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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
434/462

第434話

 荒凉とした平原に、半球型の結界ができていた。

 十メートル四方ほどの空間がすっぽり収まるほどの大きさ。内外からの光や音をすべて遮断しているから、傍目では内側の様子を確かめることはできそうにない。

 そんな結界を前にして、感慨深そうに溜め息をもらす者がひとり。


「……ようやく、ここまで来ましたか」


 クロだ。

 エスト高原を吹きぬける風でフードをはためかせながら、クロは結界の周囲をウロウロと歩きまわり、地面になにやら紋様を描きこんでいた。

 巨大な魔法陣。

 もしも天空からそこを見下ろす者がいたならば、クロが描いているモノの正体に気づくこともできただろう。だがあいにくと、周囲に空を飛ぶ影はひとつもなかった。

 緻密に、丹念に。底知れない執念を感じさせる瞳のまま、クロは地面に魔法陣を描いていく。

 そんなクロの隣へ、歩み寄ってきた者がいた。


「クロ。ここに——ひとりみたいだね」

「おや青鬼さん。どうかしましたか、私になにか用事でも?」

「クロにというか、ここにいるかもと思ってた人にね」

「へぇ」


 悲哀の表情をした鬼面をかぶったまま、青鬼は疲れたように肩をすくめた。

 おどけた調子ではあるが、本心からの当惑も窺える。

 小さくない驚きの心のなかで覚えながら、クロは問い返した。


「というと赤鬼さんですか? 彼とは一緒ではないんですね」

「まあ。少し眼を離した隙に、いつの間にか姿を消されてね……」

「それは災難でしたねぇ」

「あまり笑い事じゃないんだけどさ」


 カラリと軽く笑ってみせるが、この件については青鬼のほうが正しいだろう。

 これからクロたちは、長年の宿願ともいうべき目的のために戦いを始めようとしているのだ。無論、ひとりだけで達成できるほどたやすいものでもない。そんな大事なときに独断先行するようでは、安心して背中を預けることもできない。

 そんな不満をどことなくにじませる青鬼に、クロはひらりと手を振ってみせた。


「気にしすぎても仕方ないですよ。彼が言葉足らずなのは、なにも今に始まったことじゃないでしょう?」

「そうだけど。こういうときくらいは、なんて思いもあるんだよ」


 それも、いわば愚痴のひとつだったのだろう。

 沈鬱な溜め息。

 それで落ちこんだ気分を浮上させた青鬼は、気を改めるように顔を上げた。


「この結界のなかに勇者が?」

「えぇ。時間の流れを速めたので、あと数時間ほどは封じておけるかと」

「大した術式だ」

「お褒めいただけて光栄です」


 感嘆した青鬼は、その調子のままに地面の紋様——クロが今も描き続けている魔法陣に視線を落とす。


「それで、こっちが例の?」

「そうです。この術式を使うことで、“あれ”がいる場所とここの間のパスを確立させます」

「なにを無茶苦茶なって感じもするけど。でもこれでようやく、この世界は“あれ”の管理から解き放たれる」


 クロに負けず劣らずの真剣な眼差しで、青鬼も魔法陣を精査していく。

 なにも知らない者が見れば、思わず笑ってしまいそうな。それほどに細かいところを修正しながら、青鬼は再び口を開く。


「この術式はちゃんと動作するのかい?」

「テスト段階では確実に。ただ本番に失敗はつきものですからねぇ、今の段階ではなんとも言えません」

「それもそうか」


 本来であれば、そんなことは改めて問うまでもなかったはずだ。

 にも関わらず質問を口にしてしまうほどに、青鬼も今回は失敗できないと気負い、緊張感を覚えているのだろう。

 ふっと口もとを緩めたクロは、そのまま彼の思惑に乗ることにした。


「ただ術式を作動させるだけでも失敗のリスクがある。そうである以上、余計な要素については徹底的に排除したいところです」

「それが、僕たちの役目ってことだ」


 言いながら、青鬼は指を三本立てる。


「竜、帝国軍、勇者一行。彼らをこの件に近づけるわけにはいかない」

「そうなります。竜についてはここに施した隠蔽術式が効いている間は、ひとまず無視していいでしょう。帝国軍についても同様、無闇に刺激をしなければ手を出されないはずです」

「だから僕たちが対処するべきなのは、実質最後のひとつだけ」


 すなわち勇者一行。

 その中心たる勇者ヒカルはここに捕らえているから、青鬼と赤鬼が相手をするのは残りの従者たちだ。

 そう、数時間前に決めたはずのことを再確認して、青鬼は再び表情を曇らせた。


「——だったはずなんだけど。肝心の赤鬼はどこかにいなくなったから、なんとか僕ひとりで凌ぐしかないってわけか」

「お手数おかけします」

「ここが踏ん張りどころだからね」


 かつて極東の地にて、青鬼は勇者一行とひとり対峙したことがある。

 そのときはヤマトとリーシャを相手に互角以上の立ち回りを演じてみせたのだが——当時とは状況が違う。


「例の冒険者二人組に、聖騎士と竜の巫女。なかなかお眼にかかれない面々だ」

「いやはや。いちどに相手をするのは勘弁願いたいですねぇ」

「クロならなんとかできるんじゃないか?」

「どうでしょう。後々のことも考えると、厳しいところでしょうか」

「……できないとは言わないんだ」

「最後の手段ですよ?」


 冗談めかした言い方ではあったが、それが冗談ではないことを青鬼は理解している。

 彼の言った通りであろう。“後先考えずに”という前提こそついてしまうが、クロの実力ならば勇者一行を退けることもできる。それが真実であることは、彼と勇者ヒカルの戦いで立証されたばかりだ。

 だがそうしてしまえば、クロの——そして青鬼の宿願は叶わなくなってしまう。


「やるしかない、か」


 赤鬼の不在は痛恨だったが、いつまでも愚痴をこぼしていても仕方ない。

 深呼吸で気分を切りかえ、青鬼は南の空を睨みつけた。

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