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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
459/462

第459話

「ヒカル、どうして——」


 問いかけて、今はそれどころではないと考えなおした。

 弛緩しかけていた手の力をこめなおし、ヒカルのほうへ向きそうになった顔を黒竜へと固定させる。

 ヤマトの代わりに問いかけたのは、アナスタシアだ。


「お前。どうして手を出した!?」

「どうしてだなんて、大層な理由はないよ。ただ見ているだけなんてことはできなかった。それだけ」

「分かってるのか! 加護もほとんど残ってない今のお前じゃ、あいつとまともに戦うことはできない。今の攻撃だって、マグレみたいなものなんだろ?」

「それは……」


 詰問するアナスタシアの声を他所に、ヤマトは黒竜の様子を窺う。

 見たところ、ヒカルの一撃は大きなダメージを与えられたらしい。グニャリと身体をゆがめた黒竜は、もともとの人型を保つこともできず、むしろ泥だまりに似た姿で地面に散乱していた。

 ともすれば死んでいるような姿でもある。

 だがその身体から、依然として強い覇気——強者のみが放つ風格がただよっていることを、ヤマトの本能は鋭敏に察していた。


(もうひと押しか、ふた押しか。いずれにせよ、まだ気は抜けそうにない)


 追撃するべきだろうか。だが追撃するとしても、どのように?

 そう逡巡するヤマトの耳に、再びアナスタシアたちの会話が滑りこんできた。


「悪いことは言わねえ。お前は今すぐにここから離れろ。ここにいちゃ、黒竜の敵意を買うことになる」

「……それはできないよ。私も戦う」

「どうして! 自殺行為だ!」

「それでも。私がいることで、少しでも役に立つなら——」


 背中に強い視線を感じた。

 ひとまず黒竜に動きがなさそうだと確かめてから、振り返る。


「ヤマト。いいよね?」

「………」

「足手まといにしかならないっていうなら、正直に言ってほしい。けど今の私なら、あいつの気を惹くくらいのことはできる。それは、ヤマトの役に立つはずだよ」


 顔をしかめた。

 それはつまり、ヒカルを捨て石として使えということだ。彼女の身を守ろうなどとは考えず、ただのデコイとして利用しろと言っている。

 心理的抵抗を度外視すれば、確かに有効的な手だ。ただ一点に集中されていた黒竜の敵意を、二点に分散できる。ヒカルがほとんど戦力にならなかったとしても、その意義ははてしなく大きい。

 ——だとしても、だ。


(そんなこと、できるはずがない!)


 そう吐き捨てたい衝動を、すんでのところで抑えた。

 深呼吸を数回繰り返して、荒ぶる鼓動を落ち着けさせる。


「……どうしても、やる気なのか」

「もちろん」

「危険だ。これまでとは違って、俺もフォローできるとは思えない。ヤツに狙われたときには、ヒカルひとりで戦わなくてはならない。……それでもか?」

「それでも、だよ」


 恐怖を感じていない、わけではない。

 だがヤマトを見返すヒカルの瞳には、いつになく強い光が宿っていた。どれほど言葉を重ねてみても、彼女が翻意することはない。そう確信してしまえるほどの、まぶしい眼光だ。

 思わず溜め息がもれる。


「なぜ——」

「うん?」

「なぜ、そこまでして戦おうとする。お前はもともと戦いは好きではない、むしろ嫌いだったはずだが」


 気がついたときには、そう問いかけていた。

 対するヒカルは、少し驚くように眼を見開いた後——ややあってから、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……友達だから、だよ。たぶん」

「なに?」

「友達だから。友達が危ない目に遭おうとしているのに、知らないふりなんてできない。それだけ」


 死地に向かおうとする人の想いとしては、あまりに素朴なものだ。

 だが――だからこそ、真実味が増している。

 気恥ずかしそうな表情と、その反対に力強い眼差し。そのふたつを見比べて、ヤマトは諦めの溜め息をもらした。


「……仕方ない」

「ヤマト!?」


 アナスタシアは素っ頓狂な声をあげる。

 だがそれに構うことなく、ヤマトは黒竜へと向きなおった。


「それより、そろそろヤツも動くぞ」


 気配だけは、先程から強く感じていた。

 地面にぶちまけられたようなスライム。その欠片が、ヤマトたちの視線の先で、段々とひとつの形にまとまっていく。


「効いていなかったの!?」

「いや、そんなことはないはずだ」


 人型を取り戻していく黒竜。

 だがその肉体から感じられる覇気は、ひと目で分かるほどに減じていた。

 あれがなんらかの擬態でないならば、ヒカルの攻撃はちゃんと効いていたと考えていい。


(黒竜もちゃんと弱っている。まだまだ希望はあるんだ)


 己を鼓舞する言葉。

 だがそれは、決して儚い希望などではない。むしろ煌々と輝くほどにまぶしい希望だ。

 こんこんと湧いてくる力を身体にめぐらせて、ヤマトはヒカルとともに黒竜と向かい合った。

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