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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
413/462

第413話

「―――っ」

「くくっ、よく凌ぐ」


 嘲笑は聞き流し、ヤマトは眼に映る光景に集中した。

 上段から振り下ろされた一撃を起点に、四方八方から刃が飛んでくる。その狙いはいずれもが正確であり、寸分違わずヤマトの急所を狙っていた。一つでも受け損なえば、そのまま致命傷になりかねない連撃。

 刀の消耗を抑えるとか、反撃の手を加えるだとかを考える暇もない。

 襲いくる凶刃をいなし、かろうじて生きながらえることで精一杯。全身全霊をもって防御を固め、一秒先の生を手繰り寄せることしかできなかった。

 攻撃の手を休めないまま、赤鬼はヤマトを嘲弄する。


「守りは得意らしいが、それで勝つ気でいるのか? 守っているだけでは俺を殺せんぞ」

「―――」

「だんまりか。つまらんやつめ」


 答える余裕がないだけだ。

 そう毒づきたい気持ちをこらえながら、横薙ぎに振るわれた二連撃を弾いた。握りしめた刀が、嫌な悲鳴をもらす。その衝撃に、無数に刻まれた傷口から少なくない量の血があふれた。


(だが、守り続けたところで勝てないのも事実。どこかで攻めにいかなければならないが――)


 これが尋常な相手――赤鬼ほどの使い手でさえなければ、ヤマトも大胆に攻めたところだろう。

 だが、相手は赤鬼だ。刀術は無論のこと、恐らくは実戦経験においてもヤマトを上回っている。そんな敵に無理攻めをしてみたところで、成功するようには思えない。


(今は、守るしかないか)


 息つく暇もないほどの猛攻。だがそんなものを、人の身体でいつまでも続けられるはずがない。

 どこかで息継ぎをするはずだ。か細くても勝ち筋を見出すならば、そこを狙うしかない。

 そんなヤマトの思惑を見透かしたかのように、赤鬼は嘲弄した。


「守り切れるつもりか? ならば、まずはその思い上がりを正さねばな」


(来る――!)


 頭上に掲げられた刀が、光を反射してギラリと輝いた。

 背筋が凍りつくほどの殺気。

 あまりの威迫を前に、身体の硬直を必死に解いたところで――赤鬼の構えが変じた。


「シッ!!」


 上段からの振り下ろし。

 踏みこんだ勢いをそのままに、掬いあげるような下段からの振り上げ。

 胴と腰とを捻り、真一文字に斬る横薙ぎ。

 一息のうちに放たれた斬撃は、そのすべてが必殺を名乗れるほどの剛剣。常人であれば視認することもできず、また一廉の剣豪であっても凌ぐことは難しいだろう。


(だが、やるしかない!!)


 ヤマトの気概に応えるように、刀がドクリと脈打った。

 刃の輝きと叩きつけられた殺気から、タイミングを測り――上段から振られた刀の腹を叩く。

 下段から掬いあげる刃に刀を直に合わせ、凶刃が至る前に阻む。

 横薙ぎの刃が振られる直前でバックステップ。開いた間合いのなかで軌道を見切り、すんでのところで刀を跳ねあげた。


「ほぅ」


 赤鬼が感嘆の溜め息をもらす。

 必殺を期して放たれた斬撃を、かろうじてとはいえ、ヤマトは立て続けに三つも凌いでみせたのだ。並大抵のことではないからこそ、同じ刀術士としてヤマトを称賛する想いがあったのだろう。

 だがそれは、ヤマト自身にとっても同じことだった。


(防げた――身体が軽くなっている?)


 感覚が冴え始めている、と言うべきだろうか。

 眼に映る光景が鮮明になっているだけではない。相対する赤鬼の一挙手一投足のみならず、その視線の動きまでもを察知して、肌が粟立つ。痺れるような感覚が身体にはしり、思考がよりダイレクトに反映されていた。

 意識の間隙を縫うように放たれた斬撃を、絡めとる。


「む」

「返すぞ」


 威力を高めるよりも、後隙を減らすように。

 コンパクトに振りぬいた刀が、赤鬼が一瞬前までいたところを薙いだ。刃先は衣を薄っすらと裂くだけで終わり、皮一枚斬ることすら叶わない。

 ほとんど実利を伴っていない。言ってしまえば悪あがきに等しいものだったが――それでも、攻めの一撃だ。


「……驚いたな」


 バックステップで間合いを離した赤鬼が、ポツリと呟いた。

 彼の視線はヤマトになく、自分の裂かれた衣に向けられている。無傷とはいえ、反撃されたという現実に驚いている様子だ。

 その驚愕を前に、ヤマトは不敵に鼻を鳴らす。


「ぬかせ」

「いや事実だ。先程までの俺は、貴様がこれほどまでに耐え、よもや反撃に転じるなどとは露ほども考えていなかった」

「………」

「見くびっていたわけではない。だが、貴様は俺の想定を遥かに越える速度で、成長している」

「そうか」


 適当に聞き流しながら、ヤマトは息を整える。

 防戦一方だった展開が、ようやく打開されたのだ。不利状況を耐えたという事実は一つの自信に繋がっていたが、かといって、好んで守勢へ回りたいわけではない。

 だがそんなヤマトの態度には構わないまま、赤鬼は言葉を続けた。


「普通、人はそう簡単に強くなることはできない。己の欠点を認め、見つめ、改め、磨く。そうした経過を踏まなければならないのだ。それを数段飛ばしで成しているお前は、異常と言う他ないだろうよ。それこそが、クロがお前を警戒していた理由の最たるものなのやもしれんな――」

「だから何だ」

「万が一ということもある。――ここから遊びはなしだ、次で仕留める」

「―――っ」


 どうやらそういうことらしい。

 赤鬼は刀を大上段に構え、並々ならぬ気迫を漂わせ始めた。先程の連撃を放ったときと比べてみても、その殺意の密度は段違いに高い。先程までの――赤鬼の猛攻を潜りぬける前のヤマトであれば、その威風を前に萎縮していたことは間違いない。


 ――だが身体が動くからといって、結末は変わりそうになかった。


(これは、防げそうにない――)


 そう悟ってしまった。

 あれは人に防げる代物ではない。放たれたならば終わりの、文字通り必殺技。

 身体が万全だったならば、まだ可能性はあっただろうか。だがこれまでの戦いを経て、あまりにも多くの血を流したヤマトの肉体は――とっくの昔に、限界を迎えていた。

 否応なしに、指先が痙攣する。


「ちっ」


 舌打ちがもれた。

 もはや刀を構えているだけで精一杯。もしも刃を打ち合わせたならば、その瞬間に刀がすっぽぬけてしまってもおかしくはない状況だ。

 “詰み”。

 その二字が脳裏に浮かび、嫌な感覚とともに刻みこまれる。


「――ヤマト!」

「おっと。邪魔はさせないぜ?」


 焦る叫び声とともにノアが援護しようとするが――青鬼に阻まれた。

 リーシャとレレイも合わせて三対一。そんな絶望的な状況にありながらも、防衛に専念することでなんとか戦線を保っていたらしい青鬼が、今このときになって、全力を出し始めた。

 ここが勝負どころだと理解したからだろう。

 そんな青鬼のほうをちらりと見やり、赤鬼は溜め息をもらした。


「青め、余計なことを……。だがこれで援護は望めないな」

「………」

「諦めたか? それは殊勝なことだ。せめて痛みはないよう、一瞬で死なせてやる」


 思わず、鼻で笑いそうになった。

 難しいから、できないから、辛いから、勝てないから――諦める?

 冗談ではない。


(そんな真似、末代までの恥だな)


 力の入らない指先を蠢かし、刀の柄に這わせた。

 握ったなどとは言えまい。もはや形ばかり、実など一切伴っていない構え。これでは刃を受け止めるどころか、打ち合うこともできまい。

 それでも。


「来い」


 あくまで不敵に睨みつける。

 そんなヤマトの眼のなかに、何かを見出したのか。

 わずかにたじろぐような素振りの後に、赤鬼は大上段の太刀へ入魂する。


「ぬんッッッ!!」

「―――!」


 横向きに構えた刀に、すさまじい衝撃がかかった。

 力で抗うことなど、できるはずもない。必死に肘や肩を曲げ、斬撃の衝撃を爪先から大地へと逃していく――耐え切れず、膝が折れた。

 鋼と鋼とが擦れ、金銀の火花を散らすとともに耳障りな金属音が鳴り響く。


 ――だが、意識はまだ残っていた。


(凌いだ、のか?)


 一縷の希望を胸に、視線を上げて。

 身体をひねり斬撃の勢いを上乗せし、間髪入れず二撃目を放たんとする赤鬼の姿が眼に入った。


「ぐっ!?」

「二つッ!!」


 二度目の兜割り。

 再び頭上で構えた刀に、一撃目を上回る勢いで衝撃が伸しかかる。

 もとから崩れた体勢で、その刃を受け止められる道理はない。必死で力を逸らした甲斐あり、致命傷こそ避けられたものの――白刃が、ヤマトの右肩を穿った。

 視界が真っ赤に染まる。


(く、そ――!)


 痛い。

 だが痛みがあるならば、まだ生きている。

 ひどく不格好に震える身体に鞭打ち、なんとか立とうとしたところで。

 三撃目を放たんとする赤鬼の姿が。

 その光景を目の当たりにして、ヤマトはようやく、赤鬼が為していたことを理解した。


(多少の小細工では揺るぎもしない剛剣を、ひたすらに放ち続ける。並大抵でない技は必要になるが、その本質はむしろ――)


 謀られた。

 明らかに華奢な見た目に惑わされ、無意識のうちに、赤鬼は柔剣の使い手だと思いこんでいた。事実、彼の刀術は恐ろしいほどに鋭く冴えてもいた――だが、どうやらそれは違ったらしい。

 赤鬼の刀術はむしろ剛剣寄り。技を駆使することはあっても、あくまで己の力にこそ信を置いた刃。敵が凝らした技巧を、己の圧倒的な暴力をもって破壊する実戦刀術だ。

 二撃目まではかろうじて受け止めたが、もはや身体にはわずかほどの力も残っていない。手元にある刀も、指先に引っかかっているだけのような始末だ。迫る三撃目を避ける手立ては――ない。


「三つッ!」

「―――っ!!」


 三度目の兜割り。

 脳天を叩き斬る軌道の刃を前にして、もはやヤマトに打つ手はない。それでも弱音を封じ、ただ気概のみをもって牙を突き立てんと、眦を決して刃を正面から迎え討ち――、




『――いいよ。力、貸してあげる』




 ドクンと刀が脈打つ。

 何があったのか。何が起こるのか。いったい誰が語りかけてきたのか。

 幾つもの疑問がないまぜになり、そしてそれを置き去りにして――腕がひらめいた。

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