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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
445/462

第445話

 はるかに空高く。

 何者の視線をも通さないだろう、分厚い雲海のさらに上空。そこを悠然と飛翔する影が五体いた。

 すなわち、『至高』の名を冠した竜たちである。


『……なにも現れぬな』

『やっぱり『白』の勘違いだったんじゃねぇの? あいつ、結構意味深なことを言いたがるやつだし』

『そんなことは——!』

『でも、なにも出てこねえじゃん』

『それは、そうだが……』

『もうそろそろ引きあげたほうがいいんじゃねえの? 俺たちが一箇所にいるのも、あまりよくないって話だし』


 今にもあくびをもらしそうなほど眠たげな『青』と、痺れを切らして言葉尻が荒くなっている『赤』。

 彼らの好き勝手な物言いに『白』は反論しようとしたものの、すぐに黙らされてしまった。

 そんな言い合いを見かねてか、『黄』が面倒くさそうに溜め息をもらす。


『あまりゴタゴタ言うなよ。君だって、納得して協力したことだろう?』

『だけどなあ』

『べつに無理に協力しろって言ってるわけじゃないんだ。嫌なら、君は抜けてしまえばいい』

『……ちっ』


 結局、『赤』も本気で文句を言おうとしていたわけではなかったのだろう。

 『黄』がそうたしなめれば、見るからに渋々という様子でありながらも、舌打ちひとつをこぼして顔をそらす。

 ひとまず、嵐は去ってくれた。

 そのことに内心で安堵しながらも、『白』は『白』自身で迷いを抱く。


(だが、『赤』の言う通りだ。このまま見張っていたところで、なにか成果が得られるものか)


 『赤』が痺れを切らしたのも、決して彼が短気なことだけが理由ではない。

 『白』をふくめた五体が空を飛ぶこと、早数時間。

 それほどの時間を費やしておきながら、彼らはひとつの成果すら挙げることができていなかったのだ。

 『赤』が率先して文句を言ったからこそ、他の竜たちは冷静さを保つことができた。だが“赤”がいなかったならば、また別の竜が口を開いていたことだろう。

 逡巡する。


(ここが潮時か)


 “あの方”の——『白』にとって主であり親であり神である存在のことは、確かに気になる。

 だが、なにをおいても優先する——というほどではないのかもしれない。


(あまり長々とつき合わせるわけにもいかん。もうひとめぐりしたところで——)


 解散しよう。

 そう考えを改めた瞬間のことだった。




『———ッ!?』




 鱗にヤスリをかけられたような感覚。

 ゾワゾワとした痒みが首の周囲をはしり、妙なほど落ち着かせない気分になる。

 そしてそれは、『白』だけが覚えたモノではなかったらしい。


『これは……』

『ふむ。始まったようだな』

『風が——大地が騒ぎだしている? いったいなにが起きたというの』

『ハッ。ようやくかよ』


 警戒する『青』や『黄』と、どこか怯えもにじませる『緑』。彼らとは対照的に、嬉しげに不敵な笑みを浮かべてみせた『赤』。

 三者三様の反応をぐるりと見渡して、『白』はこの感覚が、単なる気のせいではないことを確信した。

 ふぅっと息をもらす。


『方角は——南方か。距離はそれほど遠くない』

『行くか?』

『焦るな『赤』。先走れば、帝国のときの二の舞となるぞ』

『……ちっ』


 『青』が制止する。

 その言葉を耳にしながら、『白』はさらに感覚を研ぎ澄ませていく。探るのは当然、この騒々しい気配のもとについてだ。


(数は……二か、三か? 詳しくは分からんな)


 さらに探ろうとしてみても、妙なほどに感覚が遮られているようだ。

 何者かが術かなにかで、『白』たちの知覚をも惑わしているのだろうか。そんな芸当ができるというだけで、驚嘆に値するのだが——、

 それ以上に、『白』の気を惹いてやまないモノがひとつ。


(これは、“あの方”なのか?)


 薄っすらと。

 意識しなければ感じ取れないほどの希薄ではあったが、それでも確かに。『白』が探し求めていた“あの方”の気配が感じ取れる——が、あまりにも弱々しい。

 ざわりと胸が騒いだ。


(なぜだ。なぜこれほどまでに“あの方”の気配が感じられない。“あの方”はもっと超然として、圧倒的な存在感を放っていたはず)


 考えて、すぐに答えは浮かんでくる。

 だが、『白』の思考はそれを受け入れようとしない。

 すなわち——“あの方”が、何者かによって窮地に立たされているなどという可能性を。


(なんだ、いったいなにが起きている。なにがどうなって——)


 グルグルと思考はめぐるが、なにか明瞭な答えが浮かんでくるわけもない。

 次第に焦り、ほとんど意味のない思考の空回りを数回続けたところで、


『——なあ、行かねえのかよ』


 再び痺れを切らしたのか。『赤』が口を開いた。

 若干の苛立ちを自覚しながら、『白』は応じる。


『逸るな『赤』。なにも分からないまま突っこむのは危険だ。もう少し慎重に——』

『んなこと言っても、ここにいちゃなにも分からねえだろ』


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 『赤』がそれを言ってみせたことより、自身がそんな単純な反論を予想もできなかったことに、『白』は愕然とする。

 それほどまでに、自分は冷静に物事を考えることもできなくなっていたのか。


『……『白』』

『あぁ、分かっている』


 『黄』に言われるまでもない。

 今『赤』が言ってみせた通りだ。ここでウダウダとしていたところで、なにか妙案が浮かぶわけでもない。ならば状況を確かめるという意味でも、ひとまず現場へ向かってみるべきだろう。

 腹をくくる。


『——行くぞ』


 『白』の言葉に、他の四体がそれぞれの反応を示す。

 そのなかで一番目立っていたのは、やはり『赤』だろう。


『よっしゃ! ようやく暴れられるぜ』

『大丈夫なの『赤』。あなた、怪我もようやくふさがったばかりじゃない』

『心配すんなっての。いざとなりゃ骨だけになっても暴れまわってやるよ』

『そういうことじゃないわよ』


 一堂は溜め息をもらす。

 だがそんな無謀にもみえるほどの前向きさは、今のような状況であれば頼もしくもある。

 そう内心でだけ感謝しながら、『白』は気配が感じられる方角に頭を向けた。


(“主”よ、どうか今しばらくお待ちください)


 その“主”に自分がなにを求めているのか、いまだ判然とはしないまま。

 『白』は勢いよく翼をはためかせ、空の風に乗った。

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