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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
414/462

第414話

 腕がひらめき、刀が振るわれる。

 いつにない鋭さだが、そこにヤマトの意思はなかった。むしろヤマトには、意思を離れて動く腕と刀を前に、ただ茫洋と眼を見開くしかできない。

 火花が散る。


「なにっ!?」

「これは――?」


 本来であれば渾身の力をもってしても抗いがたい剛剣。その猛威に対して腕一つで振るわれた刀は、真っ向から迎え討つように刃をかち合わせ――どういう理屈か、赤鬼の斬撃を弾いていた。

 九死に一生を得るとは、まさにこのことか。

 必殺を冠した刃が空を切ったことに、赤鬼と、そしてヤマトすらもが、理解を追いつけないでいた。


『ほら。あなたももっと頑張って、ちゃんと握って』


 またしても不可解な声。

 だがそれを理性が受け止めるよりも早く、再びヤマトの腕が振るわれる。

 刀の切っ先が、浅く赤鬼の胸元を裂いた。


「ちっ」

『不味い。全然美味しくない。なにこの血』


 赤鬼が大きく飛び退る。

 その姿を思わず見送ったヤマトは、だがふと我に返り、手元に視線を落とした。

 そこには、これまで幾度となく振ってきた刀がある。極東に赴いた際に授かった刀だ。だがその威容は――これまで見た覚えがないほどに、禍々しい瘴気に包まれていた。


「なに、が……?」

「……ずいぶんと厄介なモノを飼っていたらしいな」


 皮肉混じりな赤鬼の言葉が、耳を通り越していく。

 これまでも何度か、それらしい兆候はあった。ただの刀とは言い切れない、曰くつきの代物。世が世ならば畏れられたのかもしれないと、なかば他人事のように考えていたが――、


 妖刀。

 これほどに分かりやすい姿はないだろう。

 禍々しい瘴気を振りまき、見ただけで理性がゴリゴリと削られていくような感覚すらあった。刃先についていた赤鬼の血は、まるで紙に水が染みるように、妖刀のなかへと吸いこまれていく。

 そして何より、刀を握る手から伝わってくる、無邪気な、そして狂気的な意思の奔流。


『もっと美味しい血が飲みたいなぁ。誰がいいんだろ――あっちの娘とかいいかも』

「―――っ!」


 知らず知らずのうちに、刀が仲間たちのほうへ向こうとしていた。

 その柄を両手で握りしめ、勝手に動くことのないよう念じる。瞬間、不満そうな声が幾つも立ちのぼったが――どうにか聞き分けてくれたらしい。刀身にまとう妖気はそのままに、ノアたちへ向けようとしていた殺意は収まった。


「ふむ。やはり制御はできていないか」

「………」


 ほっと安堵の息をもらしたのも束の間。

 興味深そうにこちらを眺めていた赤鬼が、ぽつりと言葉をこぼした。

 警戒するヤマトの鋭い視線を一切気にすることなく、赤鬼はさらに言葉を重ねていく。


「妖刀。数は少ないが、幾つか見た覚えはある。どうやら“それ”も妖刀の一つ――しかも、今しがたちょうど成ったばかりのようだな」

「………」

「幼き妖刀は無邪気だ。ただ己に芽生えた衝動のままに、眼についた血肉を喰らわんとする。幼さゆえに、そこには一つの道理もない」


 それは、きっとそうなのだろう。

 手にした刀から伝わってくる感情は、ただひたすらに「喰いたい」というもの。腹を空かせた幼子が食事をせがむように、妖刀は誰かしらを斬ることを望んでいる。

 今でこそそれは他者に向いている。だがもし刀の飢えが限界を越えて、ほんのわずかな理性をも飲みこむほどになってしまったなら――、


「警告だ、一刻も早く“それ”を手放せ。今でこそ抑えられているのかもしれんが、いずれ貴様自身が喰われることになるぞ」

「―――!」


 妖刀にまつわる話として、使用者が狂気に苛まれたというものは枚挙に暇がない。

 実際にその刀を手にしたから、ヤマトにはその逸話が正しいことが理解できてしまった。際限なく押し寄せる無邪気な殺意。それは使い手の理性をたやすく侵食し、やがては我を失わせる。

 だから、赤鬼の言葉は正しいのだろう。

 たとえこの窮地を脱したとしても、妖刀を携えたままでは明るい未来はありえない。ならば少しでも理性が保たれているうちに、理路整然とした判別ができているうちに、そして――妖刀に執着されるよりも早く。ヤマトは刀を手放すべきだ。

 ――だというのに。


『何を考えているの? ダメだよ、私を置いていこうだなんて考えちゃ』

「くっ!?」


 刀を握る手から、どす黒い感情が流れこんでくる。

 「手放すことは許さない」。

 そう言うように、刀は手のなかにガッチリと収まり、指が柄を固く包みこんでいた。


「手遅れか」

「うる、さい……!」

「せめてもの情けだ。貴様の魂が支配される前に――」


 赤鬼がゆらりと刀を構えようとした――直前のことだった。


 銃声が鳴り響く。


「まったく、固く守りすぎだって!」

「だけど、これで突破口は開けた! レレイ!!」

「任せろ!」


 視線を移す。

 赤鬼が猛攻を繰り広げていた間、ノアたち三人をなんとか喰い止めようとしていた青鬼が、ぐらりと体勢を崩していた。肩からは流血――ノアの弾丸を避けられなかったのだろう。

 そして、間髪入れずに踏みこむレレイの姿もある。


「ちっ。時間切れか」


 舌打ちを一つ。

 立っていることで精一杯だったヤマトを置いて、赤鬼はさっさと身を翻した。手にした刃を輝かせ、一直線に青鬼のもとへ駆けていたレレイの背を狙う。

 ぞくりと嫌な予感がヤマトの背をぬけた。


「レレイ避けろ!」

「―――っ!?」


 間一髪のところだった。

 咄嗟に脇へ飛び退いたレレイの、一瞬前までいたところ。そこを赤鬼の刀が斬り裂き、尋常ではない剣圧をもって周囲の耳目を集めた。

 傷ついた青鬼を背で庇うようにして、赤鬼は仁王立ちする。


「……結局、間に合わなかったみたいだね。もしかしたらと思ってたんだけど」

「横槍が入った。それがなければ、片はついていた」

「そっか。それは残念」


 彼らの会話がヤマトのことを指しているのは、言わずとも知れた。

 だが顔をしかめたノアたちが口をはさむ間もなく、赤鬼と青鬼はそろって一歩退く。


「退くべきか」

「だね。情けないけど、僕はもう戦えそうにない。これ以上やろうとしても、足手まといにしかなれないよ」

「だろうな」


 見たところ、青鬼が肩に受けた傷は深い。

 ただ腕を動かせないだけでないということだ。あふれ出た血が多すぎれば身体全体が動かなくなるし、下手をすれば生命にも関わってくる。

 まごうことなく潮時。

 だがヤマトたちからすれば、それを黙って見過ごすことなどできるはずもない。


「行かせるとでも?」


 さらに動こうとした赤鬼の機先を制するように、ノアは発砲した。

 弾丸は赤鬼の足元を貫く。

 だが微動だにしない赤鬼と青鬼を前にして、ノアは苦々しく表情を歪めた。


「逆に問おう。貴様らに、我らが止められるとでも?」

「―――!」

「来るならば来い。だがつまらぬ醜態を晒すようなら、斬り捨てるぞ」


 一戦交えた後とは思えないほどに、気力でたぎった闘気。

 それを身に浴びて、ノアとリーシャは否応なく身体を硬直させた。


「仕方ない、か」


 唯一身動きに困らなかったらしいレレイも、なにやら様子がおかしいヤマトをちらと一瞥し、溜め息をもらす。

 赤鬼らを捕らえることで得られるだろう情報は得がたい。だがそれは、仲間たちを――消耗したヤマトや先行するヒカルを捨てるほどには、価値が高くない。そう判断したのだ。

 ゆっくりと構えを緩めたレレイに、赤鬼は仮面のうちからふっと笑みをこぼした。


「いい判断だ」


 その言葉を最後に残して。

 青鬼がかろうじて発動させた魔導術を目くらましに、二人は忽然と姿を消してしまった。

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