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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
436/462

第436話

 刀をわずかに引き抜く。


『殺ろう! 殺っちゃおう! 私もうお腹空いて我慢できないよ!』


 刀身があらわになった瞬間、刀から伝わる思念が一気に強くなった。

 どういう理屈かは分からないが、童女の声がガンガンと頭のなかで響く。そのうるささに顔をしかめたヤマトは、たしなめるように刀の柄を叩いた。


(うるさい。静かにしろ)

『いいじゃんいいじゃん! あなただって、もう興奮が抑えられないでしょ!?』


 「一緒にするな」と声を大にして主張したいが、そうしている暇はなさそうだ。

 ヤマトの視線の先。

 腰もとの刀を同じように引き抜いた赤鬼が、ゆっくりと得物を正眼に構えていた。


「……貴様」

「む」

「ずいぶんと物々しいモノを手にしているな」


 仮面越しに、赤鬼の視線が一段と鋭くなったことを悟った。

 彼も一廉の戦士だから、ヤマトの持つ刀がどうやら尋常でないことに気づいたのだろう。その視線は刀を警戒するようであり、また忌避するようでもあった。


「知っているのか」

「むしろ貴様のほうは、ろくに知らないくせにそれを持っているのか。豪胆なことだ」

「………」


 嘲るというよりも、むしろ感心するような口振り。

 そのことに違和感を抱いたのもつかの間。「余計なことを喋りすぎた」とでも言うように、赤鬼は軽くかぶりを振る。


「貴様がそいつの闇に飲まれるのが先か、俺が斬るのか先か。叶うならば楽に死なせてやりたいところだが」

「余計な世話だ」

「ククッ、だろうな」


 ふいに、赤鬼からすさまじい剣気が放たれた。

 触れるだけで肌が裂けそうになるほどの威迫。それなりに修練を積んだ者でなければ、ただ気迫にあてられただけで戦意を失せさせていたことだろう。

 念入りに丹田へ力を送りつつ——一方でヤマトは、奇妙な感覚に内心で首を傾げた。


(どこかでいちど相対したことがあるのか? 妙になつかしい気がするが……)

『———? そりゃそうだよ。一回戦ったことがあるもん』

「なに?」


 戸惑いのあまりに、思わず声がもれた。

 赤鬼は怪訝そうにこちらを見つめているが、それには構わない。ヤマトの意識は、手にしたままの刀へと向けられていた。


(どういうことだ)

『どういうことって? 私とあなたで戦って、あとちょっとだったのにあいつ逃げたんだよ。もう忘れちゃったの?』

(……そうか)


 ただの戯言。

 そう切り捨ててしまえないほどに、刀の言葉に納得している自分がいた。

 刀を握った瞬間にフラッシュバックした、いくつもの光景。そのなかでヒカルがこぼしていた「時間遡行」という言葉。

 なにがあった。


「く——っ」


 ズキンと、頭になにかが刺さるような痛みがはしった。

 一瞬だけ視界が真っ赤に染まったものの、呼吸が落ち着くにつれて元通りに戻っていく。


『大丈夫?』

(問題ない。それより、来るぞ)


 まだ頭の奥に鈍痛は残っている。

 だが、それに気を取られている余裕はなさそうだ。


「——ふぅ」


 相対する赤鬼の気迫が、一瞬だけ萎んだ。

 戦意が失せたわけではない。むしろその逆。意気を極限まで収縮させ、己の内側に溜めこんだのだ。


(来る——!)


 身構えた。

 どんなにわずかな初動であっても見逃すまい。そう眼を凝らしたヤマトの、視線の先で。

 ふっと赤鬼の姿がかすんだ。


『右だよ!』

「シャッ!!」


 刀から警告の意思が飛ぶのと、ほぼ同時のことだった。

 いつの間にか肉薄していた赤鬼が、その勢いのままに刀を振り抜く。

 そしてそれを、なかば予知していたかのようなタイミングで——ヤマトの足が半歩後ずさっていた。

 胸もとを、赤鬼の刀が空振っていく。


(避けた?)


 我がことながら、にわかには信じがたい。

 戸惑いながらもカウンターの一撃を繰り出さんとすれば、赤鬼はするりと間合いを離してしまった。

 再び、当初の間合いへ戻る。

 数秒ほど遅れて危険にさらされたことに気づいたのか、心臓がバクバクと早鳴り始めた。


(なんだ今のは!?)


 その叫びがなにに向けられたモノなのか、ヤマト自身も理解することはできなかった。

 人間離れした赤鬼の技。

 その動きに、ヤマトよりも早く反応してみせた刀の声。

 そして——それらに一拍の遅れを取りながらも、およそ最適な回避行動をしてみせた自分の身体。

 いったいなにが起きた。


「妙な男だ」

「………?」


 グルグルと思考が空回りする。

 考えが浮かび、まとまりそうになっては散っていく。それを数度繰り返したところで、ヤマトはいちど理性を停止させることにした。

 代わりに、口を開いた赤鬼へ向きなおる。


「なにが言いたい」

「若さの割りにはよく鍛えている。青が遅れをとったという話も納得はできる。……だが所詮はその程度。先程も俺の動きに反応できているようには見えなかった」

「………」

「だというのに、避けられた」


 つとめて無表情でいようとするヤマトを嘲笑うように、赤鬼は鼻を鳴らした。


「理由はその刀か? 持ち主に力を与える呪物の噂は、聞いたことがあるが」

「さてな」

「答える気がない——というよりも、貴様自身も知らないのか。ならば、問うたところで無駄か」


 赤鬼の手に力がこめられたと、確認する暇もない。

 気づいたときには、赤鬼の身体はすぐ眼前にあり、刀を構えていた。

 そしてその胸もと目がけて、ヤマトの身体は刀の切っ先を突きこんでいる。


「———!」

「ちっ。やはりやりづらい……」


 突き自体は、難なく避けられた。

 さらに追撃をする間もない。赤鬼は再び滑るように間合いを離していく。

 ほっとひと息入れようとしたところで、赤鬼の足が止まる。


「これならばどうだ」

「くっ!?」


 気を抜く暇もない。

 一歩だけ離れた間合いから、赤鬼の刀が大上段へ振りかぶられた。肩と腕、そして指先までをさながら鞭のごとくしならせ、刃をはしらせる。

 見た目以上の威力をこめられていることは、想像にかたくない。

 濃密すぎる死の気配。


「舐めるなッ」


 だがまたしてもヤマトの身体は勝手に動き、斬撃を対処しようとする。頭上の刃の横っ腹を、渾身の力で薙ぎ払った。

 火花が散る。


「ちっ」


 苛立たしげな舌打ちをひとつ。

 ひとまず仕切りなおすべきと判断したのだろう。赤鬼は今度は不意を討とうとせず、素直に間合いを離していった。

 その姿を見送りながら、ヤマトはジンと痺れる指を軽くこすった。

 そうしながら考えるのは、当然ながら、理性の制御を越えて動く自分の体のことだ。


(何者かが身体を操っているような感覚はない。どちらかといえば、長い修練の果てに動きが染みついたときに近いか)


 不快感はない。

 むしろ心地よさを覚えているくらいだ。


(お前がなにかしたのか?)

『なんのこと?』

(……そうか)


 念のためにと刀に問いかけてみるが、肯定の返事はなかった。

 そのことに安堵感に近いモノを覚えるが、顔には出さないでおく。

 今の状態がどのようなものだったとしても、ひとまず好調であることに違いないのだ。ならばここは素直に、その恩恵を受け取っておくべきだろう。


「……評価を上げなければならないな。クロに話は聞いていたが、それ以上だ」

「ずいぶんと買われたものだ」


 ふいに赤鬼が口を開いた。

 視線にこめられた戦意の質が変わっている。あくまで上位者としてヤマトを確実に勝とうとしていたモノから、対等な立場として勝利をもぎ取ろうとするモノへ。


「三合。貴様は凌いだだけでなく、そのたびに動きを研ぎ澄ませていた。気づいているか? 数分前と今とで、ずいぶんと己が様変わりしていることに」

「………」

「単なる成長というよりも、もはや変異や変革の類といったほうがふさわしいだろう。まったくの別人に変わっていくように、貴様の存在が変わっていく。それが貴様自身の資質ゆえか、あるいはクロの言う“時渡り”ゆえかは知らんが——」


 “時渡り”。

 赤鬼の口から出てきたその言葉に、ヤマトは興味を惹かれる。

 だがそのことを問いただす間もなく、赤鬼は刀を掲げた。切っ先はまっすぐ、ヤマトの喉もとへ向けられている。


「いずれにせよ、貴様はここで斬る。どのように化けたところで、ここから生きながらえることはないと思え」

「……嫌われたものだ」


 にじむ脂汗の感覚を、軽い言葉でごまかす。

 高まった緊張感が、真綿のようにジワジワとヤマトの喉を締めつけてくる。それにあらがうべく深呼吸をして、荒ぶる鼓動を落ち着かせた。


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