表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
411/462

第411話

 そこは、見渡すかぎり真っ白い空間だった。

 ただひたすらに白い光で満たされた場所。何か物が置かれているわけでもなく、ただ殺風景な――それでいて厳かな光景が、どこまでも続いている。

 その中心に、鎮座するモノが一つ。


『―――』


 傍から見たときに、それを正確に形容できる者はいないだろう。

 あえて言い表すならば、水晶だ。キラキラと光沢を放つ巨大な石が、不自然なほど静かに、そこにあった。

 今ひとたび、その表面が光を受けて煌めく――いや、自ら発光する。


『スリープモードを解除。起動します、起動します、起動します――』


 どこからともなく、空間全域に声が響いた。

 そこに感情の色はない。老年のものか、若年のものか、男性のものか、女性のものか。そのいずれもが判然としない無機質な声が、何度も繰り返される。

 やがて、水晶に薄っすらと青白い光が灯った。


『起動シークエンス、無事完了しました。これより、現世の確認作業へと移行します』


 チカチカと光が明滅する。

 水晶の前――どちらが前とも分からないが、ともかくその周囲に、幾つもの映像が浮かび上がった。

 そこには、呑気な顔をして街を歩く人々や、慌ただしく駆け回る人々、そして――天変地異を起こさんとする、エスト高原の光景が映し出されている。

 水晶の青い光が、にわかに赤色を帯びる。


『地点〇〇八一にて、急激な力場の形成を確認しました。原因究明のため、より詳細な情報を調査します』


 エスト高原を描いた映像が、ぐっと拡大される。

 そこに映し出されているのは、およそ今回の事態の原因と推測されるモノたちだ。


『確認――異世界人ナンバー三一、現地名称:勇者を計測。力場の規模より、半覚醒状態にあるものと推定されました』


 まず最初に、勇者ヒカルが映し出された。

 既に半覚醒状態――自我のほとんどを喪失し、与えられた権能を十全に振るうための体勢へと入っている。毅然として立っているものの、どこに焦点が合っているわけでもない虚ろな瞳から、そのことは明白だった。


『召喚当時と比較、勇者の力量が演算結果を上回っていることを確認しました。脅威度を上方修正します』


 それだけを端的に述べて、勇者ヒカルをとらえた映像はふっと消え失せた。

 代わりに水晶の前には、勇者と相対しているモノが映し出される。


『確認――現地魔族ナンバー一九九八七二、現地名称:魔王を計測。力場の規模より、覚醒状態にあるものと推定されました』


 異形のモノ――理性を失い、代わりに途方もない力を手に入れた魔王だ。

 明らかに尋常ではない姿と、半覚醒状態にある勇者をも上回る力場。それらから、水晶は魔王が覚醒状態にあると推定――いや、断定した。

 灯された赤い光をにわかに強く輝かせながら、水晶はなおも演算を続ける。


『過去の計測値と比較、明らかに異常値へ到達していることを確認しました。脅威度を上方修正します』


 そこで、水晶に灯った赤い光がいったん消された。

 代わりに灯されたのは、見ているだけでどことなく不安な心地にさせられる、橙色の光だ。


『状況を確認――勇者と魔王は既に決戦フェイズへ突入しているものと確認しました。決戦フェイズによる現世への影響を計測します』


 橙色の光が、暗くなったかと思えば明るくなる。

 波を作るように明暗を数度行き来した後。

 水晶は、真っ赤な光を灯した。


『計測完了。決戦フェイズによる被害は甚大なものとなり、最悪の場合、星の欠損につながるものと推定されました。人類保全および人類進化の観点から、至急計画の修正を行う必要があります』


 その赤色はハザードランプのそれだ。

 周囲に見る者がいるわけでないにも関わらず、誰かに警告を伝えるように、水晶が赤光の明滅を繰り返す。

 無論、それに応える者がいるはずもない。

 やがて諦めがついたかのごとく、水晶に灯された赤光の勢いが弱まった。


『外部よりの信号途絶を確認。緊急時マニュアルに従い、現世への干渉を開始します』


 警報を鳴らすための赤光が収まる。

 代わりに水晶に再び灯ったのは、今が平時であるかのような青い光だった。


『現世状況を確認――観測者ナンバー一、三、四、五、六、現地名称:竜を計測。事態終息のため、現地へ向かっているものと推定されました』


 再び、水晶の前に映像が現れる。

 そこに描かれたものは、雲海を眼下に置き、はるか上空を飛翔する五体の竜種――至高の竜種の姿だ。

 彼らもまた、水晶が危惧した事態を解決するべく、現地へと急行している。

 そう推定したからだろうか。水晶に灯っていた青い光は、その輝きをふっと和らげた。


『現有戦力の評価を上方修正。再演算――事態の収束確率は八〇パーセント超と算出されました』


 八〇パーセント超。

 それは、様々なランダム要素を考慮したうえで算出されたにしては、やけに高い数値だ。

 事実上、その声の主は事態解決を確信していると言ってもいいだろう。

 ややあってから、水晶の青い光は再び明滅を始める。


『不測の事態にそなえ、勇者への干渉を決定しました。深層意識へアクセスし、覚醒状態へと移行させます。これにより事態の収束確率は九五パーセントに到達すると算出されました』


 これでいいだろう。

 確かに勇者と魔王の戦いは脅威だ。その余波を受けただけで、このもろい星に大きな亀裂が入ってしまうかもしれない。

 ならば、それを上回る力をもって――抵抗させる暇すら与えずに、制圧してしまえばいい。


『人類進化をうながす点において、計画の修正が必要です。今回の件について、原因の究明も求められます』


 だがそれは、これから時間をかけてすればいいことだ。

 とにもかくにも、今は事態を解決させることのほうが重要。すぐに勇者に干渉し、その覚醒を完全なものにしなければならない。


『すべては、人類のさらなる発達のために――』


 ただそれだけを言い残して。

 水晶に灯っていた青白い光は、忽然と消え失せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ