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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
457/462

第457話

 黒竜に向きなおり、ヤマトは改めて刀を正眼に構えた。

 押し寄せるプレッシャーに萎縮しないよう、深呼吸とともに腹へ力をこめる。


(まずは先手を取る)


 刀を揺らして牽制しながら、黒竜の隙を窺っていく。

 とにもかくにも、先手を取らないことには話が始まらない。馬鹿正直に勝負を挑めば、黒竜の暴力に屈することは必定だろう。

 その考えは、後ろで身構えたノアたちも共有しているはずだ。


「……行くぞ」


 誰かに聞かせるわけではなく、己を鼓舞するひと言。

 ジリッと重心を動かせば、それに応じて黒竜も構えを変えるが——今さら止まる手はない。

 踏みこむ。


『———!』

「させないよ!」


 銃声が響いた。

 ヤマトのダッシュに対して、迎撃の構えをみせた黒竜。だがその腕が振られるよりも早く、ノアが早撃ちをしてみせた。

 ただの鉛の弾丸だが、黒竜の気を惹くことはできたらしい。迎撃の手がわずかに鈍る。


「支援するわ!」

「助かる!」


 リーシャのかけ声とともに、手にした刀がわずかに光った。

 魔の対極にある、聖とでもいうべき属性の光だ。

 さらには空に無数の擬似聖剣が生成され、その刃を黒竜へ向けた。


『なにこれ。痒い』

(少しの間だ、我慢してくれ)


 むずがる刀を、心のなかでなだめる。

 そうしながら肉薄したところで、腰だめに刀を構えた。

 ノアの銃撃とリーシャの聖剣術。それらを前にして対応を迷った黒竜には、ヤマトの機先を制することはできない。


「まずひとつ!」

『———!?』


 横一文字に刀がはしり、黒い滴が散らばった。

 手応えはある。察するに傷は浅いようだが、それでも確かに一撃は通った。

 黒竜が苦悶する。


「退がれヤマト!」


 なにかを考えるよりも先に、身体は後ろへ飛んでいた。

 その後を引き継ぎ、猛烈な勢いでレレイが黒竜へと肉薄する。

 大型魔獣が地を踏みしめたときのような地響き。ズンッと空気が震え、腹の底にまで振動が伝わってきた。

 時間の流れが、一瞬だけ止まる。


「セイッ!!」

『———!?』


 正拳突き。

 踏みこむ勢いと全体重、さらには気迫諸々をも載せた一撃が、まっすぐ黒竜に吸いこまれた。

 岩と岩が激突したような音。

 黒竜の身体が勢いよく吹き飛ばされていく。


「……妙な手応えだ」

「やっぱり普通の攻撃じゃ効かないってことなんだろうね」


 クルクルと空を舞う黒竜を見上げながら、レレイとノアが言葉を交わす。

 べチャリと音を立てて、スライムが地に叩きつけられる——が、すぐにまた元通りの形に戻っていく。

 威力そのものを比べたならば、レレイのほうがヤマトよりもずっと重かったはずだ。だというのに、黒竜は堪えた様子をみせもしない。

 唯一気にしているのは、ヤマトが斬った腹部だけだ。


「やっぱりヤマトが斬るしかないか」


 ノアがつぶやいた。

 もしかしたらヒカルの攻撃も通るのかもしれないが、まだそれを試すだけの余裕がない。

 だが、ひとまずはこれでいい。


(俺の攻撃は通る。危うくはあるが、ノアたちが合わせてくれれば黒竜の動きを抑えることもできている)


 先の交錯を思い返して、確かな手応えを掴んだ。

 さすがにうまくいきすぎた感は否めないものの、ひとつの希望になったことは間違いない。

 ノアとリーシャが牽制し、ヤマトが本命の一撃を。そして諸々の隙をレレイが補佐していく。

 粗削りな連携だが、黒竜に通用した。ならばあとは、ヤツの体力が尽きるまで同じことを繰り返していけばいい。


(このままいけば、黒竜を倒すことも——)


 そう、楽観的なことを思い浮かべた瞬間のことだった。


『——………』


 体勢を立てなおした黒竜が、はるかに離れた間合いから、ギリギリと腕を引きしぼる。

 なにが狙いだ。

 全員が頭に疑問符を浮かべてしまったなか、ヤマトはいち早く、黒竜の意識が誰に向いているのかを察知した。


「構えろリーシャ! 狙いはお前だ!」

「な——」


 黒竜の腕が空を貫く。

 間合いははるか遠く、とても腕が届くような距離ではない。さながらシャドウボクシングのような形で腕を振りぬいた黒竜は——だが全員の予想を裏切り、腕を常識はずれな長さにまで伸ばしてみせた。

 拳打が、矢のごとくリーシャへと放たれる。

 リーシャが咄嗟に身構えることができたのは、ほとんど偶然によるものだ。


「きゃっ!?」

「リーシャ!」


 拳打に押され、リーシャが跳ね飛ばされていく。

 かろうじて致命傷は避けたようだが、あの勢いで飛ばされては、無事でいられるはずもない。

 急いで彼女の様子を確かめたい気持ちを堪え、ヤマトは黒竜に向きなおった。


「ノア、レレイ! 合わせてくれ!」


 このまま黒竜にリーシャの追撃をさせるわけにはいかない。

 彼らの返事を待たず、突っこんだ。

 ヤマトの背を追い越して銃弾が黒竜を穿ったが、はたしてどれほどの効果があったのか。

 確かめる暇もないまま、肉薄。


「しッ!」

『———!』


 大上段に刀を振りかぶり、刃を立てる。

 黒竜としても、明らかな脅威であるヤマトを無視できなかったのだろう。リーシャに向けていた敵意を薄れさせ、その意識をヤマトへと集中させた。

 縦一文字の斬撃を迎え討つつもりか、手中の刃を身体の脇へ。


『止められるつもりなのかな?』

(無理矢理にでも斬る!!)


 刀の邪気に似たモノを引きだし、さらに渾身の力をもって振りぬく。

 会心の一撃だ。

 並大抵の鉄板なら——いや、名工が完成させた大盾であろうとも両断できるだろう一撃。

 だが黒竜は臆することなく、腰もとで刃を構え、振り上げた。

 火花が散る。


「なっ!?」

『……硬い』


 すさまじく硬い手応え。

 思い浮かべていた感覚はなく、代わりにジンと手に痺れがはしった。

 刀を握る手から力が抜ける。


「退がれヤマト!」


 声は聞こえるが、身体は動かない。

 手から始まった痺れが全身をめぐり、ヤマトの足を止めたからだ。

 思うように身動きできなかったところを、横からドンとレレイが突き飛ばしてくれた。

 直後に、ヤマトのいたところを黒竜の刃が貫く。


『———』

「ここは私が抑える!」


 縦横無尽にはしる刃の嵐を潜りぬけ、レレイは黒竜と肉弾戦を演じてみせる。

 間合いの管理、呼吸の読み、一手ごとの力強さ。

 そのすべてが高水準でまとめられたレレイの接近戦は、見事と言うしかない。だが今回ばかりは、相手が悪い。

 さしものレレイでも、黒竜を前にしてはそう長くは保たないだろう。

 焦りが募るなか、ほのかに暖かな光が身体を包んだ。

 ノアの治癒術だ。


「ヤマト、いけそう?」

「……大丈夫だ。力も戻ってきた」


 ちらとリーシャのほうを見やれば、同じ光が彼女の身体に降りそそいでいることが分かった。


(リーシャはすぐには戻れない。なら、ここは俺たちで踏ん張らなくては)


 考えを定めたところで、今度はレレイが跳ね飛ばされた。胸もとに拳打を受けたのか。口端から血がにじみ、眼の焦点も合っていない。

 考えるよりも先に、身体が動いた。


「レレイは任せる!」


 返事を待つ暇もない。

 暖かな光から抜けだし、再び黒竜のもとへ駆けていく。

 レレイへ追撃をしようとしていた黒竜の意識が、再びヤマトへと吸い寄せられた。


『———』

「行くぞ!」


 己を鼓舞しつつ、踏みこんだ。

 即座に黒竜の刃がひらめく。

 冷静に見極めて身を屈めれば、烈風がその直上を通りぬけていく。ならばと反撃を試みたところで、黒竜が次撃を構えていることに気づかされた。


「チッ」


 舌打ちをひとつ。

 二撃目も紙一重のところで避ければ、さらなる三撃目を黒竜は構えていた。

 いよいよ直感に任せて、のけぞる。


「くそっ!」


 必死に足を出して、転びそうになったところをなんとか堪えた。

 が、黒竜にとっては無駄な足掻きでしかない。ヤマトの抵抗を嘲笑うように刃を構え、さらに力をこめる。


(これ以上は避けられないぞ!?)


 死の気配が迫る。

 その恐怖に身体が縛られ——脳の奥で、なにかのスイッチが入った。

 極限まで感覚が研ぎ澄まされる。


「ぬんッ」


 崩れた体勢のまま、刀を一閃。

 盛大に火花が散り、振りぬかれるはずだった黒竜の刃をすんでのところで弾いた。

 だが、まだ窮地は脱せていない。


「舐めるな!」


 続く大上段の一撃に横薙ぎを合わせ、さらなるダメ押しの突きをかろうじて逸らして。

 だがそこで、必死の抵抗も打ち止めだった。


『———ッ!』


 再び大上段からの一撃。

 今度はそれなりの余裕をもって弾いたが——その弾かれた勢いをも上乗せして、黒竜はグルリと腕を回し、下段から刃をひらめかせた。

 二段構えの技。その狙いはヤマトの刀。

 認識できないほどの速度ではしった刃が、ヤマトの手から刀を弾き飛ばした。

 刀がクルクルと回転しながら空を舞う。


(これは、終わったか)


 集中した意識のなかで、黒竜がさらなる連撃を放とうとしている姿をとらえた。

 なにか手はないかと模索し、だがなにも浮かんでこない現実に絶望しかけて。

 刃が迫る。




「——吹っ飛べ!!」




 白光が視界いっぱいに広がった。

 なにが起きたのか、すぐには理解できない。だが閃光の寸前に聞こえた声——ヒカルの声が、あいまいながらも予想を立てさせた。

 徐々に回復する視界で、後ろを振り返る。


「ヒカル、なのか?」

「……よかった。なんとか間に合ったみたいだね」


 消耗し、それでもどこか清々しい表情。

 攻撃の余波で髪を揺らしながら、ヒカルは聖剣を手に、ホッと安堵の息をもらした。

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