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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
440/462

第440話

「……このあたり、のはずだが」


 どこを見ても草原が広がるばかりで、変わりばえのしない景色。

 吹きぬける風を前にして感傷を抱くこともなくなったのは、その光景にさすがに飽きたからか、それともやらねばならない使命の重みに心が麻痺しているからか。

 もはや感動よりも疲れが色濃くにじんでいる溜め息をもらし、ヤマトは小高い丘から周囲を見渡した。


(駅から歩いて小一時間。距離と方角からすれば、確かにここのはずだ)


 ヤマトが思い浮かべているものは、よみがえった記憶のなかにある決戦の地だ。

 理性を失い暴走する魔王と、その脅威を前にして人が変わったかのように強さを増した勇者。彼らふたりが激突した地が、ここにあるはず。

 だがいくら見渡してみても、ヤマトの眼に映ってくるものは長閑な景色ばかり。魔王と勇者が戦ったときのような、深いクレーターが刻まれている様子もどこにもなかった。


(まだなにも起こっていないからか? それとも、俺の見た光景がただの幻だったということか——)


『それは違うよ』


 ふいに、頭のなかに童女の声が響いた。

 唐突すぎる言葉に肩がピクリと跳ねあがったが、やがて脱力するとともに溜め息をもらす。


「……どうやら、まだ話す力はあるようだな」

『ふんだ』


 拗ねたような口調。

 だが赤鬼との戦いで見せていた、暴力的で陰のある姿が鳴りを潜めていることに、ヤマトは内心で安堵した。

 なだめるように刀の柄を撫でつつ、改めて視線をめぐらせる。


「違うというのは、どういうことだ?」

『……幻なんかじゃないよ。ここで戦いがあったのは、本当のこと。ちゃんと覚えているもん』

「覚えている、か。心強いことだ」


 うなずく。

 時間遡行を経たことによる記憶改竄。ヤマトはかろうじてその影響を脱せつつあるが、刀の口ぶりからは、そもそもそうした改竄を受けていないことが察せられる。

 人ならざる身ゆえにまぬがれたのか。それとも、まったく別の理由があるのか。

 詳しいところまでは分からないが、好都合なことには代わりない。


(——それに、この場所には確かに“ナニカ”の気配がある)


 すっと、ヤマトの眼が鋭くなった。

 一見しただけでは、なんの変哲もない草原の一角。だが、それだけではないモノも感じられる。

 ヤマトの雰囲気が変容したことを悟ってか、刀が声をあげた。


『どうするの?』

「……さて、どうするかな」


 わずかに言いよどんだのは、ここにいる者がヤマトだけだったからだ。

 もしもノアやアナスタシア、リーシャにレレイらがいたならば、逡巡することなく探索していただろう。

 だが彼女らは、まだこの地には来られていない。


(待っていれば、アナスタシアたちはきっと来るはずだ。だがあまり悠長にしていては、ヒカルがどうなるか分かったものじゃない)


 そっと、憂鬱げに溜め息をもらす。


「やはりノアにも伝えておくべきだったかな」


 ノア。

 彼はヤマトと別行動をとり、なにやら密命を受けているらしいラインハルトの動向を探っていた。

 様々な勢力が入り乱れ、一寸先を見通すこともできない状況だ。そのなかでも帝国軍の重要度は高いため、彼がその動きを探ることの意味も大きい。そう判断したから、ヤマトもノアも別行動をとることに異存はなかったし、今もまだ軍の内部にいるはずだが——、

 肝心なときに戦力が欠けてしまうという面は、やはり気になってしまう。


『弱気になってるの?』

「まさか。ただ面倒だと思っただけだ」


 本当ならば、十分に戦力を整えてから仕掛けたかったところだが。

 諦めの吐息をひとつ。

 刀の柄に手をかけ、ゆっくりと歩を進めていく。


(グダグダとくだを巻いて、相手に万全の用意を整えさせてやる義理もない)


 眼で見渡す——妙なものは映らない。青々と茂った草が広がっているばかりだ。

 耳を澄ませる——なにも聞こえない。風が吹きぬけるだけで、獣の吐息ひとつすらなかった。

 それでも、“ナニカ”の存在だけは感じる。


(——斬れるか?)


 心が揺らぎかける。

 その弱みを踏み潰すように、刀が声をあげた。


『私ならなんでも斬れるよ』

「……ずいぶんと強気だな」

『本当のことだから』


 ふっと小さな笑い声がもれた。

 おかげで、心に差しかけていた弱気がすっと退いてくれる。


「そうか。ならば、信じてみるとしよう——」


 鯉口を切る。

 腰を落とし、重心を低いところで定めた。

 深呼吸をひとつ。

 五感を閉ざし、第六感でとらえた“ナニカ”の輪郭を脳裏に描いていく。


「そこだ」


 刃を滑らせた。

 傍目からは、ただ虚空を薙いだようにしか見えなかったことだろう。

 だがヤマトの腕には、確かな手応えがあった。

 はらりと暗幕が落とされるように、なにごともなかったはずの光景が崩れていく。




「……まさか、こんな強引に私の結界を破るだなんて。つくづくあなたには驚かされますよ」




 パッと見渡したかぎり、人影はふたつ。

 クロと青鬼。

 おそらくは今回の事態の鍵を握っているだろうふたりが、ヤマトの前に立ちはだかっていた。

 振り切った刀を手もとに戻し、正眼に構えなおす。


「どうやら当たりだったらしいな」

「当たりも当たり、大当たりですよ。本当に嫌になりますね」

「御託はいい。ヒカルをどこにやった」


 答える代わりに、クロは視線だけを背後に向けた。

 そちらをチラと見やれば、彼らの背後に黒いドーム——おそらくはクロ手製の結界が貼られていることに気づく。


「……そのなかか」

「えぇ。私たちの計画の都合上、彼女には少々協力していただかないとならないので」

「解放してもらうぞ」

「そうはいきません。ので——」


 これまで喋り続けていたクロに代わって、青鬼が一歩前へ出た。

 腰もとにあった騎士剣を手にし、優美な構えをもってヤマトに相対する。


「ここからは、僕が相手をしよう」

「………」

「君からしたら、僕の相手なんてしていられないだろうけどね。僕らにも都合がある。せいぜい時間稼ぎをさせてもらうよ」

「面倒な」


 短く吐き捨てた。

 クロの側近のひとりにして、元聖騎士ジーク。過去に勝利したことがあるとはいえ、彼の脅威が減じるということはない。

 剣術と魔導術を高いレベルで組み合わせるのみならず、聖剣術という奥の手までを秘めている騎士だ。甘く見てはいけない。

 静かに闘志を昂らせるヤマトを前にして、クロはじりじりと後ずさっていく。


「おぉ怖い怖い……。それでは青鬼さん、こちらは任せましたよ」

「あぁ任された。クロのほうも、そっちは任せたよ」

「えぇ。私たちの悲願のため、ここでしくじるわけにはいきませんからね」

「待て。どこに——」


 問いただしたいことは無数にある。

 だがそれをヤマトが口に出すよりも先に、クロは背後の結界へと歩み寄り——そのまま内部へ溶けこむようにして、姿を消してしまった。

 後に残されたのは、ヤマトと青鬼のふたりだけ。


「………」

「………」


 互いに眼を見合わせる。

 悲哀の鬼面で素顔を隠してはいるが、青鬼の眼が本気であることは疑いようもない。刺さるほどの鋭い剣気を浴びて、肌が一気に粟だっていく。

 手のなかにジットリと汗がにじんでいることを自覚しながら、ヤマトは口を開いた。


「あくまで、退くつもりはないらしいな?」

「当然。ここが正念場だからね」

「……ならば容赦はしない」


 腹をくくる。

 リーシャの兄だとか、かつて戦った際に心を交わした記憶だとかを捨て去り。ただひとりの敵としてのみ、眼前の男を見定めた。

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