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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
458/462

第458話

 わずかに時をさかのぼる。




 ヤマトたちと黒竜が戦う。

 その姿を遠目から見守りながら、ヒカルは歯がゆさのあまりに、ぐっと拳を握りしめた。


(なにか。私にできることは、なにかないの……?)


 なかば祈るような想いで眼を凝らすが、光明はなかなか見えてこない。

 これまでは勇者として、一行の最大戦力として皆を牽引してきたヒカルだったが、それはすべて加護あってのもの。加護の恩恵を失ってしまった今のヒカルでは、この戦いについていくことは難しい。

 事実、ここで繰り広げられている戦いにしても、ほとんど眼では追えていないくらいなのだから。


「——きゃっ!?」

「リーシャ!」


 戦いの輪から、リーシャが弾かれた。

 なにが起きたのか。

 なおも激しい戦いを続けるヤマトたちを尻目に、ヒカルはリーシャのもとへ駆け寄った。その背を支えたところで、気がつく。


「リーシャ、血が!?」


 眼の焦点も合っていないリーシャだが、その口端から血がこぼれでていた。

 ヒカルとて医学の知識があるわけではないが、これがよくない状態なことだけは分かる。内臓のどこかが傷ついているのではないか。


(どうすれば、どうすればいいの……?)


 あたふたと慌てふためくことしかできない。

 そんなヒカルのもとへ、同じく戦線には加わっていなかったアナスタシアが駆け寄ってきた。


「……意識がはっきりしてねえな。頭でも打ったか」

「リーシャは、リーシャの容態は……!?」

「そう慌てんな。防御がなんとか間に合ったんだろう。重傷にはなってねえ」

「でも、口から血が……」

「単に口のなかを切っただけじゃねえかな。放っておけば眼も覚めるだろうよ」


 なんて無責任な。

 むっと反感を抱きかけたところで、アナスタシアは視線を上げた。

 その先にいたのは、ヤマトたちの支援にまわっていたノアだ。


「まったく。お節介な野郎だ」

「なにを——」


 言いかけたところで、リーシャの身体を緑色の光が包みこんだ。

 前にも見たことがある光。

 治癒の魔導術だ。


(これは……。だけど治癒の術は、教会の聖騎士だけが使えるものだったはず)


 当惑しながら見守るなか、リーシャの目蓋がぴくりと動いた。


「リーシャ!」

「……ヒカ、ル? 私はいったい……」

「よかった! 身体の具合はどう? どこか変なところとか——」

「だい、じょうぶ」


 徐々にリーシャの眼の焦点が合っていく。

 それを前にしてようやく落ち着きを取り戻したところで、ヒカルは別の問題に気がついた。


「そうだ、ヤマトたちは!?」


 顔を上げる。

 相変わらず、彼らがどんな戦いを繰り広げているかは分からない。だが傍目にも、ヤマトたちの間に流れる空気が緊迫したものになっていることは分かった。

 当然のことだ。

 先程まではリーシャもいて、ようやく互角の戦いを演じていたのだ。彼女が戦線離脱してしまった以上、ヤマトたちは苦境に立たされる。

 手中の聖剣を握りしめた。


「私が行かないと——」

「行って、どうするんだ?」


 冷たいアナスタシアの声。

 その響きが、ヒカルの上げかけた腰を止めさせた。


「どういうこと?」

「そのままの意味さ。今のお前が行って、なにになる?」

「………それは……」


 言いよどんだヒカルを責めるように、アナスタシアは淡々と言葉を繋げていった。


「勇者の加護が残っていたなら、止めはしなかったさ。勇者の加護は破格だ。どれだけ一般人が鍛えたところで、その加護ひとつで呆気なく越されちまうくらいに。そんなお前が行けば、戦況だって好転したかもしれない」

「………」

「だがその加護は、もう消えたか弱まっているんだろ? 現にお前は、聖剣を起動することもできていない」


 視線を落とす。

 手中の聖剣。もうすっかり慣れてしまった華美な装飾は、きらびやかに刃を彩っているが——。

 アナスタシアの言う通り、かつてあった退魔の輝きは失せてしまっている。いくら呼びかけてみても、まったく応えてくれないのだ。

 唇を噛みしめる。


「加護がないお前は、言ってしまえばただの人間だ。それもヤマトたちと違って、戦う技も持っていない」

「………」

「悪いことは言わねえ。おとなしく、あいつらが勝つことを祈るのが関の山だぜ」


 言いたいことは言い終えたようで、アナスタシアはふぅっと息を吐いた。

 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 言い返したい気持ちは山々だ。だがそれを口にしてみたところで、理路整然としたものになるとも思えなかった。ただ胸のなかにある感情のまま、見苦しく騒ぐくらいのことしかできないだろう。


(それに、私は——)


 力不足を嘆くようにうつむきながら。

 だが内心で、ヒカルは自分のもうひとつの感情に気づいた。


(私は、安心しているの?)


 アナスタシアに力不足をなじられ、ゆえに制止されて。戦場に出ることを否定された瞬間に——どこかホッとしていることを自覚してしまった。

 ヤマトたちの勝利を祈っていればいい。

 その言葉は甘美で、ゆえにあらがいがたく、ヒカルの脳に染みこんでいく。


(……情けない)


 深い自己嫌悪が、ヒカルを取りまいた。

 情けない。

 戦わずに済んだと安堵している自分が情けないし、それに自己嫌悪しながらも動けない自分が情けない。どうにかヤマトたちが勝ってくれないかと期待している自分が、情けない。




「——ぐっ!?」




 己の世界に没入しかけたところで、ふいに聞こえた苦悶の声が、ヒカルの理性を引っ張り上げた。

 顔を上げれば、黒竜に跳ね飛ばされたレレイの姿が。


「レレイ……っ!?」

「レレイは任せる!」


 なにが起きているのか、思考が追いつかなかった。

 跳ね飛ばされたレレイとは、ちょうど入れ替わるような形で。ヤマトは黒竜のもとへ、猛然と突っこんでいく。

 しばしその背を見つめてから、はたと気がついた。


「まさか、ヤマトは——」

「ひとりで戦うつもりみてえだ」

「そんな無茶な!?」


 誰にでも分かることだ。

 単純に数で比べても、ヤマトたちの戦力は半減している。いかに腕達者なヤマトでも、その道理はいかんともしがたいはずだ。

 ジリと焦りがつのり、悪寒が身体をめぐる。


(私が、私がなんとかしないと……)


 そう思ってみたところで、具体的な手が浮かんでくるわけもない。

 歯噛みするしかできないヒカルだったが、その隣で、アナスタシアはふむと息を吐いた。


「まあ大丈夫じゃねえかな」

「え」

「とりあえず任せてみようぜ」


 なにを考えているのか。

 そう怒鳴りそうになったところで、ヒカルの眼に驚くべき光景が入ってきた。


「な……!?」


 打ち合っている。

 単身躍りでたヤマトが、黒竜を前にして、互角に刃を交えていた。

 別に黒竜が弱ったわけではない。逆にヤマトのほうが、一合ごとに動きを鋭くさせ、徐々に黒竜の動きに喰らいついているのだ。

 すでに彼らの戦いは嵐のごとき激しさにまで到達し、ノアでさえ手出しをためらうほどの様相を呈している。

 ——だが、どうして。


「やっぱり、こうなったか」

「………っ、どういうこと!?」


 わけ知り顔でうなずいたアナスタシアに、噛みつく勢いで問いかけた。

 やや面倒くさそうな顔をしながら、アナスタシアは振り返る。


「どういうことってのは? 見たまんまだろ。ヤマトならあのスライム相手でも、互角に戦うことができている」

「そんなこと……」

「ありえない? まあ単純な力比べだったらそうかもしれねえが、ヤマトは勇者だからな」

「勇者?」


 そうこう言っている間にも、ヤマトの太刀筋は鋭さを増している。

 普通では考えられないことだ。

 だがこのまま行けば、もしかしたら——。

 そんな希望を抱きかけた瞬間のことだった。


「……マズいな」

「え?」


 アナスタシアがぽつりとつぶやく。

 それに小首を傾げそうになったところで、甲高い金属音が周囲に響いた。

 黒竜の刃とヤマトの刀が、打ち合わされた音だ。

 一瞬のうちに舞った火花が、ヒカルの眼に焼きつく。


「思っていたよりも黒竜との差が狭まっていねえ。よく追いあげているが、このままだと——」


 さらに数度、火花が散った。

 眼にも留まらぬ速度で振りぬかれた黒竜の刃を、ヤマトが懸命に弾いたものだ。


「……このままだと?」

「ヤマトが押しきられる」


 ゾワッと嫌な感覚が、腹のうちからこみあげてきた。

 その瞬間。


『———ッ!!』


 刃と刃が合わさる響き。

 だが今度の音は、どこか趣きが異なっているように聞こえた。

 ふと視線を上げれば、刀がクルクルと空を舞っていることが分かる。


(あれは……)


 なにが起きたと、考える必要すらなかった。

 ヤマトの手に刀はなく、対する黒竜は刃を上段に構えている。

 あれはダメだ。


「待っ」


 胸の奥深くで、なにかがガチリと音を立てて合わさった感覚があった。

 ふつふつと熱いモノで身体が満たされていく。

 なかば衝き動かされる形のまま、手中の聖剣を強く握りしめた。


(もう一度、私に力を——)


 視界の隅で、なにかが輝いた。

 だがそれを確かめる暇も、今はない。

 脳内に木霊する声のまま聖剣を上段へ——踏みこみながら、全力で振りぬいた。

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