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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
海洋諸国アルス編
43/462

第43話

 決意と共に表情を引き締めたヒカルが、駆け足でその場から去っていく。向かう先は評議会、そしてアルスの地下――竜の巣の奥にいるはずの竜種の元だ。

 その背中を見送ったノアは、一度深呼吸をした後、手元の魔導銃を握り締める。


「ララ。ヒカルにはやることが他にあるから、ここからは僕が手を貸すよ」

「お願い! お礼はちゃんとするからさ!」


 ヒカルの本来の役目は勇者だ。そのことをララも分かっているらしく、不満を漏らすことなくノアに頷いた。

 それを確認してから、ノアは辺りを見渡す。


「それで、とりあえずはグランツを捕まえればいいのかな?」

「うん。あいつはアルスを裏切っていた。このまま逃がすわけにはいかないよ」


 義憤に燃えるララに対して、ノアは曖昧に流しておく。

 未だにグランツについての状況を詳しく知っていない。迂闊に先入観を築くのもよくないだろう。


「で、そのためには彼らが邪魔ってわけか」

「あぁ。まさか向かってくるなんてね……」


 元々グランツの屋敷で衛兵として雇われていた者たち。表情にはどこか迷いの色も伺えるものの、皆一様に、戦う意思は萎えさせていない。


「あいつら、グランツが魔王軍と手を組んでいたなんて知らされてなかったみたいなんだよ。なのに、まだグランツを逃がそうとしてる」

「ふぅん……」


 それほどまでに、グランツは慕われるリーダーであったということか。

 部外者であるノアはその結論を簡単に導けたが、グランツと長らく敵対関係にあったララとしては、それを認める気にはならないらしい。難しい表情を保ったまま、睨みつけるように衛兵たちを見つめている。

 思うところは少なからずあったが、それをララと議論している時間はなさそうだ。


「始まるか」


 ノアが呟くのと同時に。

 一触即発の緊迫感の中で睨み合っていた『海鳥』の男たちと衛兵たちが、ついに爆発した。


「野郎共ッ、かかれぇぇえッ!!」

「止めろぉ! グランツ様に近づかせるな!!」


 街中だからと言って、両者に躊躇の様子は見えない。迷うことなく腰の剣やナイフを抜き払い、真っ直ぐに刃を振るう。

 ノアがどうしたものかと見守る先で、すぐに鮮血が空を舞い、男たちの悲鳴が辺りに響く。


「物騒だねぇ」

「ノアはあまりこういうのに慣れてない?」

「いや。相方がちょっと問題でね。割と慣れてる」


 一瞬だけ不安げな表情を浮かべたララに、ノアは気楽な調子で応える。

 事実、ヤマトと共に行く旅路は、そこかしこから血の臭いが漂ってくるものなのだ。いちいちそれで青ざめていては、到底精神が保たないだろう。

 だから、ノアも男たちが戦う姿を冷静な目で観察することができる。


(慣れてないな)


 ヤマトからは、アルスは元々、裏社会で海賊たちが日夜しのぎを削っている街だと聞いていた。そこで一二を争う大海賊の『海鳥』と『刃鮫』の者たちは、場所を変えれば英雄となれるだけの力を持っているという話であった

 それが、どうだろう。

 今ノアの前で戦っている彼らの姿は、確かに威勢こそ一丁前である他方で、その実力はせいぜいチンピラに毛が生えた程度でしかない。空を切る刃の光に身体を硬直させ、それが身を斬ると痛みで悲鳴を上げる。

 彼らの様子をざっと見渡してから、ノアは手元の銃を見下ろす。


(制圧は簡単か)


 素人同士の戦いほど、当事者にとって危険なものはない。手加減ができない者同士で、取り返しのつかない怪我を負わせてしまうかもしれないからだ。

 本来ならば、他人のそうした問題は無視してしまうところだが。


「ヒカルは気にしそうだしなぁ」


 普段は勇者としての演技のために無愛想なものの、本来は感情豊かで心優しい少女のことを思う。

 友人が心を痛めるかもしれないのならば、止めようとも思える。

 魔導銃に込める魔力を小さく絞る。人に当たっても傷つけないように、衝撃だけを与えられるように、威力を抑えていく。


「ねぇララ。さっさと片づけちゃうけどいいよね?」

「え? いったい何を――」


 疑問符を浮かべたララには、銃声で応える。

 まだ動けそうな衛兵たちを中心に。傷つき倒れた衛兵にトドメを刺そうとしている『海鳥』の男も、武器を狙撃する。

 魔力を弾の形に変える際の独特な音が、数十も連続して辺りに響く。

 一分ほども撃ち続けたところで、ノアは目標のほとんどが沈黙したことを確認して、銃を下ろす。威力を絞るために使用魔力を抑えたこともあって、まだまだ魔力量に余裕がある。


「あんた……」

「さて。ここは片づいたし、中に入ろうよ」


 衛兵たちは全員が気絶している。そうなるように、ノアが狙撃したからだ。

 手元からナイフや剣を弾き飛ばした『海鳥』の男は不満げな顔をしていたものの、文句を言い出す様子はない。ノアの実力を身に沁みて理解したからか。

 何事もなかったかのように平然としたノアに、ララは何かを言いたげであったが、やがて諦めたように溜め息をつく。


「まさか、ノアがそこまでやれるなんて。予想してなかったよ」

「大したものじゃないよ」


 本心からそう言ってから、ノアは屋敷の扉に近づく。鍵はないらしく、押せば自然と扉が開かれた。

 外から見ても分かった通り、屋敷の内部もかなり広い。グランツの威を示すように華美な装飾がふんだんに施された玄関ホールから、二階への階段と、屋敷の奥へ続く廊下が繋がっている。

 そして、ノアたちの行く手を阻むように、立ちはだかる男が一人。


「兄さん……」

「あぁ、ララのお兄さんなんだ」


 ララのと同じ、燃えるような赤い髪の毛。血縁者なのだろうかと神殿で相見えたときに推測したが、兄だったとは。

 身体つきは華奢だが、丹念に鍛え上げられているのが傍目からも分かる。立ち姿にもパッと見た限りでは隙がなく、どうにも手出ししづらい。


(これは難儀しそうだな)


 男の実力を悟り、ノアは自然な立ち姿のまま、頭を回転させる。

 ほどなくして結論を出したノアは、すっと魔導銃を空へ掲げると、夜空に向けて一発だけ銃撃を放った。

 ノアの突然の行動に、ララたち『海鳥』の面々は疑惑の視線を向ける。が、立ちふさがっていた男の方はノアの意図に気がついたらしい。表情を険しくさせる。


「君は確か、グランツの護衛だったよね。ここにいるってことは、グランツは奥にいるのかな?」

「……答える必要はない」

「それもそうだ」


 話しながら、戦略を練る。

 見たところ、男が持っている武器は腰元の曲刀二振りのみ。ヤマトから聞いた限りでは、かつての『海鳥』は二つの剣の、『刃鮫』は曲刀の扱いに長けていたらしい。自ずと、男の戦い方にも見当がつくというものだ。


「――若! 道を空けてください!」


 『海鳥』の一人が声を上げる。

 それに対する男の返答は、ただ無言のままの抜刀であった。


「グランツの野郎はこのアルスを裏切ったんだ! このまま逃がすわけにはいかねぇ!!」

「アルスを裏切った? それは違う」


 その言葉には、微塵の揺らぎも見出だせない。

 思わず耳を傾けたノアに言い聞かせるように、男は淡々と言葉を紡いでいく。


「グランツ様が今のアルスを作った。血の臭いが充満し、容易く人が死ぬアルスを変えたんだ」

「若……」

「お前たちも分かっているのだろう? かつてのアルスは、地獄に等しい場所だった。人の命はひとつまみの金よりも軽く、弱い者が生きていく術がなかった。ただ野垂れ死ぬ他に、道などなかった」


 ノアには知る由もないが、それは事実であるのだろう。

 ララを始めとする『海鳥』の面々は、男の言葉に反論することはできないでいた。


「だけど……、だけど! グランツのやり方は間違っている! 魔王軍と手を結んで、魔獣を使って他の奴らを襲うなんてやり方は!」

「かもしれないな」


 ララの必死の叫びに、男はあっさりと頷いてみせる。


「グランツ様のやり方は、確かに人の恨みを買うものであった。だから、間違っているかもしれないのは確かだろう」

「なら――」

「だが、それでも俺はグランツ様と共にあると決めた。グランツ様のために剣を振るうと誓った」


 そう語る男の目には、固い決意の色が浮かんでいる。

 説得は無理だ。ノアがそう結論するのと同時に、『海鳥』の男たちも同じ結論を抱いたらしい。


「……ならば若。恨まないでくださいよ!」

「若は確かに強かった。だが、この数には勝てないでしょう」


 男たちは既に止まるつもりはないらしい。

 それを確かめて、ノアは銃を持ったまま僅かに後退する。


「お前らっ、かかれっ!!」


 雄叫びを上げて、男たちが突貫する。

 思わず屋敷が震えているのではないかと錯覚するほどの、気迫を伴った鬨の声。それを前にしても、赤毛の男は動じる様子を見せない。

 右手の曲刀を身体の前へ。左手の曲刀は十字を描くように、横に構える。


「確かに、かつての俺とお前たちだったら、この人数差を覆すことはできかった」


 男の一人が、曲刀の間合いに踏み込む。

 それと同時に、曲刀の切っ先が僅かに振れた。


「――だが、今は違う」


 曲刀が滑らかに空を切る。

 刃がいとも容易く男たちの身体を斬り裂き、鮮血を奔らせる。その痛みに気づく間もなく、次の男へ。更に次へ。

 ノアが目で追えているのは、日頃ヤマトの鍛錬を前にしているからだろう。男たちやララには目で追えないほどの速さで、縦横無尽に両刃が奔る。気がついたときには、そこには血溜まりが作られ、男たちは一人の例外もなく血に倒れ伏していた。


「お前たち……!?」

「腕が鈍りすぎだ。仮にもグランツ様に牙を剥こうというのならば、刃は常に研ぎ澄ませろ」


 それはきっと、『海鳥』の男たちもグランツが作り出した平和を享受してきたということなのだろう。かつてがどれほど鋭利な刃であっても、手入れを怠れば瞬く間にナマクラと化す。

 男たちは、確かにかつては名の知られた海賊だったのだろう。だが、長い平和の間に、ただのチンピラ同然にまで成り下がった。

 むせ返るほどの血の臭いに顔をしかめながら、ノアは倒れる男たちの様子を伺う。外傷こそ派手に見えるものの、命までは奪っていないらしい。だが、それもいつまで保つか。あまり長引かせては、出血多量で死に至ってしまうだろう。


(想像以上ではあったけど――)


 ララはあまりに凄惨な光景に、言葉も出ないらしい。

 それらを一瞬で確認してから、ノアは手元の銃をより強く握り締めた。


「さて、次はお前の番だ」

「あぁ。そうみたいだね」


 実力は相当。恐らく、ヤマトに迫るほどのものだろう。

 だが、それならば。


(充分抗えそうかな)


 時間は充分すぎるほどにあった。戦略は既に整えてある。

 身体のコンディションが万全なことを再確認して、ノアは赤毛の男と相対した。

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