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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
離島ザザ編
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第57話

 レレイの家は、村にあった家々とは大きく違い、ずいぶんしっかりとした作りになっている。どちらかと言えば大陸寄りの建築様式の家なのは、レレイの島における立場によるものなのだろうか。

 一人暮らしならば不要だった応接室に、その客はいた。


「そなたは――」

「ゴズヌか。身体に問題はないのか?」


 もうすっかり見慣れてしまった、緑色と青色の服を身にまとった入れ墨の巨漢――ゴズヌが、板張りの床に膝をついていた。

 ゴズヌはヤマトの姿を認めて嬉しげに目を細めてから、レレイに向けて頭を下げる。


「巫女様。ゴズヌ、戻りました」

「うむ。壮健なようで何よりだ」


 ゴズヌの言葉に、レレイは鷹揚に頷いて答えた。

 巫女。聞き慣れない言葉にヤマトはノアと顔を見合わせて、船上でゴズヌが語っていたことを思い出す。

 「水竜の巫女」。確か、竜と交信して島を守る存在として語り継がれ、現在では島の統治を行うようになった者のことを指すのだったか。

 言われて見てみれば、今のレレイには支配者らしい風格が備わっているように思える。


「して、今日は何用だ? わざわざ顔を見せに来たわけでもないのだろう?」

「はい。俺、お願いしたいことがあります」

「ふむ」


 小さく息をついたレレイは、視線で「言ってみろ」とゴズヌに投げかける。

 その視線を受けて幾分か身体を緊張させたゴズヌであったが、ヤマトとノアを見て小さく頷くと、何やら決意を固めた表情でレレイに向き直る。


「俺、帰ってこれたの、皆のおかげ。だから、恩返しをしたい」

「ほぅ? では、何を恩返しとするつもりだ?」


 ここが本題なのだろう。

 姿勢を正したゴズヌは、迷いなく真っ直ぐに視線をレレイへ向けながら、口を開いた。


「皆が帰られるように、手伝いをしたい」

「ふむ、手伝いか」


 それは、ヤマトやノアからすれば願ってもない話だ。

 思わずレレイの顔に目をやりながら、ヤマトは脳裏に先日見た船の残骸を思い描いた。


(あれを修復するのは、難儀なことになりそうだな)


 木っ端微塵の一歩手前。辛うじて原型を想像できる程度の破片が散らばっているのが、今の船の姿だ。

 造船の知識がないヤマトとノアからすれば、あれを修理することは到底不可能な話に思えるというのが、正直なところだ。


「具体的に何をするつもりだ?」


 ヤマトの懸念はレレイも容易に想像できたのだろう。

 どことなく面白がるようなレレイの視線に対して、ゴズヌは毅然とした態度を崩さない。


「船の作りに詳しい人いた。完璧な姿、戻すのは難しい。けど、簡単な姿なら作れるらしい」

「ほぅ。ならば、求めるのは周辺の島の位置か」


 簡単な作りの船と言うくらいだから、長旅に耐えられるだけの頑強性は求められないのだろう。自然、幾つかの島々を細かく渡っていく必要がある。

 そんなレレイの推測に、ゴズヌは首肯を返した。


「島に船寄っていたこと、覚えてる。そのときに何か、聞いていないか?」

「そうだな――」


 レレイがちらっと、ヤマトとノアの顔を伺う。


「少し待っていろ」


 真意が分からないまま、端的に言い残してレレイは立ち上がり、家の奥へと歩いていく。

 後に残されたヤマトとノアは、レレイの背中を思わず見送ってから、共に残されたゴズヌに視線を向けた。


「やあゴズヌ。二日振りかな?」

「二人共、無事でよかった」


 その言葉と共に、無愛想なままだったゴズヌがふっと頬を緩めた。それだけで、辺りの空気が和らいだような気がする。

 船旅は危険だということを理屈では知っていた。だが、想定を遥かに越える脅威に実際に直面して、死すらも覚悟したことが今でも鮮明に思い出せる。自分とノアの二人が助かればいいとは思っていたが、ゴズヌを始めとする船員の大半は命を散らすのだろうと、薄々直感していたのだ。

 だからこそ、こうして傍目には何事もなかったように見えるゴズヌと再び会えたことが、この上なく喜ばしい。


「船員の人たちも、皆無事だったんだよね?」

「まだ寝ている者いる。けど、皆怪我してない」

「そっか! それはよかった」


 正しく、奇跡と呼ぶ他ない。

 安堵の溜め息を漏らしながら、ヤマトは一人の男の姿を脳裏に描く。


「アオという者は、いったい何者だ?」

「あぁそうそう。昨日一緒にいたみたいだったけど」


 その疑問に、ゴズヌは少し返答に困るような素振りを見せた。


「どうしたの?」

「……正直、分からない。気がついたときに、アオが俺たちを助けた、聞かされた」

「ふぅん?」


 確か、村で見かけた際にレレイから説明された。

 人知れずザザの島へ流れ着いた記憶喪失の男で、しばらくは人目から逃れて生活していた。けれど、ゴズヌたちが海から流れ着いたため、その助けを求めに村を訪れたという。

 それが事実だとすれば、アオはゴズヌたちの命の恩人ということになる。だから、表立って口に出すつもりはなかったが。


(あまりにも、できすぎているな)


 ちらりとノアの方を見やれば、小さな首肯が返される。

 アオの語る話には不審な点が幾つも存在する。

 まず、このザザの島でレレイたちの目を逃れて生活することが、本当に可能なのか。魔獣という障壁こそあれども、レレイはそれを意にも介さないほどの手練れだ。加えて、水竜の巫女という立場なだけあって、島について熟知している。そんな彼女に発見されないように生きることは、到底不可能に思える。

 次いで、あまりにも上等な服。すれ違いざまに一目見た程度ではあるが、この島には不釣り合いなほど、きめ細やかな生地で作られた衣だった。それなりの時間を人知れずすごした者が身につけているのが自然なものでは、決してない。

 更に、ゴズヌたちが流れ着いた場所。ヤマトたちが船から放り出されたのとほぼ同時に、ゴズヌたちも海へと放り出されたはずだ。潮の流れは大まかに定まっている。だからこそ、同時に投げ出されたのならば、同じ場所に流れ着くのが自然の結末だ。それが、実際には島のちょうど正反対とも言うべき場所に、ゴズヌたちは流れ着いたという。


(少し、探る必要があるか)


 不審な点が重なりすぎて、あまりにもアオという人物が胡散臭く思えてくる。

 ならば、一度自分の目で直接確かめてみる他ないだろう。先日アオから感じた、どこかで覚えのある気配にも、興味は尽きない。

 そう結論づけたところで、レレイが家の奥から戻ってくる。その手には、一枚の真新しい紙。


「それは……」

「この辺りの島の図だ。昔のものだから、信憑性は不明だが」


 「ここがザザの島だ」と一点を指差しながら説明するレレイの言葉を受けて、ヤマトたちも紙を覗き込む。

 どこまでも広がる大海原を表すように、地図全体は明らかに書き込みが少ない。それでも、ポツポツとインクの染みのように各地に島が点在して、北方へ一筋の線を描くように伸びていることが分かる。


「あいにく、この程度の図しか用意はできない。足りるか?」

「充分。感謝する」


 頭を下げるゴズヌに、どこかホッとしたように溜め息をついたレレイは、そのまま元いた場所に腰かける。


「これで船と、船の行く先は定まったか」

「まだ、問題ある」


 「続けろ」と視線で促したレレイに頷いて、ゴズヌは口を開く。


「俺たち襲った魔獣、まだいるかもしれない。何とかしないと」

「海の魔獣か……」


 ヤマトたちを大海原へ叩き落とした張本人。

 数多の魔獣に、嵐を率いて現れた何者か。圧倒的な気配を放ったそいつらを片づけなければ、ヤマトたちの帰路は閉ざされたも同然だ。

 そう告げるゴズヌに対して、レレイは難しい表情を浮かべる。


「その対処は難しい。陸上ならば負けるつもりもないが、海上は勝手が違う」


 その言葉に、ヤマトも頷く。

 一度船上で刀を振るったから分かることだが、グラグラと定まらない足場では、まともに刀の斬撃を定めることすら困難だ。加えて、こちらは一歩でも踏み外せば、そのまま魔獣がひしめく海へ落下する危険性がある。あまりにも、分が悪い勝負と言わざるを得ない。

 それはゴズヌも同意見だったのか、難しい表情で首を横に振ったレレイに同意するように、口を開く。


「正面から戦えない。だから、避ける。魔獣を調べる必要ある」

「ふむ。それの手伝いをしようということか」


 確認するレレイに、ゴズヌは頷いてみせる。

 ゴズヌが言いたかったことはそれで全てだったらしい。沈黙の中、レレイは上空を見上げながらしばし考え込む。


「……ひとまず、反対する理由はないか」

「なら!」

「私はそれを了承しよう。だが、村の者全員が納得したわけではないのだろう?」


 その言葉に、ゴズヌは小さく頷く。


「ならば、彼らも説得してみせよ。全てはそれからだ」

「――っ! ありがとうございます!」


 喜色を満面に浮かべて、ゴズヌは頭を下げる。それから、一刻も惜しいのか、慌ただしく礼をして家を飛び出していく。

 まるで風のような立ち去りっぷり。思わず呆れるヤマトとノアに対して、レレイは愉快そうに口角を釣り上げた。


「なんか嬉しそうだね?」

「うむ? そうか……、そうかもしれないな」


 不思議そうな表情を浮かべるノアに対して、レレイは小さく笑みを浮かべたまま、うんうんと頷く。


「きっと、外で得がたい経験をしたのだろうな。喜ばしいことだ」


 そう呟いて、ゴズヌが立ち去った後を見つめるレレイの目には、どこか羨望の色が映っているようにヤマトには思えたのだった。

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