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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
432/462

第432話

 ノアがリリとともに立ち去った後。

 ひとり残されたヤマトは、昼の活気が徐々に収まっていく駅構内を見渡しながら、物思いにふけっていた。


(既視感か、それともまったく別の感覚か。いずれにせよ——)


 昨夜から始まったことだ。

 いつも通り。特別おかしなことをしているという自覚はないにも関わらず、奇妙な感覚がヤマトの意識を惑わせていた。

 既視感、焦燥感、危機感。

 そのいずれもが当てはまり、また見当違いなようでもある。

 放っておけば解決するかとも考えていたが、そんなことはない。むしろノアにも悟られてしまうほどに違和感は強まり、ヤマトから正常な思考回路を奪っていた。

 このままではいけない。


「……どうにかしなくてはな」


 そのためにも、ノアはヤマトをひとりにしてくれたのだから。

 だが、そうは言っても解決の糸口がない。

 なにか意識に引っかかるモノはないかと視線をめぐらせてみても、ただ無為に時間がすぎていくばかり。


(素振りでもするか?)


 溜め息を吐いているうちに、そんなことが思い浮かんだ。

 素振りをしてみたところで、悩みを根本から解決することはできないだろう。だがこのままウジウジと立ちつくしているのは、自分らしくない。

 それに少しでも身体を動かしてみれば、気がまぎれるかもしれない。


(そうと決まれば——)


 駅の出入り口に足を向ける。

 近場であれば、駅勤めの兵士たちから奇異の眼を向けられることはあっても、魔獣に襲われることはないはず。

 そんなことを考えながら、腰の刀へ手をのばした瞬間のことだった。




『私を使うの?』




「———っ!?」


 驚きのあまり、肩が跳ねあがった。

 童女の声。もはや今になって、それを幻聴と疑うこともない。ラインハルトに気づく直前にもその声は聞いていたからだ。

 周囲を見渡してみても、声の主らしき人物の姿はない。


「誰だ」

『ひどい。私のことを忘れるなんて』

「なに?」


 会話が通じている。

 これまでになかった展開に内心当惑しながらも、言葉は止めない。


「妖の類か。姿をみせろ」

『どういうこと? 私はずっと、すぐそばにいるのに』

「そばにいる?」


 念のためにと気配を探ってみるが、周囲にそれらしいモノは感じられない。

 ここにいるのは、正真正銘ヤマトだけ——


「……まさか」


 腰もとの刀に、再び手を這わせた。

 旅するうちに握りなれた柄。握りしめればスッと手に吸いつく感覚は、愛刀でなければ得られないモノだろう。

 だが、わずかに刀を抜こうとして。


「くっ!?」

『あれ、どうして抵抗するの?』


 刀と鞘とがくっついてしまったかのようだ。

 渾身の力をもってしても、少しも刃が露出することはない。ガッチリと噛み合い、抜かんとするヤマトの力に抗う。


 ——いや、違う。


(俺のほうが押さえているのか!?)


 ヤマトは刀を抜こうとしながら、必死に刀をしまいこもうとしていた。なにがあっても抜くまいと、必死になって刀と鞘を押しつけている。

 身体を操られているわけではない。むしろその逆で、無意識のうちにそうすることをヤマトは選択していたのだ。

 その根底にある感情は——恐れ?


『そんな必死にならなくていいのに。それより、早くご飯食べたいよ』

「……うるさい、黙れ!」

『もうっ、意地悪』


 もはや確かめる必要もない。

 声が伝わってくるのは、腰にさげ、今こうして手をかけている刀からだ。どういう因果ゆえかは分からないが、ヤマトの愛刀は意思あるモノとして——それも悪性のモノとして、ひとつの意思をもってしまったらしい。

 深呼吸をする。


(落ち着け。今はとにかく、こいつに意識を乗っ取られないように——)

『ひどぉい。私そんなことしないのに』


 どうだか。

 およそ呪剣やら妖刀やらと呼ばれるモノは、使用者の意識を侵食しようとするのだ。いちどそれに身を任せてしまえば、取り返しのつかない過ちを犯してしまう。そうリーシャも言っていて——、


(リーシャが?)


 リーシャがそう説明していた、はずだ。

 だがそれはいつのことだったか。どんな状況で、なぜ説明をしていたのかが思い出せない。


(くそっ、いったいなにが起きている!?)


 刀からほとばしる意思の奔流。

 さらに、朝から止まることを知らない違和感の嵐。

 そのふたつに苛まれたヤマトの意識が、ガンガンと警鐘にも似た音を鳴らしながら、鋭い痛みを訴えていた。

 なんだ、これは。


『うーん? 変なフタみたいなモノがあなたのなかにあるけど、これなに?』

「なにを、言って……!」

『あれ、知らないの? じゃあそんなに大事なモノじゃないのかな』


 嫌な予感がした。

 なにをしようとしているかは知らない。だが今すぐにそれを止めなければ、致命的なモノが壊れてしまう。そんな直感がヤマトのなかに渦巻く。

 思わず声がもれた。


「よせ、やめ——」

『壊しちゃえ』


 ガラスが割れるような音。

 限界をも越えてしまったのか。痛みのあまりに、頭が内側から砕ける光景を幻視した。

 苦悶の声をあげることすらできないまま、ヤマトの視界は、極彩色の光に包まれた。

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