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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
454/462

第454話

(来る——っ!)


 黒竜の身体がぐにゃりとゆがんだ。

 溜めのモーション。

 力強さとは無縁にもみえるスライムだが、その構えから放たれる突進の力強さが途轍もないことを、ヤマトはその身をもって理解している。

 とっさに身構えた。


「案ずるな。俺がやる」

「………」


 対照的に、黒竜を前にして一切慌てた素振りをみせないのがラインハルトだ。

 ゆらりと軍刀を抜き、黒竜に向きなおる。


『———』

「どうした。来ないのか?」


 挑発の意味もこめて、刀の切っ先をチラチラと揺らす。

 その誘いに乗ったのか。

 黒竜の身体がさらに深く沈みこみ——弾けた。


『———ッ!』

「速い。確かに速いが――それだけならば落とせる」


 傍目からでも追えないほどの、突貫。

 だがそれを前にしても臆することなく、ラインハルトは握った軍刀に力をこめた。

 刹那を見切る。


「ふんッ!」


 雷光のごとき一閃。

 ほんの一瞬だけでも遅れていたならば、黒竜を迎撃することもできなかったはずだ。だがラインハルトは、それ以外にないという一瞬を狙いすましてみせた。

 軍刀は下から上へすくいあげる軌道を描き、寸分違わず黒竜をとらえた。

 黒いスライムが、その勢いのままに上空を跳ねあげられる。


「な——っ」

「……手応えが薄い」


 一瞬の交錯を前に、思わず息を飲む。

 だがラインハルトのほうは、軍刀を振りぬいた感覚が思わしくなかったらしい。わずかに顔をしかめ、険しい視線で上空の黒竜を見上げた。


「核がない——いや、想定よりも硬い? いずれにしても、斬撃の通りが悪いならば」


 ベチャッという音とともに、黒竜がクレーターの奥底に叩きつけられる。

 だがその安否を確かめるよりも早く——いや、黒竜を仕留められていないと確信しているのか。ラインハルトは警戒を解かないまま、ふところに手を忍びこませた。


「なにを——」

「火力支援を要請する。座標は送った通りだ。すぐに撃て」


 問うヤマトには構わず、ラインハルトは取りだした通信機の先へ伝えた。

 その言葉の意味を、とっさに理解することができない。

 だがノアのほうは違ったらしい。ハッとなにかに気づいた様子で、あたりを見渡した。


「まさか……!?」

「このあたりに危険はありませんが、光と衝撃が届くかと思われます。お備えを」

「無茶するよねまったく!」


 吐き捨てた勢いのままに、ノアはヤマトたちへ声をあげた。


「駅近くに待機している部隊が、ここに砲撃をしてくる! とにかく衝撃に備えて!」

「砲撃だと!?」


 詳しい事情を聞く暇もなかった。

 地平線の先が一瞬だけ輝き、次いで空気が重々しく震える。


「あれは……」

「——伏せて!」


 ノアの叫び声。

 問い返すよりも早く、身体が地に伏せていた。確かめることはできなかったが、ヒカルたちにしても同様だろう。




 衝撃。




「ぐっ!?」

「これは……」


 ひとつだけと思われた衝撃が、続けて何発も届いてくる。

 それに必死に耐えていると、呆然としたノアのつぶやきが自然と耳に入ってきた。

 だが彼がそうなってしまうのも、無理ないことなのかもしれない。

 砲弾の嵐だ。

 どこから撃たれているのか。それすら分からないほどの遠距離から、延々と砲弾が降り注いできている。

 その着弾点はすべてクレーターの底。まだ衝撃から立ちなおれていない黒竜に向けて、鉛の雨嵐が降りそそいでいた。

 クレーターが、さらに深く大きくなっていく。


(これほどの砲撃。普通ならば、跡形もなく砕けているはずだが)


 そう考えてはいるものの、本心では信じていないことを自覚した。

 眼を凝らし、クレーターの底に立ちこめる土煙を睨みつける。

 緊張の高まる静寂。

 ややあってから、おもむろにラインハルトが口を開いた。


「仕留められなかったか」

「あれは……っ」


 土煙が晴れていく。

 記憶にあるものよりも、ずいぶんと深くなったクレーターの底。湿った土を巻きあげながら、黒竜の姿があった。


『———……』


 数多の砲撃にさらされたからだろう。かつて餅に似た形をしていた黒竜は、今やズタズタに崩れてしまっている。

 だが死んではいない。

 それどころか、見ている間にも元の形を取り戻していた。


「回復しているのか?」

「……というより、効いていなかったのかも」


 衝撃波にさらされているときとは一転して、暗い表情をしたノアがつぶやいた。

 効いていない。

 信じがたくはあるが、なにごともなかったかのようにいる黒竜を見るかぎり、まったくの見当違いと切って捨てることもできない。

 嫌な雰囲気のまま黙ってしまうヤマトたちに、顔に土汚れをつけたアナスタシアが近づいてきた。


「スライムって生き物は核さえ潰せれば死ぬ。逆に言えば、核を傷つけられないかぎりは話にならないってことだ」

「核、か」


 言われて、再び眼を凝らした。

 黒いスライム。その身体はすべてが黒いゲルでできており、その内部を見通すことはとてもではないができない。

 当然、核がどこにあるかを探ることもできない。


「場所に見当はつくか?」

「いやさっぱり。普通のスライムなら、多少身体を削ってやれば見えてくるんだけどな」


 だが帝国軍の砲撃を受けてなお、黒竜はその核を露出させることはなかった。

 威力がたりなかったのか。

 速度がたりなかったのか。

 それとも、そもそも攻撃が通る道理などないのか。


「……ならば、無理にでも斬るまで」


 小さなつぶやき声が聞こえた。

 瞬間、ラインハルトがふっとかすむ。

 やっとの思いでその姿をとらえれば、ラインハルトは一直線に黒竜のもとへ駆けていた。


『———ッ』

「押し切る」


 交錯。

 数瞬前の光景を焼きなおすように、ラインハルトの軍刀によって黒竜が跳ね飛ばされた。

 黒竜もすぐに体勢を立てなおすものの、反撃に転じる前にラインハルトはさらに間合いを詰めていく。

 さらに、交錯。


「速い……ッ」

「さすがは英雄ってとこか。だが……」


 アナスタシアの表情が曇った。

 彼女が言わんとすることを、ヤマトは無言のうちに理解した。


「効いていないか」

「ああ。あれじゃいくら押しても意味がない。いずれラインハルトの体力が尽きて、そこで終わりだ」


 アナスタシアが言うことは、ラインハルトも理解しているはずだ。

 だが彼からしても、今は攻めるしかない。いずれ息切れすると分かっていても、手を休めてしまえば、黒竜が反撃してくるからだ。


(なにか手を打たねばならない。だが、いったいどうすればいい)


 いくら考えてみても、ヤマトの頭に妙案はなかなか浮かんでこない。

 そうこうしている間に、ラインハルトは徐々に劣勢に立たされていく。彼の動きが悪くなっているのではなく、黒竜の動きが秒ごとによくなっているのだ。

 ジリジリと焦るが募っていく。


「……いや。もし黒竜が魔王の因果を継いでいるのだとしたら、あるいは——」


 アナスタシアがなにかをつぶやく。

 だがそれに気を向けたところで、黒竜と戦っていたラインハルトがついに押されたところを目の当たりにしてしまった。

 スライムの体当たりに押されて、体勢がぐらりと崩れる。


「ラインハルト!」


 ノアが叫ぶ。

 その響きを耳にした瞬間に、ヤマトの身体は動いていた。

 腰もとの刀に手をかけ、その力を思いきり引きだす。


(力を貸してもらうぞ!)

『いいよ、殺っちゃえ!!』


 刀の声に応えて、一気に刀を振りぬいた。

 瘴気の刃が空をはしり、ラインハルトへ詰めの一撃を繰りだそうとしていた黒竜へ殺到する。

 その一撃で勝負を決そうとは考えていない。

 だがラインハルトが体勢を立てなおすくらいの時間が稼げればと、考えていたのだが。


『———ッ!?』

「これは……」


 瘴気の刃が、黒竜を斬る。

 その一撃を前にして、黒竜は苦悶の叫び声を響かせた。

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