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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
409/462

第409話

 時を同じくして。




 不穏な風が吹きすさぶエスト高原の空を、雄々しく舞う影があった。

 『白』。

 まるで誇示するかのように白銀の龍鱗を輝かせ、至高の一柱たる竜は空を翔けていた。


『魔が膨らんでいる。やはりこれは……』


 颯爽と飛んでいる姿とは裏腹に、その顎からもれた声は深刻さを帯びている。

 底がみえないほどの深い知性をたたえた龍眼は、真っ直ぐに南方――そこで膨れあがっている、聖邪入り混じった力の奔流をとらえていた。ともすれば、至高たる『白』をも凌ぐほどの力の昂ぶり。それを正面にした『白』の眼には、至高の存在らしからず切羽つまった危機感があった。

 焦れたように、鋭い牙を噛み合わせる。


『愚かな。これでは聖邪の決着よりも早く、この世界が壊れるぞ』


 そこで何が起きているのか。『白』はその詳しいところまでは知らない。

 だが、“あれ”を引き起こしているモノが聖邪――すなわち光の使徒たる勇者と闇の使徒たる魔王であることは、火を見るよりも明らかだった。


『本来であれば世界を救済する身にありながら、我を忘れて滅ぼす側に回ろうとは。これだから人間に大役を負わせるのは――』


 愚痴めいた独白は、当主として数多の同胞を率いてきた責任感ゆえのものだったのかもしれない。

 だが一瞬だけ瞳に揺らめいた激情は、実のあるものになる前に、ふっと霧散した。


『いや、あの御方が決定されたことだ。私ごときが口をはさんでいいことではない』


 己を納得させるように、そう呟いてから。

 『白』はその鋭い眼差しを、眼下に広がる雲海へと向けた。


『――お前たちはいつまでそこに隠れているつもりだ。いい加減に出てきたらどうだ?』

『あー、やっぱり気づいていたんだ』


 灰色の雲海を裂き、黄金色の巨体が姿を現した。

 『黃』。

 その身体は『白』よりも大きく、内から漂わせる力にも底知れないものがある。もし本気の戦いになったならば、『黃』はともすれば『白』を圧倒できるだけのポテンシャルを発揮することだろう。だがその危うさを露ほども感じさせないのは、『黃』の本性が暴力とは無縁の、怠惰のほうへ傾いているからだろう。

 呆れるほど緩慢な動きで浮上した『黃』は、そのまま『白』に並走する。


『別に隠れていたわけじゃないさ。ただ、ずいぶんピリピリしていたみたいだからね。出ていきづらかったんだ』

『……そうか。まあ、それはいい。それよりも――』

『そうカリカリしないでよ。すぐに出てくるから』


 『黃』がそう言うのとほぼ同時に、再び雲海を裂いて現れるモノがいた。

 『緑』。

 至高の名を冠する中で、もっとも穏健な性格をした竜だ。力の本質が守護のほうに傾いている彼女は、こと戦闘における話であれば、他の至高よりも一段劣っていると評さざるをえない。それでも、調和をつかさどる彼女が至高の竜種にとって必要不可欠な存在であることは、疑いようのない事実だ。

 ゆったりと『緑』は高度を上げ、『白』と『黃』から一歩退いたところを飛ぶ。


『申しわけありません、『白』。あなたの気を害するつもりはなかったのですが……』

『構わない。だが、もうコソコソと嗅ぎ回るような真似はするな』

『えぇ。分かりました』


 神妙に頷いた『緑』はさておき。

 『白』は隣と後方を飛ぶ二柱を見やり、その圧倒的な存在感を前にして頬を釣りあげた。


『大地をつかさどる『黃』と、その上に茂る草木をつかさどる『緑』。お前たちが一堂に会するとはな』

『何か言いたいことでも?』

『ただの感傷だ。何時ぶりだ、とな』


 その言葉に、後ろを飛んでいた『緑』が思案する。


『もう数千年以上前になりますか、『黒』の気配が失せたとき以来でしょう』

『……あぁ。そうだったか』

『あのときは結局、何もしないで解散になっちゃったけど』


 気だるそうに『黃』は前方を睨めつける。


『今回は、ちょっと荒っぽいことになりそうだね』

『勇者と魔王の戦い。これまでも並々ならぬ被害は出ていましたが、今回は規格外です。放っておけば、世界が砕けかねません』

『――そんなことは、させない』


 『黃』と『緑』が思わずたじろぐほどの気迫をもって、『白』は宣言した。


『この世は、あの御方が心血を注いで管理している場所だ。その代行を一任された以上、私たちはその総力をもって、世界の脅威を排除しなければならない』

『あの御方、ねぇ』

『何か言いたいことでもあるのか?』

『何にも。『白』が言ったことももっともだからねぇ』


 溜め息混じりに呟いた『黃』を、『白』は少なくない苛立ちとともに睨む。


『ずいぶんと覇気のないことだ』

『覇気? 僕にはそんなものないよ。『白』だって分かってるでしょ?』

『どうだか。本気になったお前は、手がつけられなさそうだからな……。だがお前にも、必要とあれば戦ってもらうぞ。ただ腐らせておくために、あの御方はお前を創造したわけではない』

『分かってるって』


 にわかに険悪になった空気。

 それを払拭するためか、はたまた別の目的ゆえか。つとめて明るい声音を作った『緑』が、二竜の注意を惹いた。


『お二人とも。彼らも到着したようですよ』

『うん? おー、これはこれは……』


 感心するような、呆れるような。

 判断の難しい声を『黃』があげるのと同時に――雲海を突き破って、影が二つ現れた。


『待たせたな! 本当ならばもっと早く着くはずだったんだが、思ったより時間を食った』

『それはそうでしょうね。あなたは浅くない傷を負っている。むしろここまで動けていることのほうが、驚嘆に値します』

『根性があるからよ』

『あぁはい、そうですね』


 現れたのは、真紅の竜と蒼紺の竜の二体だ。

 大地の奥深くに眠る火をつかさどる『赤』と、大海の安寧を旨とする『青』。その二種がつかさどるモノは縁遠く、ゆえに大した接点もないのであったが、不思議と二体の馬は合っていたらしい。

 和気あいあいと言い合う『赤』と『青』を前にして、『白』は相好を崩す。


『『赤』と『青』か、よく来た。『赤』は先日の戦で傷を負ったと聞いていたが、大事ないのか?』

『問題ねぇよ。この程度、傷のうちにも入らねえ』

『最低限の治癒はしてありますから。『赤』の体力なら、そのくらいで十分でしょう』

『おうよ!』


 威勢よく『赤』が吠える。

 かつて人に対して暴君のような振る舞いをみせた『赤』だが、その本性は、どちらかといえば今のほう――ガキ大将のような方面へと寄っている。単純馬鹿だが、力自慢にして体力自慢。至高の中ではもっとも血気盛んだが、その分だけ仲間思いでもあった。

 人と戦い、そして手傷を負った直後とは思えないほどに明るい『赤』。

 彼の様子に安堵を覚えた『白』は、今でこそ上向いている『赤』の機嫌を損ねないよう、話題の転換を図る。


『状況は分かっているな? 人と人のなりそこないとの戦いが、想定を越えて激しくなっている。このままでは、世界が耐えられなくなる』

『おうよ。本来なら、他所の喧嘩に口突っ込むのは流儀に反しているんだが……』

『おや珍しい。あなたがそんな殊勝なことを言うだなんて』

『やかましい。ともかく、そいつらが関係ねえやつらにまで迷惑かけるってんなら、力づくにでも止めねぇとな』


 感情的になりやすくとも根はまっすぐな『赤』の言葉は、分かりやすく、ゆえに胸に染みる。

 まぶしいほどの正義感。

 それに眼をわずかに細めた『白』は、だがすぐに気を取り直すよう首を振り、広い雲海を見渡した。


『着いたようだ。このすぐ下が、戦場だろう』

『へっ、腕が鳴るぜ』

『あなたは負傷者なのですから、もう少しおとなしくしていてください』

『いやぁ。僕としては、『赤』に頑張ってもらえるとありがたいんだけどね』

『『黃』! 大丈夫です『赤』、いざというときは私があなたを守ってみせます』

『おう。頼りにしてるぜ』

『ふ、ふふっ。勇ましいことだ』


 込みあげる笑みをそのままに、『白』は口端を歪める。

 だが、そんな和やかな雰囲気も一瞬のこと。


『構えろ』


 その号令に、五体全員の気配が一変する。

 先程までみせていた、身内相手用の和やかな気配はもはやどこにもない。今ここにあるのは、もろく脆弱な人間を導くにたる、偉大な支配者としての面持ちばかりだ。

 五対の龍眼が、灰色の雲海――さらにその下にある、勇者と魔王の戦いをとらえた。


『我らが総力をもって、やつらを排する。すべては、あの御方のために』


 粛々とした『白』の宣誓。

 それをうけて、五体の巨躯がふわりと空を舞い、


『――行くぞッ!!』


 一斉に、雲海を貫いた。

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