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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
462/462

第462話

 ゴトゴトと小気味いい音とともに、座席が揺れている。

 思わず眠気を誘われてしまう振動。それに負けまいと眼をしょぼつかせながら、ヤマトは手もとの新聞に視線を落とした。


(帝国による大陸各地への支援が開始、か)


 新聞の一面を大きく飾っているのは、そのニュース。

 新皇帝フランによって率いられた帝国が、その豊満な経済力をもって、戦いで疲弊した国々への支援を開始したという一報だった。


「普通に見れば、喜ばしい報せなのだろうがな……」


 ヤマトはそう言って、わずかに顔をくもらせた。

 先の戦争。

 魔王軍の侵攻によって始まった戦いは、各国や太陽教会に甚大な被害を出しながらも、帝国の介入によって終結した——ということになっている。

 魔王と勇者の決戦といったことはうやむやになり、ただエスト高原での決戦で帝国軍だけが勝利したという結果だけが残ったのだ。

 つまるところ、帝国のひとり勝ちという図式だ。


(その帝国が援助をする。すなわち、帝国に大きな借りを作ってしまうということ)


 各国にとって、面白いはずもない。

 だが援助を受けなければ、戦争の復興が遅れてしまう。それは統治者たちにとっても望ましくないはずだし、なにより国民が納得しない。


(難しい問題だな)


 小さく溜め息をもらす。

 と、そんなヤマトの様子を見咎めたのか。隣の席でなにげなく窓を見つめていたノアが、ふと視線を投げてきた。


「どうしたの。溜め息なんかして」

「いや。大したことではない」

「ふぅん?」


 言いながら、ノアはヤマトの手もとにある新聞を抜きとった。

 止める暇すらない。

 すぐに紙面へ眼を通したノアは、やがてヤマトと同じように溜め息をもらし、そして新聞を折りたたんだ。


「なるほど。事情は分かった」

「……だから、大したことではないと言っただろう」

「そんなことはない。これは結構大きな問題だよ」


 数度新聞をひっくり返して、そこに印刷された白黒写真に眼を向ける。


「帝国の援助活動がスタートした。聞こえはいいし、実際に貧困にあえいでいる人たちからすれば、願ってもない活動だね。だから歓迎する人はいても、拒絶する人はいない。むしろ拒絶なんてできるはずがない」

「そうだね」

「その結果、帝国の名声がさらに高まるところまでは当然の流れだろうね。大陸鉄道の件も合わさって、いよいよ帝国の力が大陸全土に及ぶ。大陸制覇までもう一歩ってことだ」

「………そんなことは……」

「あるよ」


 言い切ってから、ノアは苦々しく頬をゆがめた。


「むしろもう大陸制覇は完成したっていっていいかもしれない。まだ国の名前は残っていても、帝国を無視できる人はどこにもいないんだから。もうほとんど、大陸全土は帝国の支配下にある」

「………」

「そして問題は、それを主導しているのが姉さん——話題の新皇帝フランだってところ」


 言いながら、ノアが指差した先。

 新聞の一面下方のところに、群衆に向けて優雅に手を振るフランの写真があった。

 あいかわらずのノホホンとした穏やかな笑み。だがその笑みの下に、肉厚の包丁を思わせる獰猛な本性が隠されているように思えてならない。


「もともとは父さんが始めたこととはいえ、姉さんもその後を継いでいる。いやむしろ、加速させているくらいだからね」

「……だが、悪いことではあるまい」

「今のところは、だけど」


 まだ話を続けたがる素振りをみせたものの、それをしても仕方ないと考えたのか。

 コホンと咳払いをひとつ。

 几帳面に折りたたんだ新聞を脇に置いてから、ノアは「それよりも」と話を仕切りなおした。


「——結局、“あの件”は表沙汰になっていないみたいだね」

「ああ」


 うなずいた。

 ノアの言う“あの件”がなにを指しているかなどと、改めて考えるまでもない。

 ヤマトたちと黒竜が熾烈な戦いを繰り広げた件のことだ。

 規模としては紙面すべてを埋めてもおかしくないほどの戦いだった。だが新聞をいくら読みこんでみても、あの戦いについてはひと言も触れられていない。

 この列車の乗客たちも、そのような戦いがあったとは露ほども知らないはずだ。


「エスト高原は今も昔も変わらず、ほとんど文明も発展していない未開の地。わずかに残っている遊牧民くらいなら、口留めも簡単だ。このくらいの情報操作ならば、たやすくやってみせるだろうな」

「だね。へたに公表して、教会勢力が反撃する口実を与えるのも面白くない。なら、はじめからなかったことにするのが帝国にとっては合理的だから」


 言いながらも、ノアの表情に納得の色はない。

 決して功績を誇ろうというのではない。だが都合のいいように情報を隠蔽している帝国のやり方に、少なからず抵抗を覚えているのだろう。

 その想いはヤマトとしても共感できるものだったので、素直にうなずいておいた。


「だが、これはこれでよかったのかもしれないな」

「っていうと?」

「魔王ではなかったとはいえ、ヒカルは黒竜を退けたのだ。教会の旗頭として担がれてもおかしくなかっただろう?」

「……それは、まあ」

「だからヒカルは、人目を忍びながらだが自由にすごせている」


 そうだ。

 戦いの功労者とでもいうべきヒカルは、その混乱にまぎれて、公の場からは姿を眩ませていた。今頃はアナスタシアの援助のもと、リーシャやレレイたちとともに、もといた世界へ帰るための手がかりを探している。

 その道のりはきっと困難なことだろう。だが最後に見たヒカルたちの表情は明るかったから、きっと悪いことにはならないはずだ。


(それに魔王たちも北地へと帰っていった。あの様子なら、また攻めてくる可能性は低いだろう)


 次いで思い出すのは、黒竜の死体から出てきた魔王のことだ。

 ラインハルトとの戦いの末、どうやら魔王は黒竜に喰われてしまっていたらしい。その後は黒竜の力の源——いわば燃料として力を搾取されていたものの、ヒカルの一撃を浴びたことで暴走状態が解かれたという。

 どこまで真実なのかは分からない。だが死骸から出てきた魔王は、これまでの気負いすべてが失せていて、再び大陸統一を提唱するだけの覇気もないように見えた。やがてヘクトルとミレディに連れられて北地へ帰っていったが、もう一度侵攻をくわだてる気概があるかどうか。


(竜たちのほうは、あれからすっかり音沙汰がない。これまでと同じように、人目を忍びながら地上を見守っているはずだ)


 黒竜の死骸から出てきたといえば、至高の竜種たちのことも忘れてはならない。

 彼らもかなり衰弱していたようだが、さすがは竜というべきか。やがて体力を取り戻すと、なにを言うでもなく、はるか高空へと飛び去ってしまった。

 やたら気落ちした雰囲気ではあったが、危ういものも感じられなかった。放っておいても、悪いことにはなるまい。


(ラインハルトはなにごともなかったかのように帝国へ戻っていった。後は——)


 アナスタシアのことくらいか。

 そう、彼女の存在に想いが至ったところで。


「よう。なに見てんだよ」

「……アナスタシア」


 危なげない足取りで通路を抜け、アナスタシアが姿を現した。

 その手には、どこかから調達してきた弁当が抱えられている。まだ暖かい戦利品を手にして、どこか頬が緩んでいる。


(アナスタシアは、結局俺たちについてくることにしたらしい。新しい研究題材を探すためとかなんとか、色々と言っていたが……)


 どこまでが本当のことなのかは、今ひとつ分からないままだ。

 反射的に眉間にシワを寄せたノアを無視して、アナスタシアはすとんとヤマトの隣に腰を降ろした。


「新聞か。なんか面白いことでも書いてあったのか?」

「特には。読むか?」

「あー……、いやいいわ。大したことは書いてなさそうだからな」


 ざっと新聞の一面に眼を通して、大まかなところを理解できたのか。

 やがてつまらなさそうに溜め息をもらして、首を横に振った。


「で? なんの話をしていたんだ」

「ヒカルたちのことだ。しばらく連絡を取っていないから、ふとな」

「ああ」


 なるほどとうなずく。

 手にした弁当をヤマトたちにも配りながら、アナスタシアは口を開いた。


「まあ心配はいらねえだろ。リーシャもレレイも腕利きだし、ヒカルもなんだかんだで経験豊富だ。滅多なことじゃ遅れは取らねえだろうよ」

「……そうだな」

「どうしてもっていうなら、どこかで合流すればいいだろ。居場所は追えているんだ。そのくらいは簡単だぜ」


 思わずうなずきかけて、すぐに考えなおした。

 ヒカルたちが一端の戦士だということは、ヤマトも身にしみて理解している。こうして彼女たちと別行動しているのも、わざわざ同行しなくても大丈夫だと判断したからだ。

 それを、ほんのわずかな間で翻意するのも変な話だろう。


「過保護なこったな」

「本当にね」


 アナスタシアとノアがそろって顔を見合わせて、溜め息をついた。

 妙な居心地の悪さ。

 それに耐えかねて、手もとの弁当箱に視線を落としたところで。

 アナスタシアがコホンと咳払いをひとつした。


「なあヤマト。ひとつ聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」

「む」


 なんのことだろう。

 少し記憶をたどり、やがて心当たりは特にないと判断した。

 素直に問い返す。


「なんだ」

「ヒカルのことだよ。より正確には、あいつと黒竜が戦っているときについてだ」

「ふむ」


 そこまで言われても、彼女が聞こうとしていることに見当はつかない。

 ヤマトもアナスタシアも、あの場では同じ光景を見聞きしていたはずだ。今さらヤマトが語れるようなことなど、なにもないように思えるが。

 そんな当惑を他所に、アナスタアシアは言葉を続けた。


「どうしてあのとき、ヒカルは戦えたと思う? 化け物を相手に、そこらの村娘くらいの力しかないヒカルが、どうして」

「———」


 真剣な眼差し。

 きっと問いかけているアナスタシアは、本気でその答えが分からないのだろう。そう直感できるほどに真摯な問いだった。

 だからヤマトも、それを一笑に付すようなことはせず、正面から答えることにした。


「——友のため」

「は?」

「友のためだと、ヒカル自身が言っていた。ならその通りだろうよ」


 「そんな馬鹿な」という表情をアナスタシアは浮かべた。

 だがヤマトからしてみれば、彼女がそんな表情をすることのほうが予想外で、そしてどこかおかしくもあった。

 アナスタシアが反論するよりも早く、さらに言葉を重ねる。


「人は利己的な生き物だ。世のため人のためと大義を掲げておきながら、結局は自分が大事。そんな者はどこにでもいるし、彼らが異端なわけでもない。それこそが、人の本質のひとつなのだから」

「………」

「だが、そんな人間でもごく稀に、本心から人のため友のために動ける者がいる」


 誰のことかなどと、改めて告げるまでもないだろう。

 勇者ヒカル。

 彼女が勇者として認められ、その力をもって黒竜を討つことができたのは、なにも彼女が神に愛されていたからではない。


「ときに己の本能をも意志で制御し、友のためにと戦える。それが勇気であり、強さであり、勇者に求められる素質というものなのだろう」

「……それが、ヒカルにはあったってことか」

「ああ。俺などよりもよほど」


 かつてアナスタシアは、ヤマトこそが勇者にふさわしいと迫ってきたことがある。

 だがヤマトからすれば、それは的外れもいいところだ。とてもではないが、自分は勇者にはなれない。勇者になれるだけの素質が明らかに欠けているのだから。

 言葉にしてしまえば、なんてことはない。

 だが、そんななんてことはないものにこそ、価値があるのだろう。


「勇者の素質、か……」


 妙に感慨深そうな顔で、アナスタシアはなんどもうなずく。

 その姿に奇妙なおかしさを覚えながらも、ヤマトはふっと視線を外した。

 窓の外をはしる光景を前にして、感嘆の息をもらす。


「……そろそろ国境だな」

「あん?」


 アナスタシアとノアが、そろって顔をあげる。

 彼女らの視線の先——窓の外には、ずいぶん荒涼とした風景が広がっていた。

 草木ひとつ生えていない乾燥した大地と、風とともに空を舞う砂。空からはギラギラとまぶしい陽光が降り、見ているだけで身体が渇いてきそうな様相を呈していた。

 砂漠だ。


「へぇ……!」

「これが砂漠。大したものだね……!」


 隠しきれない高揚を胸に、アナスタシアとノアがそろって歓声をあげた。

 勢いのままに車窓を開ければ、途端に灼熱の風が砂と一緒になって吹きこんできた。すぐに喉が渇き、思わず咳きこむ。


「み、見ているのとは大違いだね」

「ああ。まったくだ」


 だがそんなことですら、楽しく感じていることを自覚する。

 期待に胸が膨らんでいく。

 ひとまず窓を閉め、冷房の涼気にホッと安堵の息をもらしてから。ヤマトはノアとアナスタシアとに眼を合わせた。


「あと一時間もしたら到着だ。そろそろ準備を始めるぞ」

「おうよ!」

「お弁当もそれまでに食べておかないとね」


 これまでの緩んだ空気が一転して、どことなく浮わついた雰囲気になる。

 それにすらも心を弾ませて、ヤマトは再び車窓を見上げた。

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