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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
456/462

第456話

「——はっ!?」


 深海から急浮上するように、ふいに意識が覚醒した。

 ぐわんと頭の奥でなにかが鳴り響く。

 そのうるささに顔をしかめたヤマトは、徐々に焦点が合いはじめる視界のなか、必死の形相で顔を覗きこんでいたノアを認めた。


「ヤマト、ヤマト! よかった。眼が覚めたみたいだね」

「ノア、か。いったいなにが——」


 薄霧のなかを模索するような心地で、思考をめぐらせようとして。

 ズキンと鋭い痛みが頭をはしった。


「く……っ」

「ヤマト!?」

「だい、じょうぶだ」


 呂律がまわらない。

 だが鋭い頭痛のおかげで、ボヤけていた意識が一気に明瞭になってくれた。

 次いで、意識を失う直前の記憶もフラッシュバックする。


「黒竜はどうなった!?」

「それは……」


 口の代わりに、ノアは視線で応える。

 彼の向いたほうを見やり、ヤマトもそれを理解した。


『———ッ』

「人の形を真似てはいても、人ではなく。されども獣とも言いがたし。厄介な相手だ」


 小人のごとき形状に変化し、ヤマトの意識を一瞬にして刈りとってみせた黒竜。

 それとひとり相対しているのは、ラインハルトだ。

 黒竜の奇抜な戦術に苦戦しながらも、台頭以上に渡り合っている。


「ラインハルト……!?」

「とりあえずはラインハルトが時間を稼いでくれている。その間に、なんとか態勢を立てなおさないと」


 ノアの言葉が、頭に入らなかった。

 ラインハルトと黒竜の激闘。今でこそ均衡が保たれているが、それもやがて崩れるだろうことは想像にかたくない。

 焦る心地のまま、倒れていた身体を起こす。


「すぐに加勢しなければ——」

「まあ待てよ」


 立とうとしたところで、トスッと軽い衝撃がヤマトの肩を押した。

 押されるがまま、乱暴に身体が寝かされる。

 視線をあげれば、手で肩を押さえ込んでいるアナスタシアが眼に入った。


「ちょっとアナスタシア。なにするのさ!」

「こいつに言葉で説明したって意味ねえだろ。こうしたほうが手っ取り早い」

「怪我人にしていいことじゃないって」

「へたに動かれるほうがダルいだろ。違うか?」


 軽い言い争い。

 それを頭上で聞いたヤマトは、そっと肩にそえられていたノアの手から、仄かに温かい光が漏れていることに気づいた。

 治癒の魔導術だ。

 ちらとアナスタシアが視線を落とす。


「そういうことだ。こいつが治療してるから、ひとまずそれを受けてけ」

「だが、今こうしている間にも」

「ヤツなら心配いらねえよ。絶対勝利とかいう加護を抜きにしても、英雄やってけるくらいには強えんだ。今のお前が行ったところで、足手まといにしかならんさ」


 鋭い正論だ。

 わずかにも隠すことをしない言葉は、グサリとヤマトの胸をえぐった。

 思わず黙りこむ。

 その姿に多少は良心の呵責を覚えたのか。どこか気まずげに眼を迷わせたアナスタシアだったが、やがて咳払いをした。


「ま、ともかくだ。今はまだ動けないんなら、その間にやるべきことをやっといたほうがいいんじゃねえの」

「やるべきこと?」

「簡単に言えば、ヤツをどうやって倒すかの相談とかだな」


 “ヤツ”と言いながら、アナスタシアは黒竜を顎で示した。

 互いにわずかな思案。

 だがそれほど間を開けることなく、ヤマトは答えた。


「俺の刀ならば、黒竜を斬ることができる。逆にそれ以外の手では、ヤツに痛手を負わせることは難しい」

「へえ?」

「ラインハルトもなんどか斬っていたが、黒竜には効いていなかった」


 今も戦っている、ラインハルトと黒竜のほうを見ながら言った。

 剣技の応酬だけならば、ラインハルトが優勢だ。駆け引きのことごとくでラインハルトが上をいき、黒竜を圧倒している。

 だが戦いの趨勢は、黒竜に傾いている。

 ラインハルトの攻撃がどれもまったく通用せず、また対照的に黒竜の一撃はラインハルトをたやすく屠れるからだ。

 このままでは、やがて息切れするだろうラインハルトの敗色が濃厚だ。


「だから、早く加勢しなくては」

「言いたいことは分かるが、まだ無理ってもんだ。少しは冷静になれ」


 黙って治療に専念しはじめたノアに代わり、アナスタシアが制止してきた。

 まだ身体は動く。

 だがそれはあくまで、戦いの高揚で理性が麻痺しているからだろう。そのことを自覚しているから、ヤマトはただ溜め息で応えた。


「——そういえば」


 場の重い空気を払拭するべく、アナスタシアが口を開いた。


「なんだ」

「お前だけが黒竜に攻撃できているって話、心当たりがないでもない」

「本当か!?」


 思わず喰い気味に問いかけた。

 アナスタシアはわずかに眼を細めつつ、うなずく。


「お前も似たような話を知っているはずだぜ。なにせお前たちの旅が、そもそもそんな理由で始まったはずだからな」

「なんだと?」

「勇者と魔王の因縁、因果だよ」


 いつだったか、アナスタシアから言われたことを思い出した。


「魔王を傷つけるなんてことは、並大抵の存在にはできねえ。それこそが魔王が魔族の王になりえる理由であり、人の脅威になりえる理由。その唯一の例外というべき存在が、勇者だ」

「それは……」

「誰にも傷つけられない魔王を、勇者だけは殺すことができる。な、知ってたろ」


 やや間を置いてから、うなずいた。

 もちろんだ。

 ゆえにヒカルは魔王討伐の任に縛られ、未熟ながらも過酷な旅路に出ることになったのだから。

 その返事に満足げにしてから、アナスタシアは言葉を続けた。


「それと同じことが、お前と黒竜との間に起きているんじゃねえかな。もちろん、向こうが魔王役でお前が勇者役だ」

「……無茶苦茶な話だ」

「そもそも勇者だの魔王だのって話が、だいぶオカルトが入ってるんだ。そんなこともありえるだろ」


 荒唐無稽な話に、頭がクラクラしてくる。

 だがアナスタシアのほうは、至極真面目に語っているようだ。胡乱げに眼を細めたヤマトに構わず、言葉を続けていく。


「勇者であるってのは、つまり退魔の力を持つってことだ。魔王に代表されるような『魔』、世の脅威を退け、平和を勝ちとる力。その性質を利用すれば、お前の勇者性を強めることもできそうだが……」

「勇者性?」

「より勇者らしく、その特性を引きだせるってことだ。今回にかぎっていうなら、黒竜への特攻とかか」


 言ってから、だがアナスタシアは小首を傾げた。


「……お前の持ってるモノは、あまり退魔って感じはしねえな。むしろ魔そのものっていうか」

「ああ、まあ、そうかもしれんな」

「そいつを変える気はねえか? どうせならヒカルの聖剣を借りるとか」

『——ダメだからね、そんなこと!!』


 ヤマトが答えるよりも先に、頭のなかでけたたましい叫び声が響いた。

 思わず顔をしかめる。


(うるさい。声を抑えろ)

『許さないよ、別のを使おうとするだなんて。そんなの絶対に許さない』

(………)


 まるで子どもの駄々だ。

 だがそれほどにヤマトを見込んでくれているというのは、悪い気はしない。

 漏れそうになる溜め息をごまかしつつ、手で刀の柄を撫でた。


「悪いな。刀以外は握れん」

「ほおん。こだわりってやつか?」

「というより、刀以外の使い方が分からん。槍くらいならば手ほどきされたこともあるが、もっぱら刀ばかり振ってきたからな」


 刀も剣も似たようなものではないか、という表情をアナスタシアは浮かべた。

 だが、それには明確に否と答えられる。

 手にしたときの感覚は無論、その振り方や斬り方などにいたるまでが別物。へたに政権を握ったところで、そこらのなまくらを持ったときと大差ない程度にしか動けないだろう。

 それならば、このまま愛刀を使っているほうがずっといい。


「……そうか。まあそういうこともあるのかもな」


 アナスタシアもその件については深く追及しようとせず、曖昧にうなずいた。


「ともあれ、勇者と退魔との間に深いつながりがあるのは確かだ。それっぽい術式をリーシャに用立てさせるが、そのくらいは構わねえな?」

「ああ。分かった」


 話題に上がったリーシャのほうを見やる。

 リーシャは、クロに囚われ体力を消耗していたヒカルの治療にあたっていたらしい。ヤマトの視線に気づくと、少しホッと安堵の表情を浮かべてから、毅然とうなずいてくれた。

 ヒカルのほうは、兜越しでも分かる不安げな視線をヤマトに送ってきている。

 その視線の交錯をどう読んだのか。アナスタシアもヒカルへ視線を送ると、ややあってからゆっくり首を横に振った。


「ヒカルは……難しいな」

「どういうことだ」

「ヒカルの加護が弱まっている。今じゃ、ほとんど戦うことはできねえよ」


 その言葉に、眼を見開いた。


「加護が弱まっているだと? なぜだ」

「勇者と魔王の因果を作っていたモノ——古代文明の神を、クロが破壊したからだ。アレが作ったシステムも一緒に失われた以上、今のヒカルには加護の残滓しか残ってない」

「……そうか」


 つまり、ヒカルはもう勇者でなくなってしまったということ。

 もともと勇者の使命については消極的だった彼女のことだ。そうなっても深く気に病んだりはしないだろうが、力ない少女には、この場はあまりにも危険すぎる。


(退かせたほうがいいか)


 ちらりとヒカルの隣——リーシャに視線を送った。

 彼女も、ヒカルの加護が弱まっていることは承知していたらしい。ヤマトの視線に気がつくと、小さくうなずいてみせた。

 だがそれは、本人にとって不服だったらしい。


「——私にも、なにか手伝わせて」

「ヒカル……」


 鉄兜を脱ぎ捨て、毅然とした瞳でヒカルは言い放った。

 戸惑いの声をリーシャがあげる。


「……危険だ。それは分かっているだろう」

「分かるよ、分かるけど……。だからってヤマトたちをただ見ているわけにはいかないよ。仲間なんだから」


 威勢のいいことは言っているが、ヒカルの顔色は悪い。

 黒竜がどれほどの力を持っているのか。加護が弱まっていても——むしろ弱まっているからこそ、はっきりと理解できてしまうのだろう。敵の強大さを前にして、隠しきれないほどの恐怖を覚えているようだ。

 それでも、彼女の瞳の光は力強い。


「むう」

「確かに加護は弱くなっているけど、今ならまだ聖剣を振るくらいはできる。勇者の武具なら、あいつにダメージを与えられるんだよね」

「まあ不可能じゃないな。確かに、聖剣の力を一番引きだせるのはヒカルだ」


 ヒカルの主張を、アナスタシアも認めた。

 なおも渋い表情をするヤマトに、ヒカルはさらに言い募った。


「頼りないかもしれないけど、足手まといにはならない。いざとなったら見捨ててくれていいから」

「………」


 本音を言えば、ヒカルが戦うことには反対だ。

 だがヤマトが考えている以上に、ヒカルの決意は強固だ。どれほど時間をかけても、彼女が翻意することはないだろう。

 悩むうちに、状況は進んでいく。


「——ぐっ!」

「ラインハルト!?」


 ハッと視線を上げる。

 これまで黒竜とひとり渡り合っていたラインハルトが、ついに押しきられていた。黒竜の一撃をかろうじて防ぎながらも、踏ん張ることはできず、大きく吹き飛ばされる。

 黒竜の意識が、ヤマトへと向けられた。


「……やるしかないか」


 身体に力を入れる。

 ノアが治療をしてくれたおかげで、ずいぶんと傷は癒えた。万全とはいかずとも、これならば十分に刀を振ることもできるだろう。

 なんどか拳を開閉し、手応えを確かめる。


「助かったノア」

「いいって。それより、ここからは僕も手伝うよ」


 ノアの言葉に、ヒカルとリーシャも続いてうなずいた。

 煩悶とする感情は飲みこみ、刀を構えた。


「分かった。……背中は任せる」


 思い思いの返答。

 その力強さにふっと頬をゆるめてから、改めてヤマトは黒竜に向きなおった。

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