第422話
極彩色に彩られた世界が、徐々に本来の姿を取り戻していく。
時間遡行の完了。
きっかり一日ほどの時間が巻き戻され、世界はもとからそうであったかのように、穏やかな光景を描いていく。
全員が後の二四時間を生きていたことを忘却し、再び時の流れのなかを歩み始めるのだ。
「———?」
誰もが違和感を抱けず、時間遡行が行われたことに気がつかない。
——そのはずだった。
「おやおや? これはこれは……」
陽が西の大地に沈み、空が真っ赤に染めあげられる頃合い。
まだ穏やかだったエスト高原の風を全身に浴びながら、首を傾げる者がひとりいた。
「クロ? 何があった」
「ふふっ。どうやら私たちの計画は、うまいこと進んでくれたようだと分かりましてね」
「はぁ……?」
いぶかしげに問いかけたのは、憤怒の鬼面をかぶった武者だ。
答えをはぐらかすようなクロの物言いに、一瞬だけ腹立たしげな空気を放ったものの、すぐに平静を取り戻す。
「わけの分からん言い方をするな」
「おや、あなたは分かりませんでしたか。今この瞬間をもって、明らかに変わったモノがあることに」
「なんだと?」
「——干渉されましたよ、おそらくですけど」
クロの言葉に、不満そうな様子を隠そうともしていなかった赤鬼と、その脇で沈黙を保っていた青鬼が、そろって驚愕の視線を向けた。
意味を吟味する素振りをみせた赤鬼に対して、青鬼はすぐにクロへ問い返す。
「どういうことさ。魔力の流れに変化はないよ」
「言葉にするのはとても難しいんですけどね? なんの前触れもなく、新たなモノがこの世界に加わっている。そんな感覚があるんですよ」
「……それが、“やつ”だと?」
「さあ?」
とぼけた声に、赤鬼が再び怒りをあらわにする。
そんな素直な彼の反応を面白がるように、くつくつと笑みをこぼしてから。クロは夕焼け空を見上げた。
「ただ、時間遡行は使われましたね。規模はそう大きくないようですが、その分だけ巧妙に痕跡を隠している」
「時間遡行というと、勇者が?」
「えぇ。しかし私たちの計画を踏まえれば、彼女が自身の意思によって発動させたとは考えづらい。ならば、いったい誰が発動させたのか」
計画。
それを共有している赤鬼と青鬼からすれば、もはや答えを明かされたも同然だった。
青鬼はにわかに明るい声をあげる。
「じゃあ計画が一段階先へ進んだってことになるね」
「実際に確かめないことには、まだ確定はしていませんけど。あったかもしれない未来の私たちに、感謝を捧げましょうか」
「つまらない御託はいい」
「そんな冷たいことを……」
赤鬼にばっさりと斬り捨てられて、クロは肩を落とす。
だがすぐに顔を上げ、赤鬼に小さく頷いてみせた。
「第二案へ進みましょう。もしも“あれ”がまだ干渉していないなんて事態になっていたときは、私がなんとかやってみます」
「ふん」
「何かあったら連絡してください。僕にできることなら、協力しますよ」
「えぇ。頼りにしています」
夕陽の光もいよいよ地の底へと消え失せ、空は代わりに瑠璃色に彩られていく。
夜の静けさに包まれた高原を歩みながら、クロはひとり想いを馳せた。
(ようやく。ようやく、このときが来ました)
淡い星々の光の先に見つめるのは、はるか遠い地の光景。
失われてから久しくなった地の光景を胸に描き、クロはそっと熱い息をもらした。