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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
419/462

第419話

 甲高い耳鳴りが響く。

 灰色になった世界のなか、ぬめりけのある赤い液体が眼前を垂れていた。


「———、———ト!」


 どこか遠くから声が聞こえる。

 そのことに気づいてから、徐々に眼の焦点が合い始めた。色彩のほうは相変わらず灰色のままだったが、だんだんと輪郭が判然としていく。


「ヤマト、ヤマト!!」

「………ぁ?」


 悲痛にも聞こえる叫び声に、なんとか答えようとして。

 喉奥からかすれた声しか出ないことに、自分で驚愕した。極端に水気が失われているのか、呼吸するだけでも鋭い痛みがはしる。


「よかった、意識はある。ならあとは僕のほうで治せば——」

「な……?」

「大丈夫。ちょっとだけ待ってて」


 身体がぴくりとも動かない。

 そのもどかしさに煩悶とするヤマトの頭に、ノアはそっと手をかざした。何かに集中するようにそっと眼を閉ざし、静謐な雰囲気を身にまとう。

 どこかで見覚えのある気配だ。

 その正体にヤマトが思いいたるよりも早く、ノアの手から淡い光があふれ始めた。


「『治癒』」


 光が身体に触れた瞬間、思わず転げ回りたくなるほどの痛みがはしった。

 死にかけていた肉体が蘇り、無意識に閉ざしていた痛覚が開いたからだ。

 ガンガンと痛む額を押さえようとして、先程までは少しも動く気がしなかった身体に、徐々に血の気が通いつつあることを悟る。


「もう少し。もう少しだからこらえて」

「———」


 痛みこそすさまじいが、身体に血が通っていく感触自体は心地よくもある。

 黙したまま待つことしばらく。

 灰色だった世界がやがて色彩を取り戻し、気を失いたくなるほどの痛みも和らいでいく。騙し騙しではあるが、なんとか身体も動いてくれそうだ。

 震える手をあげ、ノアを止める。


「もういい。助かった」

「……分かった。とりあえず、これで山場は越えたと思う」

「他のみんなは——」

「大丈夫。最低限の応急処置はしたし、もうすぐ起きてくるはずだよ」


 言われてノアの視線が向いた先を見やれば、地面に投げ出されながらも、リーシャとレレイがゆっくり立ちあがろうとしていることが分かった。

 彼女たちも傷は浅くないだろうに、そのまま意識を手放そうとしていない。

 そのことに頼もしさと安堵を覚えながら、再びノアへ視線を移した。


「今のは何だ。俺には光のようなものが見えた程度だったが……」

「帝国軍の砲撃だよ。長距離制圧用の大型魔導砲、ラインハルトが連絡して撃たせたんだろうね」

「魔導砲。あれほどの威力が……」


 射程距離と威力ともに、ヤマトが知る魔導砲のレベルをはるかに越えていた。

 察するに、あれは帝国軍が秘密裏に開発させていた代物だったのだろう。本来であれば諸外国を牽制するために運用される兵器だ。それをこともなげに使ってみせた帝国軍とラインハルトの、本件に対する力の入れ具合が窺える。

 眉間にシワが寄っていることを自覚したヤマトだったが、軽く首を振った。

 今はそれに気を取られている場合ではない。


「ヒカルはどうなった!?」

「ヒカルは——」


 しかめ面になったノアが、そのまま視線を移す。

 釣られてヤマトもそちらを見やれば、深々とえぐられたクレーターの中心で、ボロボロに傷つきながらも立ちあがろうとしているヒカルの姿に気づいた。

 そして、それにゆっくりと近づくラインハルトの姿にも。


「あれは……っ、止めるぞ!」

「ヤマト、急に動いたら——」


 急いで立ちあがろうとしたところ、ふいに眩暈に襲われる。

 なんとか踏ん張ろうとするも、あえなく膝が崩れた。平衡感覚を失った頭がグラグラと揺れ、吐き気がこみあげてくる。


「く、そ……」

「ダメだよ! なんとか傷はふさいだけど、流した血は戻っていない。もう無理もきかない状態なんだから」

「だが——ッ」


 反論しかけたものの、ノアの真剣な眼差しを前にして、思わず口を閉ざした。


「いい? ヤマトが自分で考えているよりも、ヤマトの身体は傷ついている。普通ならもう動けなくなってておかしくないほどなんだよ。それにヤマトには、それを抑えてるっていう役割もある」

「………」

「頼りないかもしれないけど、ここは僕たちに任せてよ。リーシャとレレイのほうも、なんとか動けるようになったみたいだし」

「……そうか」


 感情のところでは納得しきれていなかったが、理性はノアの言葉に賛同していた。

 今のヤマトは、はっきり言ってしまえば死に体。普通ならば死んでいておかしくない、生きていることが奇跡なほどの重傷だ。

 この状態では戦力にならないどころか、いるだけで足手まといになる可能性すらある。

 ここは待機しているのが、もっとも賢い選択だ。

 焦れる心を溜め息でなだめて、小さく頷いた。


「分かった。ヒカルのことは——」

「大丈夫、任せてよ!」


 パッと華やいだ笑みを咲かせて、ノアも頷く。

 任せると決めたのだ。ならばこれ以上さらに言葉を重ねることは、彼女たちにとっても失礼であろう。

 ノアがリーシャとレレイのもとへ駆け寄っていく。

 その背中をなんとなしに眺めてから、ヤマトはその場に腰を下ろした。


(身体が重い。これに気づいていなかったようでは、足手まといになっても仕方ないか)


 赤鬼にさんざん斬り傷を刻まれたことと、目覚めてしまった妖刀の制御に気を割いたことが、この消耗の理由だろう。

 肝心な場面で力になれない自分の不甲斐なさに、情けなくなる。

 せめてもと、ヤマトは中腰になって眼を凝らし、深いクレーターの辺りへ視線を投げた。


(ヒカルと魔王はさすがに傷が深いようだが——まだ息はある)


 この場合、戦術兵器の直撃を受けてなお生きているヒカルと魔王を称えるべきか、それとも彼らを一瞬にして追いつめた帝国軍を称えるべきか。

 だがいずれにしても、帝国の一撃が戦いの趨勢を大きく傾けたことは間違いない。


(続けて砲撃をしないのは、その必要がないと判断したからか? それとも、連続では撃てないようになっているのか)


 後者であってくれたほうが、まだ救いはある。

 一瞬にして地形をも変えてしまう砲撃を、立て続けに何発も放てる。そんな話

真実であれば、帝国がその気になれば大陸——いや世界をたやすく支配できるということになるからだ。

 もっとも今にかぎった話をするならば、ラインハルトがクレーター内へ歩を進めているから、さらに続けて砲撃される心配はしなくていいだろう。

 ひとまずそのくらいで地上の観察を止めて、ヤマトは続いて空へ視線を投げた。


(竜たちはまだ健在か。だが、さすがに警戒を強めているらしい)


 空に座し、凄絶な戦いを繰り広げていたヒカルと魔王にちょっかいを出し続けていた竜たち。

 彼らは先の砲撃からまぬがれたらしいが、その威力は脅威に映ったのだろう。今は慎重に地上の様子を窺い、ヒカルたちのもとへ歩を進めるラインハルトを見守るに留まっていた。

 あれならば、ひとまず竜たちの存在を忘れてもいいだろう。


(やはり問題はラインハルトか)


 再び、視線を地上へ戻す。

 ラインハルト。

 悠然と歩を進める彼の目的が、まだ立ちあがれないでいるヒカルと魔王にトドメを刺すこと——それをもって帝国に安寧をもたらすことにあるのは、火を見るよりも明らかだった。

 本音を言えば、彼が魔王のみを討滅して、ことを終わらせてくれればいいのだが——、


(それに期待して何もしないというのも、違うだろう)


 だから、ノアたちはあそこへ急行している。

 単なる力押しでラインハルトを退けられるとは思わないが、彼女らは——特にノアは弁がたつ。口八丁でラインハルトをなだめ、ヒカルを救出する見込みは高いはずだ。


「それさえ済めば……ひとまず一件落着か?」


 魔王の暴走から端を発した件が、これで終わるのか。

 今ひとつ釈然としない部分こそ残るものの、平穏に済んでくれるならばそれに越したことはない。

 そんな思いで、ほっと溜め息をもらそうとして——、




『———!!』




 眼を疑った。

 クレーターの奥底。いちばん深いところのヒビ割れた地面で、なにやら“黒いモノ”が蠢動したかと思えば。

 よろめきながら立とうとしていた魔王の身体を、丸ごと飲みこんだのだ。


「な……ッ!?」


 何が起きたのか、すぐに理解することができない。

 数秒してから、魔王を丸飲みにしたモノの正体に気がついた。


「黒竜だと!?」

『———ッ!!』


 魔王を喰らった歓喜ゆえか。ヤマトの叫びに応えてか。

 地の底から這いあがった黒竜は、帝国の暴威により静寂のもたらされた戦場に、今再び鬨の声をあげた。

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