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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
帝国編
407/462

第407話

「―――?」


 誰かに呼ばれた気がした。

 その思いのままに視線をめぐらせたものの、周囲には人影一つ見当たらない。

 吹き抜ける湿った風に紛れこませて、ヒカルはそっと溜め息をもらす。


「なに辛気臭い顔してるんだよ」

「アナスタシア……」

「あいつらのことなら、心配するだけ無駄だと思うぜ。すぐ来るとまでは言わないが、そう簡単にくたばるやつらじゃないだろ」

「それは、そうだけど」

「それよりも、俺たちは俺たちの心配をするべきだな」


 ぐうの音も出せないほどの正論。

 からかうような軽い口調とは裏腹に、そう諫言したアナスタシアの眼には真剣な色があった。彼女も、今がのっぴきならない状況だと踏まえてのことだろう。

 気圧されながらも頷いたヒカルに、アナスタシアも満足気な笑みを浮かべる。


「んで、さっき爆発した場所ってのは、たぶんここのことなんだが……」

「ずいぶんと、被害が大きいみたいだね」

「あぁ。こりゃ生き残りとかは期待できそうにないな」


 冷酷なように聞こえるアナスタシアの言葉に、ヒカルは反論することはできなかった。

 焼け野原だ。

 元々は草が青く茂っていたはずの野原が、見渡すかぎりの焦土となってしまっていた。風にのって灰が散らされ、焼け焦げた匂いを周囲にばらまく。あちこちでえぐり返された土が露出し、その湿り気から、爆発がつい先程起きたことだと窺える。

 ひどい有様だ。


「いったい何が――」

「そりゃ、明白だと思うがな」


 思わず首を傾げそうになったヒカルに先んじて、アナスタシアは周囲の空間を眺める。


「ここらへんの魔力を探ってみろ。お前なら、それで分かるはずだ」

「魔力を?」


 疑問は残るが、それを口にしてみたところで、アナスタシアが素直に答えてくれるとは思えない。

 ヒカルは彼女に言われた通りに、周囲の魔力を探り始めた。


(ずいぶんと荒れている。均衡なんてまるでとれちゃいない。何か、途方もなく大きな力が暴れ回った後みたいな――)


 途方もなく大きな力。

 その存在にヒカルが思い至ったとき――“それ“の気配は、唐突に現れた。


「これは――ッ!?」

「お出ましみたいだな」


 ただ感知しただけで――存在を認めただけで、身体に怖気が奔った。

 あってはならない。

 “それ”は、世界にあってはならない異物だ。

 身体の奥底から湧きあがってくる、際限のない闘志と拒絶感。その奔流に眼を回しながら、ヒカルはその気配のほうへと顔を向けた。


「おや。そんなに恐ろしい顔をして、どうかしましたか?」

「クロ……?」

「やっぱり、いやがったか」


 いつからそこにいたのか。

 既に浅からぬ因縁を感じているクロが、ヒカルたちと同じく焦土を一望するように、背後に立っていた。

 だが、彼ではない。

 むしろ、その背後にいる――、


「あれは……!?」

『―――――』

「ふふっ。やはり、あなたは“これ”が気になりますか」


 クロの背後に控える、異形のモノ。

 見たところは影法師――ヤマトが鬼とよぶモノに近い。だがその存在感や内に秘めているだろう力の大きさは、鬼とは比べ物にもならない。ヒカルが全力を出したとしても、その影法師を抑えることができるかどうか。

 だが、それよりも何よりも。


(なんであいつを見ていると、こんなにも心がかき乱されるの!?)


 ただ心が騒がしいと表現するには、それは剣呑すぎた。

 絶対に、認めてはならない。

 クロの背後に立っている異形。それが存在していることを、ヒカルの魂すべてが否定する。いかなる手段をもってしても、たとえ己が破滅することになろうとも、“あれ”だけは拒絶しなければならない。


「……ヒカル? おいどうした!?」

「無駄ですよ。そうなってしまった以上、もはや外からの言葉は聞こえない」

「てめぇ、何をした」

「何も? ただ彼女の勇者としての本能が、そうさせているだけです」


 ごちゃごちゃとアナスタシアとクロが言い合っているが、それも気にならない。

 ただ、眼の前の“あれ”を討滅する。

 そのことだけにヒカルの意識は傾いていた。心がドス黒い感情に覆われ、かつてないほどの力をもって聖剣を握らせる。


「勇者としての――というと、“それ”は魔王か」

「えぇ。時間をかけて準備した甲斐がありました。おかげで魔王としての悪性はこのうえないほどに高まり、こうして、勇者の理性を失わせるレベルにまで至っている」

「……これでお前の目論見通り、勇者と魔王の戦いが始まる。それも、過去に例がないほど凄絶な戦いが」

「そういうことです」

「ヒカルをここにつれてきた時点で、もう詰んでたってことかよ」

「より正確には、魔王が覚醒めた時点で。ですけどね」


 ――うるさい。


 心によぎった声のまま、無造作に聖剣を振りまわした。

 刃が虚空を斬り、この世のどこにも通じていない闇を露出させる。亜空間の闇はまたたく間に現し世を侵食し、小鳥のさえずる音すらもかき消した。


「………、………!?」

「…………? ………」

「………!」


(これで、いい)


 耳が痛くなるほどの静寂。

 亜空間が隔てた先で、金髪の童女が何かを叫んでいるが――もはや気にする価値もない。

 今の己にとって、価値あることはただ一つだけ。


「お前を、消す」


 視界の中心に、異形のモノをとらえた。

 “あれ”はあってはならないモノだ。

 己が存在するかぎり、“あれ”を認めることはならない。“あれ”が存在するかぎり、己は己を認められない。“あれ”を滅ぼすことでのみ、己を認めることができる。


『―――!』

「うるさい口だ。今すぐに、何も喋れないようにしてやる」


 ――あれ? これはいったい?


 どこか無邪気な声が響いた気がしたが――もう、止められない。

 無尽蔵に加護を引き出し、その力で身体を覆っていく。直視できないほどに身体がまばゆき、異形から放たれる深い闇の気配を相殺する。


「行くぞ」


 その一言とともに。

 戦いの幕が、切って落とされた。

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