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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
430/462

第430話

「ラインハルト、どうしてこんな場所に……!?」


 呆然とした声が隣から聞こえた。

 だがその言葉に応えるだけの余力は、ヤマトのほうにもない。


(帝国の英雄ラインハルト。本土から出ない男だと聞いていたが)


 改めて、歩み寄ってくる青年へ視線を飛ばした。

 一瞥するだけでは、ただの下級兵にしかみえない。ありふれた軍服に身を包むのみならず、英傑ゆえの覇気をも巧みに隠しているから、何気なく視界に入ったくらいでは気づくことはできないだろう。

 だがそうと気づいてしまった瞬間から、すさまじい覇気がヤマトらの眼を惹きつける。

 ラインハルトがすぐそばにまで歩み寄ってきた。


「ノア様。こちらでお会いできるとは思ってもいませんでした。ご壮健そうでなによりです」

「……ラインハルトのほうこそ。まさかあなたがここに——帝国の外に出てくるとは思わなかったけど」


 苦々しい表情ではあったが、ノアは応える。

 表立って敵対はしていないものの、ヤマトたちは皇都で幽閉されていた勇者ヒカルを脱走させた身だ。後ろ暗いモノを秘めている以上、ラインハルトとの接触にも慎重にならなければならない。

 知らず知らずのうちに顔が険しくなっていたヤマトを前に、ラインハルトは悠然とした笑みを浮かべた。


「これも帝国のためと、陛下がお命じくださったことです」

「陛下——姉さんが?」

「はい」


 ふとノアの表情が変わる。


「……ラインハルト。姉さんの調子はどう?」

「どう、と仰られますと」

「それは……色々あるでしょ。姉さんが即位したことを歓迎する人ばかりじゃないんだから」


 言葉こそ濁しているものの、ノアの懸念は明らかだった。

 『赤』の皇都襲撃から始まった混乱。それになかば便乗するような形で即位した新皇帝フランに、帝国民の支持が集まるとは考えづらい。

 そうでなくとも、帝国内には反皇帝思想をもった不穏分子——旧態依然とした考え方に縛られた貴族勢力がいるのだから。

 そんなノアの言葉に対するラインハルトの反応は、わずかに首を傾げるというものだった。


「案じていらっしゃるのですか、陛下の身を」

「……どういうこと? ただひとりの姉さんなんだから、そりゃ心配はするでしょ。姉さんも皇帝なんて重役が務まるような性格じゃないんだし」

「ふむ……」


 しばしの沈黙。

 わけの分からないまま、ヤマトとノアは顔を見合わせる。

 ふたりの戸惑いを他所に沈黙を続けたラインハルトだったが、おもむろに顔をあげた。


「どうやらノア様はご存知ではないようですね」

「なんのこと?」

「いえ。それならばそれでいいのです。知らないほうがいいこともありますから」

「……なんだか気になる言い方だけど」


 物腰はやわらかいものの、ラインハルトの眼光は鋭い。

 この様子では、いくら詰問してみたところで口を割ることはないだろう。

 ノアもそのことを察してしまったのか。深い溜め息をこれみよがしに吐いてから、気を取りなおすべく表情を改めた。


「それじゃあ最初の質問には答えてもらうよ。ラインハルト、ここにはどうして——いや、なにをしに来たの」

「なにをしに、ですか」

「どうしてなんて聞いてみても、どうせ『命じられたから』としか言わないでしょ」


 苦笑。

 だがノアの言葉を否定することなく、ラインハルトは彼の質問に応じた。


「残念ですが、私がここに来た目的を明かすことはできません。秘匿事項にあたりますので」

「……それは僕であっても、ということなんだね」

「おそれながら」


 のれんに腕押し、ぬかに釘。

 どうあっても正直に答えようとしないラインハルトの態度に、ヤマトは思わず眉間にシワを寄せてしまう。だがノアにとっては、そうでもなかったらしい。

 得心した表情でひとつ頷く。


「なら、ここからは単なるひとり言だよ。ラインハルトはそこでただ聞いてくれればいい」

「それがご命令とあらば」

「じゃあ命令。そこで僕のひとり言を聞いていなさい」


 冗談めかした物言いだが、顔は真剣そのもの。

 ヤマトがなにか口をはさむ間もなく、ノアは言葉を重ねた。


「表立って主張はしていなかったけど、あなたは僕のことをちゃんと本来の立場——皇太子ノアとして扱っていた。そしてあなたは、僕や皇族のわがままにも大抵は応えてくれる人だ。もちろんさっきの質問くらいならいくらでも」

「………」

「例外は少ない。ひとつは、どう転んでも帝国の害にしかならないとき。あなたはあくまで帝国の利を優先しているから、それに反していることには手を染めない。そしてもうひとつは、皇帝からの勅命を受けているとき」


 その言葉を前にして、ラインハルトは表情を微動だにさせない。

 だがノアの眼には、少々違うように映ったようだ。顔色を窺うように視線をめぐらせてから、ホッと安堵の笑みを浮かべた。


「その調子だと、今回もそうみたいだね。あなたは姉さんから直接命令されて、さらに自分でも納得したうえで、ここに来た」

「………」

「となると、鍵は姉さんがなにをどこから知ったかだね。数日前に会ったときはそんな素振りはみせてなかったから、おそらくは皇帝に即位した後。父上直属の情報部からかな? そしてあなたを派遣したということは、かなりの大事になると姉さんは考えている」

「お見事です」


 仰々しい礼をひとつ。

 そうしてノアの言葉をひとまず遮ってから、ラインハルトは代わって口を開いた。


「興味深いお話でした。私からなにかを言うことはできませんが、ますます聡明さに磨きがかかったようだ」

「それはどうも」

「叶うことならば、私もお伝えしたいことがあるのですが——」


 ラインハルトにとっては折よく、ノアにとっては折悪く。

 駅構内に時報が響いた。昼休憩の終わりを告げる音だ。


「どうやら時間が迫っているようです。お話の途中でこの場を辞すことをお許しください」

「……分かったよ」


 不承不承ながらもノアは頷く。

 それにホッと安堵の息をもらしてから。ラインハルトは存外に真剣な瞳で、ノアの後ろに立っていたヤマトを見つめた。

 数秒の沈黙。


「……なにか?」

「いえ。失礼しました」


 敵意こそなかったものの、穏やかな視線でもない。

 なにか言いたいことでもあるのか?

 そんなヤマトの懸念を前にして、ラインハルトは真摯に頭を下げる。


「よい腕をお持ちのようだ。どうかノア様をよろしくお願いします」

「……仲間だからな。言われるまでもない」

「それを聞けて安心しました」


 ふっとやわらかい笑みを浮かべる。

 今ひとつ腹のなかが読めない男ではあったが、その笑顔だけは、彼の本心からのモノにみえた。

 なんと答えればいいか分からないまま、ヤマトはただ曖昧に頷くことしかできなかった。

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