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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
449/462

第449話

 クリスタルを包んでいた光が、ふいに消えていく。

 どこか幻想的で美しくもある光景。それを前にして、呆然と虚空を眺めるしかできなかった『白』だが、やがてその横面に憤怒を浮かべた。


『——人間! 貴様ッ!!』

「そう怒らないでくださいよ。もともと置き物同然だったモノが、正真正銘ただの石になっただけのこと。あなたが激昂することはないでしょう?」

『戯言を吐かすなッ!』


 『白』がその怒りに任せて吠える。

 直接向けられているわけでないヤマトのほうが、その迫力に身を震わせてしまうほどだ。だが当人であるクロは相変わらず飄々とした態度で、少しも臆した様子はみせなかった。

 渾身の力を溜めるべく、『白』の流麗な身体がしなり、空でトグロを巻く。


「おや。やるつもりですか?」

『死をもって罪をあがなえ人間ッ!!』


 一瞬だけ溜めて——ブレス。

 ハッと気づいた瞬間には、『白』の顎から閃光がほとばしった。続いて『赤』をはじめとする他の竜たちも、次々にブレスを見舞っていく。

 合わせて五撃。

 いずれも至高の名を冠する竜が放った、渾身のブレス。ただの人間でももちろん、この大陸にいる生物ではおよそ耐えられない威力だ。

 だがそれを目前にしながらも、クロに焦りの色はない。


「やれやれ。せっかちですね」


 ゆらりと手を掲げる。

 次いで手のひらに、魔導術の前兆である淡い光が立ちのぼった。


「リハビリというには、いささか刺激が強すぎる気はしますが。なんとかやってみましょうか」

「なにを——」


 術を発動させたクロの前に、一枚の防壁が浮かびあがった。

 その程度の壁で、竜たちのブレスを防げるものか。

 叫びたくはあったが、そうする暇もない。ただ眼を見開くことしかできないヤマトたちの前で、都合五つのブレスが殺到し——、

 いともやたすく、防壁にさえぎられた。


「な……っ!?」


 にわかには信じがたい。

 だがその想いは、ブレスを放った竜たちのほうが大きかったことだろう。


『我らの攻撃を!? 貴様なにをした!』

「なにをしたって? ただ防いだだけですよ。避けるのは面倒だったので」

『ありえない! それは人の身に宿せる力ではないぞ!』

「……やれやれ。自身らの優位を疑おうともしないのは、主譲りの傲慢さですね」


 溜め息をひとつ。

 興味一切を失ったような素振りで、クロは竜たちに向けて手を払う。


「もういいです。ひとまずリハビリは終わりました」

『ふざけたことを——』


 竜の怒号を無視し、指をパチンと鳴らす。

 瞬間。

 まるで竜たちの時間が止まったかのように、彼らの動きが停止してしまった。


「これは……」

「いい加減、うるさかったので。少し黙ってもらいました」


 ただそれだけの説明をもって、竜たちの話を終わらせて。

 状況を今ひとつ理解しきれていないヤマトたちのほうへ、クロは向きなおる。


「長らくお待たせしてしまいました。あなたたちには、これまでいくつも計画が台無しにされてきましたからね。ぜひ挨拶をと思っていたのですよ」

「……はっ、光栄なことだ」

「今回も、あなたのせいで危うく失敗するところでした。赤鬼さんと青鬼さんを突破してくるばかりか、まさか私のもとに一番早く到着するとは」


 ひとまず、会話をするつもりがあるのだろうか。

 どう応対するべきかと迷いつつ、まずは目の前の疑問を解消することにした。


「……その石が、神だと言ったな」

「より正確には、神が現世を管理するために作った子機——分身のようなものです。今となっては、なんの力も残っていないただの石ですけどね」

「力が残っていない?」

「ええ。あの竜たちが茶々を入れている間に、こっそりと回収することができまして」


 察するに、クリスタルを包んでいた光こそが、その神の力とやらだったのだろう。

 ヤマトが危惧していた、クロによるなんらかの工作。それが『白』をはじめとする竜たちが乱入する間に、まんまと果たされてしまったらしい。

 忸怩たる想いのままに、唇を噛みしめる。

 そんなヤマトの内心を知ってか知らずか。クロは浮かれた様子でさらに言葉を重ねていく。


「かつて栄華を極めた古代文明。その末期にて計画され、そして製造されたモノが“あれ”です。人の手によって神を作り、神による完璧な統治を実現させる」

「人の手で神を、か」

「滑稽なものでしょう? 旧時代的な信仰を捨て、人の手によって発展を遂げてきた文明が、最後には神にすがろうとしたなんて」

「……さあな」


 どうでもいい話だ。

 ノアあたりが聞いたならば色々と思案をめぐらせたのかもしれないが、あいにくとヤマトは、考えるよりも先に手が出るタイプの人間だ。

 かつて人が作った神——人工神とでもいうべきか。それがどういった類のモノであるかなど、今は考察するときではない。

 ゆるみかけていた手の力をこめなおし、再び刀の刃を立てる。


「——それで」


 なおも語ろうとするクロを、ひと言をもって制止した。


「それで、お前はその神を呼び出し、そして殺して。なにをやろうとしている?」

「へえ?」

「ただ力を手にしただけで満足する性質ではないだろう? なにか目的があるはずだ」

「……クククッ。いいですね、実にいい。話が早くて助かりますよ」


 怪しげな笑みをひとつ。

 緊張感のままに目を細めたヤマトだったが、クロの視線はその後方——力なく座りこんでいたヒカルへと転じた。


「ヒカルさん。先程の話を覚えていますか」

「……さっきの」

「ええ。このふざけた勇者ごっこなんてやめて、もとの世界に帰りたくはありませんか?」


 ヤマトには、クロがなにを言おうとしているのかは理解できない。

 だが様子を窺うに、ヒカルのほうは違ったらしい。

 ハッとなにかに気づいた様子で、顔を上げる。


「まさか……」

「頭のなかで響いていた声。もう聞こえなくなったでしょう。それがなにを意味するのか、あなたならば理解できるはずです」

「……そう、か」


 ゆらりと。

 天使が勇者を導くように。あるいは、悪魔が勇者を惑わすように。

 クロはヒカルに手を差しのべた。


「協力してください。このふざけた世界を飛び出して、もといた世界へ帰るために」

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