第425話
東の大地が薄っすらと明るくなり、空が淡い青に彩られている。
わずかだけ眠りに落ちていたヤマトが眼を覚ますと、リーシャとレレイもすでに起床した後だった。ともに自らの不甲斐なさを悔いるような面持ちで、周囲の草原を見渡している。
面々の間に流れている、重苦しい雰囲気。
言葉はなくともただそれだけで、ヒカルの行方が知れていないことは察せてしまった。
「戻ってきていないんだな?」
「うん。念のために近くの捜索も済ませてきたけど、どこにもいない。手がかりとかもね」
「そうか……」
険しい顔をした面々を見渡し、小さく呟いた。
十中八九、転移能力を使っていずこかへと跳んだのだろう。跳んだ方角も距離も分からない以上、ヒカルの足取りをそのまま追うことは不可能に近い。
ならば、なんとかして彼女の目的地を推測するしかない。
「ヒカルが行きそうなところに心当たりはあるか?」
「それもさっぱり。あえてあげるなら、駅に行くかもしれないってくらいだけど」
「駅か……」
本来の予定であれば、駅も今日の昼頃には向かっているはずだった。
あえてヒカルが夜更けに、しかもヤマトらの眼を忍んでまで向かうとは考えづらいが——、
「……アナスタシアはどう思う?」
彼女に尋ねたのは、いうなれば消去法によるものだった。
沈痛な面持ちをしたリーシャとレレイに、ヤマトが期待するような答えがあるはずもない。そんなものがあるならば、我先にとヒカルのもとへ駆けつけるだろうからだ。
だからといってアナスタシアが有益な情報を持っているとも思えないが、そこについてはほとんどダメもとだ。
だが。
「勇者の加護に導かれたとか、そんなんじゃねぇの?」
思いがけず返ってきた言葉に、ヤマトたちはそろって眼を丸くさせた。
「加護に? どういうことだ」
「歴代勇者でも結構あるんだよ。突然、勇者が突拍子のない行動をし始めるってな」
「それは加護に導かれたからだと?」
「勇者に与えられる加護ってやつは。普通の人間が授かるものとはずいぶん違う代物らしいからな。そういうこともあるだろ」
にわかに信じがたい話ではある。
だが、それはわずかながら光明であるようにも思えた。
「もしアナスタシアの言う通り、ヒカルが加護に導かれたのだとしたら——」
どこに行くと思う?
その先の言葉を見越して、アナスタシアは小さく頷く。
「間違いなく、魔王のいるところだろ」
「魔王か」
勇者の存在意義とは、つまるところ魔王討滅にのみ集約される。
ならば加護に導かれた勇者の行き先には、必ず魔王の姿があると考えていい。
「だけど、魔王のいそうな場所に見当はついているの?」
「さてな。だが魔王ってのはいるだけでバカみてえに魔力を撒き散らしてるもんだ。手がかりもなく勇者を探すより、多少は探しやすいんじゃねぇの」
「……まあ、ただふらふらと探し回るよりはずっとマシか」
その言葉で、ヤマトたちの方針は決定した。
「僕とヤマトはひとまず駅のほうに行こう。可能性は低いかもしれないけど、どこかで起こった騒ぎとかが話題になっているかもしれない。それに魔王たちの目撃情報もあるかもしれないからね」
「心得た」
「リーシャとレレイは魔力を探りながら、北に向かって動いて。魔王が帝国に捕まっていたなら、その後は北地に戻ろうとするはず。
「分かったわ」
「アナスタシアとリリは……」
わずかに言いよどんだノアに代わって、アナスタシアが告げた。
「あいつにここを踏破するだけの体力はない。駅に行かせてやってくれ」
「アナスタシアにそんな体力があるの?」
「ガキよりはマシさ。いざとなれば痛覚も遮断できる」
「痛覚を遮断て」
歩き疲れた手足の痛みでも消すつもりなのか。
微妙に呆れるような表情ではあったが、ノアとしてもその提案は願ったりだったのだろう。なにを言うでもなく頷いた。
「分かった。リリは?」
「まだ寝てる。行くときに叩き起こしてやればいいさ」
「乱暴だね」
「あいつは俺が作ったモノだ。壊れないようには気をつけるが、それ以上は無駄ってもんだろ」
その言葉を聞いたリーシャとレレイはそろって顔をしかめるが、今は口出しを控えたようだ。
アナスタシアにそうした倫理観が欠如していることは、もはや確かめるまでもない。
咳払いで微妙な空気を払拭し、ヤマトは面々の顔を見渡した。
「ここはどうする? 俺たちがいない間に、ヒカルが戻ってくるかもしれないぞ」
「駅に行くよう書き置きを残しておくしかないね。それ以上のことは人手がたりないから」
「……それが一番手っ取り早いか」
話がまとまれば、後は行動に移すだけだ。
早速出発の準備を整えるために、リーシャとレレイがテントのなかへ潜っていく。
その背をなんとなしに見送ったヤマトは、そっと腰もとの刀を撫でつけた。