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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
423/462

第423話

「———?」


 焚き火がパチパチと火花を爆ぜさせる。

 小気味いいその音に耳を傾け、炎の穏やかな揺らぎを見つめながら。夜番を務めていたヤマトは、ふとした違和感に首を傾げた。


(なんだ? どこかで同じ光景を見たような……?)


 ふとした既視感。

 だがその正体を探ろうとしたヤマトの思案は、炭化した薪が崩れる音によって、ふいに遮られた。


「……大したことではないか」


 妙に胸がざわつく感覚はあるものの、その答えが浮かんでくるわけでもない。

 手元にあった薪を火のなかへ投げ入れ、冷える夜風にそっと溜め息をこぼした。

 妙な違和感に代わって思い浮かべたことは、先程聞いたヒカルの慟哭についてだった。


(もとの世界に帰りたい、か)


 彼女の願いそのものに、なにもおかしな点はなかった。

 どこの誰とも知らない他人の都合で、まるで見覚えのない地へと呼び寄せられる。異邦を楽しむ物好きでもなければ、それが苦痛であることは想像にかたくない。

 苦しいことだろう。

 特に愛着もない世界の命運を勝手に期待され、そのまま故郷へ帰ることもできないとあっては。


「何か手段を考え——む?」


 言いかけたところで、振り返る。

 見れば、そこにはテントから這い出ようとするノアの姿があった。どこか驚いたような彼の表情が、少し面白い。


「ノアか。まだ交代には早い時間のはずだが」

「そうだけど……よく気づいたね」

「偶然じゃないか」


 言いながら、「それは違うな」と指摘する心の声を自覚した。

 それなりに気配に敏感であると自負していたが、これまでノアの接近に気づけたことはなかった。

 それに、今のは気配を察知したのではない。

 なんとなくノアが来る気がしたのだ。


(以前に同じことがあったのか? だが、なぜ今にかぎって)


 悶々とした気持ちが募る。

 そんなヤマトの様子をどう見たのか。いぶかしげな表情になったノアは、小首を傾げながら口を開いた。


「どうしたのヤマト。ちょっと様子が変じゃない?」

「……分からん。知らずのうちに疲れが溜まっていたのかもしれないな」

「そう? なら早く休んできたら」

「あぁ。だが、いや」


 ノアの提案にありがたく従おうとしたヤマトだったが、途中で口ごもってしまった。

 またあの感覚だ。

 「まだ寝てはいけない」と、己のなかにいる何者かが訴えかけているような気がする。なくてはならない出来事が、まだ起こっていないような——、


「……これは重症だな」


 溜め息がもれた。

 根拠のないことにわずらわされ、心を惑わせる。それは刀を学ぶなかで修練した精神のありかたとは、真逆なほどに反しているものだ。

 心配そうな顔をするノアに、ヤマトはしっかりと頷いてみせた。


「すまない。先に休ませてもらおう」

「そうしたほうがいいよ。この分の埋め合わせは、明日あたりの夜番で返してね」

「あぁ、心得た」


 苦笑いをする。

 余計な気負いをしないようにと紛らわせてくれたのだろう。ノアの心遣いに感謝しながら、テントのなかへ潜りこもうとしたところで。

 ふと、隣のテントを見やる。


「どうしたのヤマト」

「いや——」


 ヤマトが見た先にあるのは、ヒカルたち女性陣が心身を休めているテントだ。

 無論、男であるヤマトが無断に入るわけにはいかない場所でもある。


「ヤマト……」

「む」


 ヤマトの視線をどういうものと考えたのか。体調を案じるような眼差しだったノアが、途端に冷たい眼をした。


「疲れているからって、さすがに夜這いは見過ごせないよ?」

「違う」

「じゃあどうしたっていうのさ」

「気配が足りてないような……そんな気がしてな」

「誰かが抜け出しているかもしれないってこと?」




「——どうやら、そうみたいだな」




 ヤマトとノアが見つめていた先。

 女性陣のテントから、のっそりとアナスタシアが這い出てきた。

 つい先程まで寝ていたらしくその髪は乱れていたが、爛々とした眼光からは、彼女が眠気からすでに覚めていることが窺える。

 ノアと軽く眼を見合わせて、頷き合う。


「誰がいないの?」

「ヒカルだ。俺もついさっき起きたばかりだから、いついなくなったかは分からないが……」

「そう、ヒカルが」


 思い起こされるのは、ヒカルの先程の慟哭だ。

 強い望郷の念。

 それを改めて自覚した彼女が、焦れる想いのままに夜歩きをしているのだろうか。


「探しに行く?」

「それは——」

「別にいいんじゃねぇの? 仮にも勇者名乗ってるくらいだし、俺たちがあれこれ心配するようなタマじゃねぇだろ」

「そうかもしれないけどさぁ」


 これがリーシャやレレイであれば、ためらうことなく探しに行ったことだろう。

 だがヒカルならば、アナスタシアが言うように、少々話が異なってくる。ヤマトやノアよりもはるかに腕の立つ彼女であれば、ひとり歩きを咎めるほうが過保護というもの。


(心配ではあるが……)


 ややあってから、首を横に振った。


「ヒカルなら、滅多なことは起きないはずだ。ひとまず一時間ほど様子をみて、それでも戻らなかったら探しに行こう」

「……まあ、そのあたりが落としどころかもね」

「十分過保護だと思うけどねぇ」


 あくび混じりの溜め息をひとつ。

 明瞭としていた瞳を眠気で再び濁らせたアナスタシアは、のそのそとテントのなかへ這い戻ってくる。


「んじゃあ夜番は頼んだぜ。そのときになったら起こしてくれよ」

「はいはい」

「……俺も、少し休むとしよう」


 妙に落ち着かないことを自覚しながら、己に言い聞かせるようにヤマトも呟く。

 焚き火のそばでヒラヒラと手を振るノアに見送られ、テントのなかに潜りこんだヤマトは、そのまま身体を寝転がらせた。


(ただの杞憂であってくれればいいのだが——)


 目蓋を閉ざした。

 ざわつく内心とは裏腹に、武者として鍛えあげた身体のほうは、暗くなった世界のなかであっという間に眠りに落ちていく。

 そのことを少しばかりありがたく思いながら、ヤマトは暗い海のなかでそっと意識を手放した。

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