレイの存在に気がつく。


「どうした?」

「気もそぞろでは危険だぞと、言おうとしたところだった」


 確かに、とヤマトは無言で頷く。

 今ヤマトたちがいるのは、海上に浮かぶ小舟の上だ。波が押し寄せるたびに視界がグラグラと揺れて、調子に乗って立とうとすれば、船が転覆しかねない。

 考え事に向かない場所なのは間違いない。


「すまない、心配させたな」

「構わない。何か気になることがあるのか?」


 問われて、ヤマトは一瞬口をつぐむ。


「言いづらいことか。すまない」

「いや、そうではない」


 咄嗟に首を横に振る。

 明らかに異常な気配をまとっていたアオのことを、どのように説明したものかと頭を悩ませていたのだ。

 助けを乞うようにノアの方へ視線を向ければ、「仕方ない」とでも言うように肩をすくめてから、ノアが口を開いた。


「村を歩いていたときに、ちょっと変な人を見かけてね」

「変な人――」


 すっとレレイが目を細める。


「村の者か?」

「いや? 見た目はアオって人にそっくりなんだけど、どうもアオ本人じゃないみたいなんだよ」

「ふむ」


 不可解そうにレレイは首を傾げるものの、ノアの言葉自体を疑っている様子はない。

 数日の間にずいぶんと信用されたものだと、少し嬉しくなりながらヤマトも口を開く。


「その者が言うには、近い内に島へ嵐が訪れるらしい」

「嵐か」


 レレイは空を見上げるのに釣られて、ヤマトとノアも空を見上げる。

 朝の鍛錬のときに見かけたのとまったく変わらない、雲一つない快晴の空だ。


「来そうにないな」

「だよねぇ。だけど、無意味にそんなことを言ったようにも見えなくてな」

「確かに、難しそうなことだ」


 そう言って、レレイまでもが難しい表情になってしまったのを見て、ヤマトとノアは目を見合わせる。


「ま、今はやることがあるからね。そっちを先に片づけよう!」

「うむ、そうだったな」


 思うところは色々あるものの、今考え込んだところで解決するような問題でもない。

 頬を軽く叩いて、思考を切り替える。


「俺たちがやるべきは、海の調査だったな」

「うん。とりあえずは島の周囲に、僕たちを襲った魔獣がいないかを確認しよう」


 ゴズヌが中心となって着々と進んでいる船の修繕作業だが、問題は数多くある。

 その内の一つ、どんな航路を取るべきなのかについてはレレイの協力によって解決しそうであった。だが、まだ一つ、船が大破した原因である魔獣の群れをどうするかについては、解決の目処が立っていないのが現状であった。

 どういった方策を取るかを練るためにも、必要なのは正確な情報。というわけで、ヤマトたちはひとまず小舟で島の周辺を偵察し、魔獣が異常発生した場所がないかを探る任を受けていた。


「村の人たちはあまり海には出ないの?」

「うむ。というより、まったく出ない」


 「私も含めてな」とレレイは答える。

 見れば、冷静沈着に思えたレレイの瞳の奥には、隠しきれないほどの高揚の色が秘められている。


「普通に生きていくだけならば、島の内側で全て終わる。それに、海は危険だ。よほどの物好きでもなければ、海には近づかない」

「まあ確かに海は危険だよね」


 大陸で活動していると忘れそうになるが、つい先日嵐に巻き込まれたばかりの身としては、そのことは痛いほどに理解できた。

 そんなヤマトとノアの気持ちを慮ってか、レレイも厳かに頷く。


「今回はそう遠くまでは出ない。仮にこれが転覆しても、泳いで帰るくらいは容易い」

「それでも、油断はしないようにってことか」


 改めて、気を引き締める。

 見渡す限りは平穏そのものな海だが、その表情はふとした瞬間に一変するものだ。数分前までの快晴が嘘のように、嵐が訪れることもあり得る。

 そんなことを考えていたのが、悪かったのだろうか。


「――あれ?」

「どうしたノア」


 手持ちの望遠鏡を覗き込んでいたノアが、唐突に声を上げた。

 釣られて肉眼で辺りを見渡してみるものの、特に異変は生じていないように思える。


「何か見えたのか?」

「うん。ちょっと不自然な水飛沫が上がってた」

「どの辺りだ?」


 ヤマトの問いに、ノアは「沖の方」とだけ答えた。

 銃を使って狙撃をしているからだろうが、ノアの観察眼は常軌を逸している。そんなノアが言っているのだから、ヤマトたちには見えずとも、確かに異変があるのだろう。


「もう少し沖の方へ行こう。何があるのか、確かめる必要がある」

「賛成。魔獣の規模も知りたいし」


 レレイに同意したノアの言葉を受けて、ヤマトはオールを手に取り、漕ぎ出す。

 波に乗って、船が見る見る内に島から離れていく。それに伴い、全く見えていなかった海の異変が、徐々にヤマトたちにも分かるようになってくる。


「これは……」

「海の中で何かが争っているのかな?」


 まだ距離は遠いが、それなりに派手な水飛沫が上がっている。時折、海面に魔獣のヒレらしきものも姿を覗かせていた。

 これ以上近づくのは危険か。オールを漕ぐ手を休め、船をその場に留まらせる。


「数が多いのか、魔獣が大きいのか。いずれにしても、船で通るのは危険かな」

「ここが使えないならば、他の航路を引くまでのこと。別の場所も見て回るとしよう」


 島が見える方向と大きさから、現在位置の大雑把な場所を割り出す。

 レレイの言葉に頷いたヤマトは、もう一度オールを手に取ったところで。


「―――ッ!?」


 船がグラリと大きく揺れた。

 咄嗟に魔獣の仕業を考えたが、辺りの気配を探ってみても何も感じられない。海の下も同様だ。ただヤマトたちが乗る船の回りの波ばかりが、大きく立っている。


「何だっ!?」

「これはいったい……」


 ノアとレレイも正体が分からないらしい。

 荒ぶっているのは波だけではない。どこからともなく吹き始めた突風までもが、船を流そうとする。


「島へ戻されている?」

「そんなっ!?」


 レレイが悲鳴のような声を上げる。

 荒波と突風。その二つが、小舟一つだけを凄まじい力で島へ押し流そうとする。ヤマトは必死にオールを握るものの、到底人の腕力で逆らえるような力ではない。


「なぜだ!? まさか伝承は本当の……っ!?」


 冷静だったレレイが取り乱している。まるで幽鬼を目の当たりにしたが如く、顔がゾットするほどに青ざめている。

 その姿を見て、異変で思考が乱れていたヤマトは逆に落ち着きを取り戻した。


「くっ!? 一度島に戻るぞ!!」


 空は雲がまったく浮かんでいない快晴模様だというのに、ヤマトたちの船の周辺だけが、まるで大嵐に見舞われたような波風の有り様になっている。

 そんな突然の異変もさることながら、レレイの様子が気になる。その取り乱し方は、明らかに普通ではない。何か理由があるのか。

 オールを島へ戻るように漕げば、その背を急き立てるように、波と風が船を押し流していく。

 不気味すぎる力に背筋を凍らせながら、ヤマトたちは島へと流されていった。

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