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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
418/462

第418話

 天上から差しこんだ光が、一直線にヒカルの体を貫く。

 その光景を前にして、ヤマトは声をあげることもできず、ただ呆然と眼を見開くことしかできなかった。


「ククッ、とうとう手を出しましたか」


 ヒカルの身体がぐらりとよろめく。

 あのまま倒れる。

 そうヤマトたちが幻視した次の瞬間——弾かれたように姿勢を正したヒカルが、再び猛然と魔王のもとへ駆け出した。

 その背中に、なにか傷を負ったような名残はみられない。

 思わず声がもれた。


「なに、が……?」

「神の奇跡というやつですよ」


 なにやら事情を知っているらしいクロに、胡乱な視線を向ける。


「奇跡だと?」

「えぇ。このまま静観していたら世界が滅ぶかもしれない。けれど自らが降臨するほどの危機とも考えられない。そんな状況に、神は使徒を強化することで対処しようとした。先程の光はおそらく、勇者の権能を強化するためのものです」

「権能?」

「はい。——ご覧なさい」


 クロが指差した先。

 そこには、何事もなかったかのように戦いを繰り広げるヒカルと魔王の姿がある。先程と特に変わったところもない。相変わらず余波だけで大地を割る、凄絶な戦いがそこに——、


(いや、違う)


 はたと気づく。

 先程まで繰り広げられていたのは、ヒカルと魔王の互角な戦いだった。

 だが今では、若干ではあるが——ヒカルが優位に立っている。

 変わったものは何かと問われれば、それはきっと、もとから人間離れしていたヒカルの動きなのだろう。

 呆気にとられるヤマトたちを嘲笑うように、クロは飄々と言葉を紡ぐ。


「時空の加護といいましたか、すさまじいものですねぇ。今使っているのは未来視に空間転移、空間断裂あたりでしょうか。もしかしたら、時間停止や時間遡行もできるようになったかもしれないですね」

「………お前は……」

「ククッ。まあそれはどうでもいいんですけどね」


 クロはゆらりと立ちあがる。

 傍目でも分かる満身創痍。どのような死闘があったのかは知らないが、まともに動けるような状態ではなかったはずだ。

 それでも、フードの奥で双眸をギラギラと輝かせ、クロは無理にでも身体を動かそうとする。


「せっかくここまで来たんです。あともう一歩。それで私は——」


 とても正気ではいられない。

 そう直感してしまうほどの妄執を前に、つい先程まで敵意をたぎらせていたことを忘れて、ヤマトは見入るようにクロの動きを注視することしかできなかった。

 ——だから、“彼”の接近に気がつくことができなかった。




「ここに逃げていたのか」




 混沌とした場に凛と響く、毅然とした声。

 それを音として認識した瞬間——一陣の風が、ヤマトたちの間をぬけてクロのもとへ殺到した。

 鮮血の華が咲く。


「ガ……ッ!?」


 妄執だけに支えられていたクロの背を、鋼の刃が貫いた。

 慌ててその刃の持ち主に眼を向けたヤマトたちは、さらなる驚きを覚える。


「ラインハルト!?」

「ノア様、先日ぶりです。こちらにいらしたのですね」

「それは……。というかラインハルトのほうこそ、どうしてここに……!?」


 帝国の英雄ラインハルト。

 彼の姿を前にして、ノアは驚きの声をあげる。

 だがそれに小さな黙礼でのみ返答したラインハルトは、クロの背に突きたてた剣を、さらに念入りにねじり始めた。


「ラインハルト、何を——」

「この者は危険です。何か手違いがあってはいけませんから、ここで確実に殺しておこうかと」

「そんなこと言ったって……」


 初撃の段階で、わざわざ確かめる必要もない致命傷。凶刃は少しのズレもなくクロの心臓を穿ち、もはやいかなる奇跡をもってしても修繕できないほどに破壊していた。

 明らかにやりすぎだ。

 そう言い咎めたくなる気持ちの一方で、奇妙な納得をも覚える。

 そうでもしないと安心できないほど、ラインハルトにとってもクロは奇天烈な存在だったのだろう。


「ク、ククッ。まさか追いつかれるとは……」


 驚愕に支配されていたヤマトたちの耳に、クロのかすれた声が届いた。

 もはや余裕をとりつくろうだけの力も残っていないのだろう。その声音には悲痛なものが混じっている。

 痙攣する指で、クロは胸を貫いた刃に手を這わせた。


「……完全に撒いたと、思っていたんですけどねぇ……」

「確かに手こずらされたが、その程度だ。貴様を逃せば帝国の害になると判断した。どのような手合いであれ、それが帝国の敵であるならば、俺が負ける道理はない」

「無茶苦茶が、すぎますよ……」


 己の悲運を嘆く声。

 それをもらしたクロは、血の気が失せ虚になった眼を空へ——先程ヒカルを貫いた光のあった場所へ向けた。

 どこか遠い場所に恋焦がれるように、震える手を伸ばす。


「……こんなところで……僕は……帰らなくちゃ……」

「さらばだ」


 ずるりと音を立てて抜かれた剣が、さらにひらめいた。

 あわせて四閃。

 同時に放たれたようにしか見えなかった四つの斬撃が、クロの五体を斬る。


「———」


 制止する暇もない。

 盛大な血飛沫を噴きながら。ドゥッとクロの骸が倒れ伏した。

 あとに残されたのは、結局何をすることもできなかったヤマトたち四人と、何事もなかったかのように平然としているラインハルトだけだ。

 剣に残った血脂を払い飛ばし、ラインハルトがヤマトたちのほうへ——正確にはノアへ視線を向けた。


「ノア様、お怪我はありませんか」

「え、あ、うん。それは大丈夫なんだけど——」

「それはよかった。ここは危険ですから、どうかお離れください」


 その言葉に、茫然自失としていたノアがはっと我を取り戻す。


「それはできないよ。まだここにはヒカルがいるんだから」

「ヒカル……勇者様ですか」


 言いながら、ラインハルトは勇者と魔王の戦場へと眼を向けた。

 権能を強化されたことで動きの精彩を増したヒカルが、果敢に攻めかかる。対する魔王もたやすく敗れることはなく、馬鹿げた量の魔力を振り撒きながら、ほぼ互角に立ち回っていた。

 時折、上空にいる至高の竜種らが地へ舞い降り、その牙と炎でヒカルたちをとらえんとする。

 地獄絵図。

 そう表現したくもなる戦いを前に、ラインハルトもその眉間にシワを寄せた。


「確かに、これは少々手を焼きそうですね」

「魔王さえなんとかすれば、あとは何とか解決させられると思う。だからラインハルトも——」

「申しわけありません、ノア様」


 ノアが言葉を言い切るよりも先に、ラインハルトが頭を垂れた。


「その策では、ノア様の御身があまりにも危険です。認めることはできません」

「そんなことを言ったって!」

「陛下より、ノア様の身の安全は何よりも優先せよと承っておりますから」

「陛下……、姉さんから?」


 小首を傾げたノアが、何かを言うよりも早く。

 ラインハルトは胸元から通信機を取り出し、どこかへと伝令を飛ばした。


「目標地点へ到達。要人の保護も完了した。可及的速やかに作戦行動へ入れ」

「ラインハルト、作戦行動って——」

「申しわけありません。すぐに片づきますから」


 取りつく島もない。

 だがそれは、ラインハルトが冷たいということよりも、説明する必要もないということだったのだろう。

 当惑するヤマトの眼が、空でキラリと“何か”が輝くところをとらえる。


「あれは……?」


 最初に思い浮かんだものは、先程ヒカルの身体を貫いた光だ。

 だがすぐに、それが勘違いであることに気づいた。光はほとんど実体のないものだったが、“あれ”は違う。

 訝しげに眼を細めるヤマトの先で、その“輝く何か”は、あっという間に接近する。


「ノア様。伏せてください」

「何を——ってあれは!?」


 ヤマトの視線に釣られて空を見上げたノアは、焦りの声をあげた。


「みんな伏せてッ!!」


 日頃からノアに背を預けてきたおかげか。

 ヤマトたちはその叫びに、数瞬も遅れることなく、大地に身を投げ出した。

 飛来した“それ“が、勇者と魔王の戦場に叩きつけられて。


「———ッ!?」


 すさまじい衝撃を前に、ヤマトの五感が一瞬にして奪い去られた。


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